第7話 隣人同士のご挨拶

 階段の踊り場で、私は齋藤さんと向き合っていた。少し幼さが残る顔付き。表情はなんだか緊張しているみたい。あとちょっと照れているような様子がうかがえる。その理由は……。

 不意に彼の両腕を見てしまった。細身ながらも筋肉質な両腕。私の両肩にはまだ、彼の両腕で抱きしめられた余韻が残っている。

 

 うっ、ちょっと私も恥ずかしい。って、今はそんなこと思っている場合じゃないでしょ!

 私は彼に伝えなきゃいけないことがある。


「齋藤さん」

「は、はい!」


 私の呼びかけに、齋藤さんが背筋を伸ばす。私も、それにならう。少し呼吸を整えてから、私は口を開いた。


「助けてくれて、ありがとう」

「あ、いや!? そんな……、気にしないでください。その、驚かせてしまった僕が悪いですし。あはは……」

「ううん、そんなことないです。私が変に慌てちゃったからこんな事になっちゃったんだし。それに、お花を台無しにしてしまって……、ほんとにごめんなさい」


 私の周囲には、花々が散らばっていた。無数の花びらをはじめ、茎から折れてしまっているもの、大きな圧力がかかり、押し花みたいになっているもの。私が階段から落ちなければこうはならなかった。

 重い雰囲気が辺りを包む。互いにしばらく無言だった。

 何か言わなきゃ。でも、言葉が浮かばなかった。一体どうしたら―。


「あっ!」


 齋藤さんの驚いた声にビクッとする。いつのまにか俯いていた視線を彼に戻すと、ある物を手にしていた。私のバッグから飛び出してしまった手紙だ。


「あの!」

「は、はい!」


 彼の慌てた声につられ、高い声を出してしまった。それに、彼が私の方へまた近寄ってきた。わわっ!? ち、近い。


「も、もしかして、山本さんですか!?」

「そっ、そうです」

「なっ!? ええっ!? そ、それじゃあ、ぼ、僕のお隣さん?」

「えっと、そうなります。はい」

「そ、そうなんですね。なんというか……、その、いきなりご迷惑かけてすいません! あはは……」


 齋藤さんは苦笑する。いたずらがばれてしまった男の子みたい。そんな彼を見て、思わず笑ってしまった。さっきまで重苦しかった空気がうそみたい。


「あの、山本さん」

「はい」


 彼がふわっと、温かな笑みを浮かべた。


「改めまして、隣の部屋に引っ越してきた齋藤大翔(さいとうはると)です。その、これからもよろしくお願いします」


 優しい齋藤さんの声につられ、私も返事をする。


「隣人の、山本希望(やまもとのぞみ)です。こちらこそよろしくお願いします、齋藤さん」


 互いに見つめ合い、思わず2人して笑った。だって、まだ会って数日なのに、色々な事がありすぎたから。齋藤さんも同じ事を思って笑ったんじゃないかなあと思う。しばらく互いに笑いあった後、2人で一緒に、階段踊り場にちらばっている花々をかたづけたのだった。

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