死して尚咲き続けろ
天宮ユウキ
本文
目の前が暗い。
いや、目は別に悪くない。比喩だ。アタシは事故で両足を骨折したようだ。全治半年。部活はまともには出れなくなったし、将来の一部がなくなった。3年目の高校生活も崩壊した。まさに目の前が暗くなったのだ。
病室の扉を誰かがノックをした。元気がいいなぁ。
「ボクが来たよ! 」
「うるさい。病室だぞ、ここ」
うるさいボクっ娘、みさはアタシを求め、違った。心配してお見舞いに来たようだ。アタシの好みだけど、空気読めないのがダメ、マイナス評価。
「お見舞いのもの欲しいでしょ?」
「うん、欲しい」
「ほら、じゃーん! 」
さっきうるさいと言われたにも関わらず、無視して普通に見えていたものを渡してきた。
「青いな。何の花? ペニチュア? アサガオ、はないか」
「見て分かんないかなぁ」
「なんか薔薇っぽい? でも赤じゃないし」
「そうだよ、薔薇だよ」
「はぁ青い薔薇? アタシはホモじゃないんだけど」
青い薔薇って確か男の同性愛のことだったっけ?
「違うもん。青い薔薇は希望という花言葉があるもん」
何かわいい声出してんの? 花言葉が希望って。みさはアタシにとっての希望だよ、バーカ。いちいち涙ぐむな。
「希望ねー。まあアタシの治りが早くならそういうのは悪くない」
くそ!
半年は暇になると感じていたが1ヶ月で思い始めるなんて!
歩くことができない毎日がこんなにもつまんないのか。ありえない。毎日同じ所に居続けると体も心にも悪い。ゲームやスマホはできても外の景色は同じままだ。どうして?
「こんにちはー! 」
「うるさい、ここは病室だ」
「ええー? いいじゃない」
何がいいんだ。良くない。だけど、みさといるのは楽しい。景色に彩りがつく。止まった時間がこの時だけ動く。
「ねぇ」
「うん?」
「聞きたいことがあるんだけど」
なんだ、真剣な顔をして。アタシに告白か?いつでもOKって言ってやるよ。
「もし、ボクが一緒に大学に行けないと言ったら、どうする?」
「・・・」
何言ってんだ。アタシはもうみさしかいないのに。ふざけないで。
「そうだよね。嫌だよね」
当たり前だ。当たり前じゃないか。
「だって泣いてるんだもん」
「へ?」
言われて気づいた。目と頬が水に濡れていた。なんでだよ。別れてもないのに。
「でも、ごめん」
「何がよ」
「ボク、推薦だけど行きたい大学に行けるかもしれないの」
「あっ」
それでか。みさが行きたかった芸術系の大学。高校1年生の時からずっと言ってた。だからアタシと行けないのか。アタシはバカか。自分のことばかり気にして。みさが行きたい所くらい喜んでやれよ。それが・・・
「なんだ、あの大学かー。アンタずっと言ってたじゃん」
「おっ、覚えてくれてたの?」
「は? 何度も言われて覚えないわけないじゃん」
「そう?」
「そうだよ。そりゃ仕方ないよ。だからアタシのことは気にするなよ」
「本当?」
アタシの日常は終わってもみさの日常は終わってない。せめてみさは頑張って欲しい。
「いつもの明るくてうるさい雰囲気出しなさいよ」
「うん」
みさが笑顔で帰った。一緒の大学に行けなくなるのは嫌だけど、みさの夢を応援しないのはもっと嫌。
「そっか」
決めた。
「じゃあ、アタシ、足を治すわ」
「え? そうなの? 頑張ってね! 」
部屋の隅に置かれた青い薔薇が、色鮮やかに見えた気がした。
「これ、面白いけど腕が疲れるわね」
車椅子で歩いてみると世界が変わるなぁ。それはいいや。それよりもアタシはある所に向かっていた。
リハビリ室。
当然、足が動かすための訓練だ。正直今のままじゃ杖持ってもまともに歩くこともできない。
「こんにちは」
女性の看護師さんがアタシを出迎えてくれた。リハビリは勝手にできないし手続きや人手がいる。面倒ではあるが、足をしっかり治して動かすためには面倒なことの1つや2つくらいで動じてはいけない。
「よろしくお願いします」
アタシはありきたりな返事をしてリハビリを始めた。
・・・これが歩くだったっけ?ついこの間まで当たり前のように動いてくれた両足が全く言う事を聞かない。補助棒の道が長く感じる。
動け。
動いてくれ。
動いてよ!
「しょ、初日ですし2歩進めただけでもすごいじゃないですか!」
誰がどう見ても焦っていたように見えたアタシに看護師さんは言葉をかける。慰めなんだろうか、それとも素直に褒めていたのか分からない。
だけど
「・・・これじゃ遅いの」
「なら、いつまでに治したいのですか?」
「へ?」
アタシは看護師さんの意外な発言に驚いてしまった。医療費とか入院期間一切知らなかったが、退院の希望を聞かされるとは思いもよらなかった。
「えっと・・・」
予想外の言葉に何も言えないアタシ。
「・・・何が理由で焦っているのかは分かりません。しかし、今日は2歩進んだという事実は変わらないです。明日は3歩進めばいいんです。明後日は4歩進む。そうすればどこかで必ず退院できます」
そうだ。この道を通り切ってしまえば、リハビリは終わりということになる。退院も目前だ。
「その、もう少しだけ続けてもいいですか?」
「ええ、いいですよ」
それから、リハビリを続けて最終的には15歩まで進めた。
リハビリから病室に戻るとみさがいた。リハビリを始めた日から2ヶ月は経っていたので実は久しぶりだったりする。みさはあの時から推薦試験に向けて色々忙しかったらしくスマホでのやりとりくらいでしかしていなかった。
が、肝心のみさの様子がおかしい。
「どうしたのよ、誰かに振られたような顔をしてさぁ」
「・・・」
色恋沙汰とは本気で考えてはいない。それ以上にあのことがアタシの頭をよぎる。
「ダメだった・・・」
「ダメ? ああ・・・」
やっぱりか。
「落ちちゃったのか」
「せっかく応援してくれたのにごめん」
「別にアタシは大したことなんか」
「ボクへの応援って大したことなんかだったの?」
「なっ・・・」
違う。
みさへの応援は大したことなんかじゃない。アタシにとってはみさへの応援は、そのままアタシ自身への応援でもあった。だから、リハビリに対しても少ない歩数の日でも焦らず、確実に足を進めていた。
みさと一緒に過ごしたい。
その想いだけが今のアタシを動かす原動力だ。
「・・・そうなんだね」
「違う」
「えっ?」
「大したことなんかじゃない。みさがいたから」
「ボクが?」
「みさがいたから、アタシだって頑張れる。・・・頑張れたんだ。だから、明日も来て」
「・・・うん」
それだけを伝えるとみさは帰ってしまった。気持ちの整理をお互いつけたいだろう。ふと、青い薔薇を見ると水がなく、少し枯れていた。最近見ていなかったのか忘れていたのか。どちらにしてもまた水をあげないと。水があれば、また咲いていける。
次の日。
アタシとみさはリハビリ室にいた。看護師さんに無理言った甲斐があり、実現できたのだ。
リハビリで使うあの補助棒の道が今日はより一層長く感じる。アタシの心理的問題かはたまた両足の動かなさによるものなのか。
「今日こそあの道を通り切る」
「あの、あまり無理はしないでくださいね。体を壊したら元も子もないですから」
看護師さんの心配がアタシの胸に突き刺さる。この道を通りがたいがために足を無理に動かせば悪化してしまう。実は何度か無理して歩こうとして倒れてしまったことがあった。そのせいで、リハビリができなかった日があったのだ。それでもアタシは治したい。治さなきゃいけない。
「よし」
両方の補助棒にそれぞれ手をかける。
1歩、
2歩。
「だ、大丈夫?」
心配になったみさがアタシに声をかけた。いままでに比べたら楽勝だが、肉体的負担精神的負担は相変わらず大きかった。
「全然だから心配するなって」
アタシは安心させようと声をかけてみたものの、呼吸が荒いせいで安心どころか不安を煽っているように感じる。
3歩、
4歩。
最初の頃は4歩進むだけでも心身が悲鳴をあげていたな。だが、ここでは悲鳴はあげない。
5歩、
6歩、
7歩、
8歩。
「はぁ、はぁ・・・」
「ねえ大丈夫?」
「大丈夫です。このくらいならまだ行けます」
アタシの代わりに看護師さんが心配するみさに答えた。確かに最近はこのくらいなら全然行ける。だけど、油断して倒れてしまったことがあったので気をつけなきゃ。
9歩、
10歩、
11歩、
12歩
・・・13歩!
「ぜぇ、ぜぇ・・・」
「ううっ・・・」
みさ、なんで涙ぐんでいるんだよ。ただのリハビリじゃん。全くアタシも泣きたくなるじゃん。
・・・14歩、
15歩、
・・・16歩!!
昨日の記録を更新した。だが、補助棒の道は終わっていない。
「ここからですよ・・・」
看護師さんがアタシの代わりに言ってくれた。セリフとるなよ。
17歩、
・・・・・・18歩、
・・・
キツい。足が悲鳴あげてきた。聞きたくない。
・・・・・・・・・19歩。
・・・・・・・・・・・・・・・
背中が痛くなった。ついでに両腕も。流石に限界が来たか。そう思った瞬間
「が、がんばれ・・・」
「!?」
みさがアタシに応援をした。間違いなく応援だった。その普段とは似つかわないそのか細い声がアタシの中で何かが溢れ出した。
20歩、
・・・21歩、
22歩、
・・・・・・23歩。
恐らくアタシの体は限界を超えている。気を抜いたら間違いなく倒れる。
24歩、
25歩、
26歩、
・・・27歩。
「そろそろやめましょう」
看護師さんが止めに入る。アタシの視界がぐらぐらしているからきっと目が回っているんだろう。頭も体もぷるぷる震えている。だが、後ちょっとだけ。みさが見ているんだ。だから今は止めないで。看護師さんの制止を振り払い歩を進める。
・・・28歩、
・・・・・・・・・29歩、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30歩。
・・・
・・
・
そこからの記憶はなかった。
意識を取り戻すと自分の病室にいた。単純にパワーを使い果たして気を失ったのだろう。自分のやってしまったことはみさの顔を見ればすぐに分かった。
「みさ」
「なんで」
「なんでって何?」
「なんであんな無茶したの?」
涙ぐんだ顔でアタシに訴えてくる。普通そうだよな。無茶して倒れてしまったら元も子もないのに。
「・・・みさと」
「ボクと?」
「みさと一緒に歩きたかったから」
「だからって! 」
「そうだよな」
アタシは何を考えたのか、みさにキスをしていた。いやホント何してるんだアタシ?みさの唇の柔らかさがアタシを正気に戻す。
「あっごごごめん!? アタシなんてことしてんだろあはは」
「ううん・・・」
お互い恥ずかしくなったが落ち着きも同時に取り戻した。
「でも、ボクのためにありがとうね」
「え・・・」
アタシの真意が読み取られて急に恥ずかしくなった。だけど、嬉しかった。あんな無茶はアタシの独りよがりの考えだ。それでもみさに伝わってよかった。
「だって好きな娘のためだったし」
「やっぱり? ボクといるといつも楽しそうだったからもしかしてと思って」
「あっ!? やっぱり・・・なんでもないや」
「そうなんだー」
「いいだろ、みさが好きで」
「そうだね。ふふん、ふんふーん」
アタシの恥ずかしさに対して、みさの妙な鼻歌が病室を明るく響かせる。歩けるようになるにはまだ早い。だが、景色が夕焼けで染まっていく。照らされた青い薔薇がより一層色鮮やかに咲いてみえた。
死して尚咲き続けろ 天宮ユウキ @amamiya1yuuki
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