七霧短編集

七霧 孝平

私と無口な先輩と

それは高校に入学した日のことでした。


「あれ、ここどこだっけ……?」


入学早々、私は高校の一角で迷子になっていました。

高校の奥の林は思っていたより広く私を包み込んでいます。

1人、高校探索をしてみたのはいいもののこのままでは帰れません。そんな時でした。


「……」

「きゃっ!?」


木から突然、男の人が降りてきました。

その人は無言で私を見て、少しすると、「あっちだ」と言うように方角を指しました。


「えっと、あ、ありがとうございます」


礼を言い、私は無事に林から抜け下校します。

その時はこの人とそんなに長い付き合いになるとは思っていませんでした。




数日後の今、私は部活見学をしています。

いくつか回っているうちに、私が見つけた部は――


「読書部?」


文芸部とは違うのかな……?

興味を惹かれ教室の中に入ります。


その教室は人が少ないながらも、皆読書に夢中でした。

その様子を見ていると、1人の女性がこちらに気づきました。


「お、あなた入部希望!?」


その女性はグイグイと私に近づきながら聞いてきました。


「え、ええと見学をと思って……」

「ええ、ええ! 歓迎するわ! 見ていって!」


押されるがまま教室の奥に入ります。

見学と言っても皆さん、読書に集中しているだけですが……。

と、教室の一番奥の端っこにを見たら――


「あ、あなたはこの前の……」

「……!」


向こうも読書からこちらに気づきました。こちらに来てくれます。


「あれ、あなたたち知り合い?」

「ええと、この前少し――」


私が説明すると女性は納得してくれます。


「へえ、そんなことが。でも珍しいね。あんたが人と関わるなんて」

「……」


この前の人は、少し困ったような表情で私と女性を見ます。


「まあいいわ。で、あなたどうする? 入部する?」


答えは決まっていました。

読書が好きなこともあったけど、この前の人に興味ができたからです。




「先輩、今日は何を読んでるんですか?」

「……」


入学式に助けてくれた人、先輩は今日も無言のまま、本のタイトルを見せてくれます。


「あ、それ面白いですよね。私、そのシリーズ好きです」


入部してから、私は先輩とこんな話をよくします。

先輩はいつも無言ですが、嫌そうな感じはしません。私の勘違いでなければですが……。


ある日、入部の時に声をかけてきた女性、女先輩に聞いてみました。

先輩はなぜしゃべらないのかを。女先輩は先輩の幼馴染らしく知っていると思ったからです。

彼女は「あー……」と少し悩んだように頭を掻きながら


「まあ、そういうことは本人に聞くか、あっちが話したいときに話すと思うわ」


そうですよね……。他の人に聞いていいことではないかもしれません。

ただ、まだ私は先輩本人に聞く勇気はないです。もう少し先輩と仲良くなってから聞こうと思います。




ある日、友達に聞かれました。


「ねえ、先輩のどこが好きなの?」

「え!?」


すすす好き!? 私が先輩を。確かに興味はあるけど――。


「世間的にはそういうのを好きっていうんだと思うわよ」


そ、そうなのかな?


「で、で、どこが好きなの?」

「え、えっとそれは――」


その日はずっとその話で私は何にも集中できませんでした。


放課後、いつものように部室に入った私を、先輩が無言で頷きます。

いつものことなのに私は顔が真っ赤になったと思います。もちろん友達との話のせいです。


「……?」

「い、いえ! なんでもないです先輩!」


部活中も珍しく先輩と話せず、読書も集中できませんでした。




中間試験が近づいてきました。

私は実はそこまで頭が良くないので頑張って勉強しないといけません。うう……。


「……?」

「あ、先輩。実は勉強が――」


放課後、部活は休みですが、、偶然先輩に会えたので試験のことを相談します。すると。


「……」

「えっと、こうですか?」


部室を借りて、勉強会を開くことに。

先輩は教科書に綺麗な線を引いたり、ノートに書いてくれたりすごくわかりやすいです。

後から女先輩に聞いたのですが、先輩はすごく頭がよく学年トップクラスらしいです。

無事、私はいつもより好成績を残せました。




「……」

「はい、そうですね先輩」

「……」

「ええ、ここは確かにいいシーンです」


数ヵ月して、私は何となくだけど、先輩の意思が分かるようになってきた。

無言でも通じるのは女先輩くらいらしく、私は珍しい存在らしい。

友達は「愛の力だねー」とからかってくるけど。愛の力は置いて、でも確かに私は嬉しかった。




中間試験に続き、期末試験も先輩のおかげで乗り切れました。

そして夏休みが近づいてきます。先輩としばらく会えなくなるのは寂しいですが……。

そんな時でした。


「……」

「先輩?」


なんだろう。先輩が珍しく困っているような……。


「あーもう! 恥ずかしがるなって!」


突然出てきた女先輩に先輩は持っていた紙を取られると、その紙を私にくれました。


「これは――」


先輩のスマホの連絡先が書いてあります。


「……」


居づらそうにしている先輩に私は満面の笑みを向けて言いました。


「ありがとうございます!」




夏休みが始まって数日後。待ちわびていた先輩からのメール。


――プールのチケットを押し付けられた。

  嫌じゃなければ一緒にどう?――


こ、これって、デートの誘いだよね……?

押し付けられたって女先輩かな? でも嬉しいし、先輩と遊びたいな。

あっ、み、水着かあ。ちょっと恥ずかしいかも……。



「着きましたよ、先輩!」


初めて見る先輩の私服。2人でのプール。

今日はとても楽しい1日になりそう! と思っていたら――


「嬢ちゃん1人?」

「俺達と遊ばない?」


着替え終わって先輩を待っているときに限って男2人……。ど、どうしよう。

その時だった。


「やめろ」


高い声が響く。

その声の方を向いた私は嬉しさと驚きの両方があった。


「なんだお前!」

「くくっ、女みたいな声出しやがって」


その言葉に反応する先輩。いつも意思を通わせてきた私にはわかる。先輩はキレている。

先輩は男達に近づくと、もう一度、さっきより威圧感をもって言った。


「やめろ」


私のためとはいえ先輩が恐い……。

男2人もさすがにためらいを感じたのか、離れていく。


「先輩、ありがとうございます」

「――か?」

「え?」


先輩が小声で何か言っている。なんだろう?


「この声、変じゃないか?」


声……。助けてくれた時の先輩の声。今、しゃべっている先輩の声。

変というか確かに驚いた。先輩の声は――


「すごく高い声なんですね、先輩」


声だけ聴くとほとんどの人が女性だと思う。先輩はそんな声だった。


「変じゃないですよ。それに私を助けてくれたじゃないですか」

「ありがとう」


その後、2人でたくさん泳ぎお昼時になる。

私は慣れないながら、先輩のためにお弁当を作ってきた。


「……」

「先輩。しゃべってくださいよ」


先輩はいつもの無言に戻っている。

でもせっかくしゃべってくれたから、もう少ししゃべってほしい。


「ん、君の前でだけなら……。おいしいよこれ」

「あ、ありがとうございます!」


私は2つのことにお礼を言った。



「昔からさ……」

「はい?」


食べ終わった頃、先輩が口を開く。


「この声、昔からでさ。小さいころは皆声高めだけど、俺、特に女声だろ?

そのことでよく揉めて喧嘩したりしてさ。いじめられてた」


先輩……そんなことが。


「それからしゃべるのをやめた。よっぽどしゃべらないといけないとき以外はな。

あいつ……。君にとっての女先輩な。あいつだけは俺の意思をわかってくれた。

だけど――」


先輩は改めてこっちを見る。


「君で2人目なんだ。意思が通じ合ったのは。そんな君だから俺は……」


え、え! あのこれって――


「君が好きだ」

「先輩――私も好きです!」


2人で抱きしめあう。

好きと言われてわかった。私もずっといたこの先輩が好きだと。


「ありがとう。これからもよろしく」

「よろしくお願いします先輩」


これからも私はこの人と生きていく。この普段は無口な先輩と。

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