賑やかな星18

 継実の宣告を受け取った、という事はないだろう。惑星ネガティブからすれば、継実なんてちっぽけな虫けらどころか細菌未満、『不純物』程度の存在でしかない。そんな存在の声など聞き取る事すら不可能だ。そもそも自身の身体が崩落中の時、細菌よりも小さな輩の叫びなんて聞いてる余裕はないだろう。

 ただ、意識のない身動ぎ一つでも不純物は潰される。

 例えば直径五メートルもある惑星ネガティブの破片が直撃すれば、継実に致命的ダメージを与えるだろう。それが無数に、何十何百と押し寄せてくる光景は絶望的と言う他ない。

 だが、継実は臆さない。宣戦布告は調子に乗ったからではなく、勝てると思ったが故に告げたものなのだから。


「だありゃあ!」


 継実は迫りくる虚無へ還す力破片に対し、ゼロ物質の拳で殴り付ける!

 自分と同程度の大きさのネガティブにすら、継実は単純なパワーだと負けている。しかし継実が纏うゼロ物質の拳は、ネガティブに直接打撃を伝えられる代物。物理的衝撃に大して強くないネガティブの塊は、ただ一発の拳で浮かび上がるように跳ね、継実の頭上を通り過ぎる。

 これで惑星ネガティブの破片達に自我があれば、去り際に一発お見舞いしてくるぐらいはあったかも知れない。だが巨大な自意識から剥がれ落ちたばかりだからか、破片達が反撃をしてくる事はなかった。

 相性有利。知性なし。こんな有象無象が幾つ来ようとも、どれだけ大きかろうとも、継実の敵ではない!


「だあああありゃあああああああああっ!」


 繰り出す無数の拳が、次々と迫るネガティブの力を打つ!

 押し寄せる無数の巨影。だが今の継実にとってはどれも虚仮威しだ。躊躇いなく、渾身の力で打ち抜けば良いだけ。

 問題があるとすれば、反作用。

 二つの物体が激突した時、仮に片方だけが吹き飛ばされたとしても、残っている方にも吹き飛んだ側と同じだけの運動エネルギーが加わっている。所謂反動であり、ただの殴り合いなら踏ん張れば済む話だ。

 しかし高速移動、しかも時間制限がある時には無視出来ない。反動とはつまりベクトルが異なる運動エネルギー。進行方向と真逆に掛かれば、前に進む力は相殺されてしまう。即ち減速である。

 迂回する事で増える距離を減らそうとして、その結果減速しては意味がない。とはいえ継実はその点については、ほぼ問題ないと思っていた。


「(良し! 思った通り減速もない!)」


 そしてその予想が正しい事を、能力で観測した自身のスピードから理解する。

 ネガティブを殴っても反動は殆どない。考えてみればごく自然な事だ。何しろネガティブは虚無に還す力であり、そこに物質は存在しない――――質量ゼロの存在である。運動エネルギーの計算方法は質量×速度の二乗を二で割ったもの。質量がゼロであれば、運動エネルギーはその時点でゼロになる。

 実際にはネガティブ表面にはゼロ物質が僅かながら存在するため、ほんの僅かだが反作用は生じる。しかし本当に微々たるものであるため、殆ど無視しても問題ない水準だ。実際に殴って観測もしたので間違いない。

 これなら、いける。


「ネガティブ! これでどう!?」


【……現在の速度と軌道を維持すれば、完全崩落の〇・二秒前に抜け出せる】


「つまりギリだけどいけるって事だ! よっしゃあッ!」


 ネガティブからのお墨付きをもらい、継実は更に気力を滾らせる。

 悪足掻きではないと分かれば、気力の維持は簡単だ。指の爪が食い込んで血が滴るほど強く拳を握り締め、迫りくるネガティブの破片を打ち抜くのみ。これを高々数十秒続ければ良い。

 継実の顔に笑みが浮かぶ。ただの笑みではなく、勝ち誇った不敵な笑い。

 継実は、自分達の勝利を確信したのだ。

 あたかも継実達を逃さないと言わんばかりに、惑星ネガティブの崩落は激しさを増していく。だが、それがなんだ? 相性有利に加え精神的有利も得た継実に敵はない。恐怖も不安もなければ、身体は最高パフォーマンスで動いてくれる。負ける要素はない!

 五メートル近いネガティブの破片が迫ってきたら、思いっきり力を込めた右ストレートでぶっ飛ばす。

 一メートル未満の小さな破片が何十と迫ってきたので、ゼロ物質の薄い膜を展開。破片が引っ掛かったところで膜を引き、ぐるりと巻き付けたら膜ごとポイ捨てで対処する。

 十メートル近い大物がやってきても継実は臆さない。ゼロ物質の両手をがっちりと組み、一旦下向きに構え……迫ってきた瞬間に振り上げる! 拳二つ分の力を打ち込み、十メートル級のネガティブをぶっ飛ばした!

 数で攻めようと、大きさで迫ろうと、継実とネガティブの快進撃は止まらない。その事実が継実の士気を一層高め、感情的昂りが肉体の機能を向上させる。正の循環は止まらない。どんな脅威が訪れようとも、自分達なら乗り越えられる筈。

 例え全長五十メートルほどの巨大な塊がこちらに向かってきても、継実は一歩も退かず――――


「(いや流石にこれは無理だ!?)」


 等と考えそうになりつつも、継実の本能は調子に乗る『理性』を押し退け、現実を認識した。

 五十メートル超えのネガティブの破片。形は歪ながら球形をしているのは、剥がれ落ちた後少しずつ安定的な形に変化しているからか。いくら乗りに乗ってる継実とはいえ、ここまで大きいと間違いなく力が足りない。おまけに球形だと掴める場所がないため、投げ飛ばすのも困難である。

 兎にも角にも地力がなければどうにも出来ない存在だ。「一か八か」なんて運試しをする気にもならない、のはむしろ幸いか。お陰で図に乗っていた状態から瞬時に正気へと戻れたのだから。


「(どうする!? コイツだけは回り道して躱すか!?)


 まともに戦えないなら逃げるのが一番。〇・二秒とはいえ猶予があり、ゲームでハイスコアを狙っている訳ではないのだから障害を全滅させる必要はない。

 そうと決まれば迂回路を、と思ったのも束の間、継実達が通っている道が激しく揺れ始めた。ヤバいと継実が思えども、それだけでは振動が止んでくれる訳もなく。

 ついに継実達が通っている道は潰れるかの如くに砕け、四方八方から飛び出すように破片が溢れた。

 上下左右から迫る莫大な量の惑星ネガティブの破片。先程は一メートル程度の小さな欠片数十を片付けたが、此度の欠片は数十メートル級が恐らく数十億個ほど。最早避けるだの防ぐだのという状況ではない。惑星ネガティブの崩れた身体が押し寄せる前にこの道を、外へと続く唯一の進路を抜ける以外、助かる方法はないだろう。

 五十メートルの塊を迂回する暇などなくなってしまった。


「(だからって拳だけで弾くのは無理! なら、全身で抱きかかえるしかない!)」


 迫りくる巨大なネガティブの塊。普通ならば勝ち目のない存在に、継実は両腕を広げて構え――――

 真っ正面から、虚無に還す力を受け止める。


「ぐ、ぎ……!?」


【警告する。正面からの対処は無謀だ】


 呻く継実にネガティブが指摘する。だから言うならもっと早くしろ、と言い返したいところだが、残念ながら声を絞り出す余力はない。

 ゼロ物質の膜で保護している身体が、びりびりと痺れる。意識をほんの少し全身の細胞に向けてみれば、『物質』で出来ている身体が少しずつ削れているのが感じられた。あまりにも大きな力故か、虚無に還されても残るゼロ物質を貫通し、奥まで浸透してきているらしい。

 ゼロ物質で出来た腕も圧迫感が伝わり、構造が潰されていく。ネガティブの力はゼロ物質を消せず、ゼロ物質で殴られると大きなダメージを受けるが、それはゼロ物質も同じらしい。力が大きければネガティブはゼロ物質の方を叩き潰せるようだ。まだ持ち堪えてはいるが、もうしばらくすればぐしゃりと両腕がへし折れてしまうだろう。

 押し潰される。押し負かされる。

 頭を過る敗北の構図。そのイメージに継実は口許を歪め、眉間に皺を寄せる。

 だが、顔に浮かぶのは恐怖に非ず。

 彼女の顔にあるのは、自分を脅かす驚異に対する敵意のみ!


「ぐ、ぎ……な、め……ん、じゃあぁぁ……!」


 全身に力を込める。腕が軋もうが、物質で出来た身体の血管が千切れようが、構いやしない。それどころか細胞が消費するエネルギーを賄うため、血流を加速。細胞活動と摩擦で生じた熱により血が沸騰し、全身から蒸気となって溢れ出す。

 そして発動する『戦闘モード』。

 余分な熱量を掻き集めた毛髪と腕は青く輝き、生み出した力の大きさを物語る。瞳は七色に染まり、全てを見通した。ここまで温存していたエネルギーを一気に消費して、限界を超える力を生み出す!


「ねええええええええええええええっ!」


 全身全霊の咆哮と共に、継実は五十メートル級のネガティブを頭上目掛けてぶん投げた!

 僅かでも意思があれば、きっと抵抗されて継実の奮闘は無為に終わっただろう。しかし崩れ落ちた破片に過ぎないこのネガティブに、継実が本気で繰り出した『技』をどうこうする意思などない。力がどれだけ大きくとも、意思がなければ炉端の石ころと同じだ。

 巨大故に動きはゆっくり。されど間違いなく、継実達から外れるコースで飛んていく。ニヤリと継実は笑みを浮かべて、

 ネガティブから生えていた『突起』が、回る動きに合わせて継実に迫ってきた。


「(あ……これ、ネガティブの裏にあった奴か……!)」


 ネガティブの姿は球形だった。が、それはあくまでも継実が見ていた面からの話でしかない。見えていない部分に、数メートル級の突起物が隠れていてもおかしくないのだ。それが継実の方に迫ってきたのは、所謂不運だろうが。

 巨大な突起が突如として現れただけなら、躱しようもあった。しかし今の継実はネガティブを全力でぶん投げた格好。限界まで背筋を仰け反らせ、両腕を上に伸ばした姿勢から咄嗟に動く事など出来やしない。足が自由に使えれば左右に跳ぶぐらいはやれただろうが……ネガティブの背中に乗っている今はどちらにも避けられない。


「っ……!」


 せめてもの足掻きで両腕を眼前で交差させて衝撃に備える、が、駄目だろうとは思った。

 その予想は正しくて。

 構えたガードを衝撃で崩され、ぐるんと迫ってきた突起は継実の脳天を打った。巨大さ故に打撃の威力は大きく、継実は更に大きく身体を仰け反らせる……波乗りの姿勢も保てないほどに。

 波乗り姿勢が崩れたら、ネガティブの背中に乗り続ける事も出来ない。

 継実がネガティブの背からずれ落ちてしまうのも、仕方ない事だった。


【……!】


 ネガティブと目が合った……ネガティブに顔などないが、虚空に足を踏み外した継実はそう思う。

 助けてくれ、と頼むには時間が足りない。腕を伸ばしても掴める距離ではない。どうやら惑星ネガティブからの脱出が出来るのは、このまま飛んでいけるネガティブだけのようだ。

 アンタが不甲斐ないからこんな目に、なんて継実は思わない。時間が足りなかった事、巨大なネガティブの破片が迫ってきた事、その破片に突起物があった事……見抜けなかったのは全て自分の落ち度だ。ネガティブも協力してくれているが、必ず見付けるという『義務』はない。全ての責任は未だ自分にあり、仲間を責めるのはお門違いというもの。

 例えその結果、自分の命が終わったとしても、だ。


「(ネガティブにモモ達へと伝言を頼む、は出来ないかなぁ。モモ達の顔なんて知らないだろうし、顔合わせたら絶対攻撃されるに決まってるし)」


 だったらやっぱり自分で伝えないと駄目だと、継実は意識を切り替える。どんなに絶望的状況でも諦めて死ぬつもりは微塵もない。最後まで足掻いて足掻いて足掻き続けるのみ――――

 そう思っていた継実の身体が、突然動きが止まる。

 いや、それどころか惑星ネガティブの出口に向かって飛んでいく! 一瞬の驚きを挟んだ後、継実は自分の身に何が起きたのかを理解した。

 長々と伸びたネガティブの手が、継実の腕を掴んでいたのだ。


「これは……!?」


【辿れ。我の手が千切れないうちに】


 ネガティブの言葉を受けて、継実は即座にネガティブの腕を掴む。

 まさかネガティブに助けてもらえるとは。予想もしていなかった事に目を丸くしながら、継実はその腕を手繰り寄せるように昇る。ネガティブに掴まれるまでの間に飛ばされた距離はざっと十メートル。この距離を腕と手の力だけで『登る』のは普通の人間ならしんどいが、ミュータントの力を使えば難しくない。

 登るだけなら。


「ぎゃーっ!? 対消滅のエネルギーが痛いっ!」


 しかし今、ネガティブが抱えている継実の腕からは、推進力でもある加速された粒子が溢れ出ている。後方に吹っ飛ばされた継実はその光エネルギーと隣接している状態になっていた。継実達を秒速四十キロ以上まで加速するパワーだけあって、掠めただけでも文字通り肌を焼かれる出力だ。うっかり触れたなら、その部分は綺麗サッパリ消し飛ぶだろう。

 暴れのたうつ継実の姿を見て、何を思ったのか。ネガティブは腕を横に広げ、わざわざ継実を粒子の流れから離すように動かしてくれる。これなら登りやすい。ダメージがなければ動きに支障は出ない。継実は素早くネガティブの腕を辿り、彼の肩に辿り着く。


「あー……助かった、ありがとう」


【礼を言うのは後だ。最後の難関が残ってるぞ】


 継実の謝礼に対し、ネガティブは大した反応もなく自身の背後――――継実達が向かっている方角を指差した。

 示された通り継実はそちらに目を向けてみる。ただそれだけで、ネガティブの言いたい事は大凡理解し、そして彼の意見に頷く。

 その先にあるのは惑星ネガティブからの出口、の筈だった。

 だが継実が見た先に出口らしき穴は見られない。あるのはぐしゃぐしゃに潰れ、行く手を遮る惑星ネガティブの破片のみ。偶々視界を遮るように破片が漂っているのではなく、完全に、一ミリの隙間も観測出来ない。

 どうやら継実達が辿り着く前に出口が潰れ、塞がってしまったらしい。

 あり得ない話ではない。ネガティブが告げた時間は、あくまでも惑星ネガティブが完全に崩落するまでの制限時間である。部分的にはこれよりも早く崩落する事さ十分あり得るだろう。実際継実達を幾度となく襲った惑星ネガティブの破片は、制限時間まで持たなかった部分。何処が制限時間より早く崩れてもおかしくない中、自分達が目指す出口だけは例外だと考えるのは楽観的というものだ。

 さて、では問題だ。どうすればネガティブの破片で埋もれた出口から出られるか?

 成し遂げるのは限りなく困難。だが、何をすべきかは簡単だ。

 道を塞ぐものがあるなら、ぶち抜けば良い!


「――――ッ……!」


 ネガティブの名を呼ぼうとした。ところが声が出てこない。

 どうやらゼロ物質の大気がなくなったらしい。確かに継実が内部へと侵入した際、ゼロ物質は惑星ネガティブの中心部にだけ存在していた。中心部が崩壊した事でゼロ物質が外へ押し出されたからこそ今まで『大気』が存在していたが、出口だった場所に近付けばなくなるのは必然であろう。

 このままでは言葉による意思の疎通が出来ない。

 しかしそんなのは、大した問題ではない。継実が視線を向ければ、ネガティブも同じくこちらを、目はなくとも確かに見ていたのだから。表情どころか顔すらなくたって、何を言いたいかは大凡想像が付く。

 そして気持ちが通じた事の証明は、行動が示す。

 ネガティブが継実の身体に触れてきた。合わせて継実は能力を発動。粒子操作能力――――それを発動するために用いる、量子ゆらぎの力を生み出す。

 更に継実は自分の身体を作るゼロ物質を、右腕に集め始めた。左腕、両足がじりじりと消えていく。減った分の体積を補うように右腕はぶくぶくと肥大化し、腕としての形を失っていく。可憐な少女の手はやがてケロイドのようにボコボコと盛り上がり、肉質も失った歪な物質の集合体に変貌した。

 あまりにも大きく、そして不格好。ミュータント同士の戦いであれば、恐らく使い物にならない。しかし今、この時であれば問題ない。何故なら相手は、ぴくりとも動かないただの破片なのだから。

 継実は肘、に該当するであろう部分を曲げて、大きく振りかぶる!


【……!】


 『準備』を終えた瞬間、ネガティブの身体が震えた。何事かと視線を向ければ、ネガティブが抱えていた継実の片腕が、爆発するように砕けている姿が見える。

 どうやらネガティブがらしい。反物質を使い尽くし、中身がスカスカになった事で強度が低下したのだろう。爆発により腕を抱えていたネガティブの両手が吹き飛び、身体の方もくずくずに崩れた状態だ。そして腕の消失と共に、今まで継実達を前に進めていた力が文字通り消える。されど片腕は十分働いてくれた。ゼロ物質の空気がなくなった今、慣性だけで速度は維持出来る。

 むしろネガティブの行動は正しい。握り潰した事で継実の腕にあった物質と反物質が一気に混ざり合い、今までの比ではない出力を生み出したのだから。継実達の身体は一気に、これまで以上の速さまで加速していた。

 速度は破壊力を生む。殴り飛ばすなら身体も速い方が良い!

 高速で迫る、出口を塞ぐネガティブの破片。行く手を遮る邪魔物に対し、継実は不敵な笑みを浮かべて


「(ぶち、抜けえええええええええええええええええええッ!)」


 繰り出した拳は、ネガティブの壁に突き刺した!

 拳で感じる『重量感』。虚無に還す力であるネガティブに重さなどないが、その力の大きさは重さに似た感触で伝わってくる。出口を塞いでいるネガティブ達の強さは相当のもので、継実一人の力では到底破れなかったに違いない。「一騎打ち」なんて言った手前格好悪い気もするが、負けは負けだと認める。

 だが、命を明け渡すかどうかは別問題。

 無論一人だったなら、一人で勝てなければそのまま命を失っただろう。されど此度はネガティブがいてくれた。ネガティブの力があったから継実は此処まで辿り着き、腕を握り潰して瞬間的にエネルギーを作り出す事も出来た。全てが万端。あらゆる事に憂いなし。

 そして止めに、身を翻したネガティブが継実の身体を背中から蹴り飛ばす。

 これで、砕けぬものなどある筈ない!


「(いっけえええええええっ!)」


 継実の繰り出した拳が、与えた力に耐えきれず砕ける。

 それと同時に、出口を塞ぐネガティブの破片が吹き飛んだ! 継実は周りにある破片を殴れるよう片腕を構えながら、ネガティブは触れないよう身を縮めながら、破片達と共に前へ――――二人揃って外へと向かって進む。

 やがて疎らに散っていく消滅の力の先に、ぽつりと白い点が見える。

 白い点は時間と共に数を増す。最初、それが何か継実は分からなかったが、やがて数えきれないほど増えて、一つ一つが点ではなく『光』だと気付いてようやく理解する。

 星空だ。

 宇宙空間を覆い尽くす無限の星屑達。それは今まで惑星ネガティブの身体に遮られて見えなくなっていた。つまり、見えるようになったという事は……継実達が惑星ネガティブの外に出てきた事に他ならない。

 継実達は、脱出を果たしたのだ。


「(い……よっしゃあああああああッ!)」


 歓喜のあまり宇宙空間で万歳。それでも喜び足りない。

 継実はネガティブに接近。更にゼロ物質で作った腕を分解して、周りに『空気』を作り出す。


「いえーい、はいたーっち!」


【……? ああ】


 そして継実が掛け声と共に歪な片手でハイタッチの仕草を取れば、ネガティブも真似するようにぎこちない動きで返してくれた。ネガティブの顔は相変わらずないので何を考えているか分からないが、ちょっと、笑っているように継実は思う事にする。


「はっはっはっ。いやー、あの大きな欠片はヤバかったなぁ。助けてもらわなかったら死んでたし、惑星級生物との戦いは私の負けかな」


【引き分けだと考える。結果的に止めを刺せていないのだから】


「お、そう? じゃあ引き分けで」


 自分にとって都合の良い結果を、すんなりと受け入れる。甘言は気を付けるべきものだが、どうせ先の『宣戦布告』は継実が自分の気持ちを奮い立たせるために行ったもの。そしてこうして生き延びた以上、どう解釈しても自由だ。

 ネガティブが自分を助けた事についても、どう解釈しようと自由だろう。


「(意外と義理人情に堅いタイプだったり?)」


 宇宙の厄災の意外な一面。それならちょっと面白いので、継実はそう解釈しておく。深く尋ねる事はしなかった。

 しばし、継実とネガティブは宇宙空間を漂う。

 継実はその最中、背後にある惑星ネガティブの方を見遣った。

 惑星ネガティブは完全に潰れ、球形だった姿はぐしゃぐしゃで凹凸のある歪なものとなっている。その姿すら不安定なようで、時折火山噴火でも起こすように内側から(恐らく内部に満ちていたゼロ物質大気)噴出する物質により、形は刻々と変化していた。一つ共通する流れがあるとすれば……段々と大きさが小さくなっている事だろう。

 このまま惑星ネガティブは崩壊し、消滅すると思われる。

 ネガティブの『命』は助かったが、帰る場所はなくなった訳だ。


「さて、無事脱出した訳だけど、これからどうする?」


【……どうしたものか。衝動として地球生命を根絶やしにしたい気持ちはあるが、それが実現不可能な事は分かる。しばし、何処かを放浪しよう】


 継実が尋ねるとネガティブはそう言いながら遠く、太陽系外を眺める。

 ……恐らく、このまま何も声を掛けなければ、彼は太陽系の外に出ていくだろう。ネガティブにはそれを可能とするだけの力がある。

 どんな行動をするにしても彼の自由だ。道中で数多の星を滅ぼすかも知れないし、ミュータントと類似した力を持った存在や文明に滅ぼされるかも知れない。生きるとはそういうものだ。生きている限り何かに迷惑を掛け、何かに脅かされるのだから。

 継実にはそれを止める権利などない。他の星が滅ぼされようとも、彼が何かに殺されようとも、宇宙が死へ向かおうとも、不老不死の歪な道を歩もうとも……それは悪でも正義でもないのだから。

 ただ、個人的に思うところは別な訳で。そして宇宙や他の文明の生死すらどうでも良いように、ネガティブ自身の気持ちも割とどうでも良い。確固たる決心があるならまだしも、そうでないなら躊躇う理由もない。


「良し。当てがないってんなら遠慮はいらないね。アンタを地球に連れてこう」


 だから平然と、そんな事を言い出す。

 ネガティブはキョトンとしていた。首まで傾げていた。継実の記憶を読んで、不思議に思った時はそういう態度を取るものだと学んだのかも知れない。


【……なにゆえぇ?】


 出てきた言葉に何時もの覇気はない。むしろキョトンとしている。

 そんなネガティブの腕を掴んだ継実は、そいつの身体を

 じわじわと身体の表面が消されていく感触。要するに生皮をヤスリで削ぎ落とすようなものなので、痛覚を制御しなければ悲鳴を上げるぐらい痛いところだ。

 無論痛みを遮断したところで、傷が癒える訳ではない。しかしにやりと不敵に笑うぐらいは出来る。

 心底楽しげな笑みと共に、継実は断言した。


「命を助け合ったらもう友達でしょ。んで友達とは一緒にいる方が楽しいじゃん!」


 ネガティブの返事など待たない。顔色など窺わない。

 ただぎゅっと、強く握り締める背中の痛みだけで十分。

 真っ直ぐ、最短距離で、継実は地球へと落下帰還するのだった。

























【ところで一つ、助言がある】


「ん? 今更何を助言する訳?」


【虚無物質は本来、この宇宙には存在しない。我々が量子ゆらぎを消滅させた、その環境下でのみ存在が許される】


「ふむふむ? ……ん? つまりそれって……」


【つまり、お前の身体を構成している虚無物質は間もなく崩壊する。大気圏降下は困難だ】


「…………………………」


【どうした?】


「だ か ら! 大事な事は早く言えぇぇぇぇっ!」

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