第36話〜鼓動

無機質だった世界に光が差した。


モノクロだった景色に色彩が入った。


世界を閉じていた蓋が外れ、囲っていた檻が取り払われた。


生まれて初めて、トモは人の心を得た。


その衝撃は鼓動にも似ていた。




トモはこの街の中心の時計塔の上に立ち、街を見下ろす。


そこにはただの凹凸や情報としての道順だけでなく、圧倒的なまでの感動があった。


人々が絶え間なく交差する大通り、走り回って遊ぶ子供たち、そして何より胸の奥底から湧き上がってくる【感情】に。


トモはこの世に生を受けたその瞬間以来の涙を流した。




生まれて初めて懐いた感情の、そのあまりの衝撃に、こみ上げる涙と衝動を抑え込むのには相当な時間を要した。


気がつけば鞄から顔を出したユキが頰を伝う涙をなめ取り、寄り添うようにトモの顔に頭を擦り付けてきていた。


今なら分かる。


なぜトモは路地裏で死にかけていたユキを拾ったのか。


まだ記憶も感情もありとあらゆるもの全てが奪われ、封じ込められていたのに。


ただ命令されるがままに行動することしかできず、考えることもできなかったのに。




全てを失ってなお、トモは家族を求めていた。


自分と同じ境遇の者を求めていたのだ。

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