賑やかな星04
村中心の広間にて。ずらりと並べられた、肉の数々が存在感を放っていた。
肉の種類は多彩だ。アザラシ肉、干物にしたペンギン肉、発酵させた魚、お刺身……野菜こそないため彩りは良くないが、しかしどれもタンパク質が豊富な食事。動物の身体に活力を与えてくれる、豪勢な食事だ。
更に量もどっさりとした大盛り。普段の食事量で全員が食べれば、相当な分がお残しとなるだろう。しかしその心配はいらない。
テンションを上げていけば、このぐらいの食事は食べられる筈だ。食欲旺盛なミュータントであるならば、尚更なんの問題もなく。
「という訳で……地球を救う、前祝いです! かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
花中の音頭に合わせ、村に暮らすほぼ全員が乾杯を行った。
ガラスのコップに入った飲み物を口にする者、並べられた肉を次々に頬張るもの、食事は後にしてお喋りを行うもの……やる事は様々だし、特に決まりはない。強いて言うなら、みんなが笑顔を浮かべている。悲壮に暮れたり、怒ったり、苛立ったりする輩はいない。座り込んだ楽な姿勢でわいわいと騒ぐ姿は、正に宴会だろう。
皆が花中の宣言により始まった、『地球を救う前祝い』を楽しんでいる。
唯一の例外は――――継実だけだった。
「……………」
「やほー。楽しんでるー?」
「あーれれー? 元気ないですねー」
口を閉ざした継実がぼんやりとコップの中の液体を眺めていると、モモとミドリがやってきた。
「すいません。わたしも相席、してもよろしい、でしょうか」
そして花中も。
家族二人と花中が、継実を挟むような形で座る。逃げたいと思った訳ではないが、逃げられないと悟った継実は小さな息を吐いた。それから、モモ達の顔を見遣る。
尤も継実の方から話そうとする事はなく、会話を切り出したのはモモからだった。
「どしたのよ継実。元気ないじゃない」
「……そりゃまぁ、ねぇ」
「ねぇって何よ」
言わなきゃ分からない。言外にそう伝えられ、継実はため息一つ。
されどモモの言う通りだ。戦いの時ではアイコンタクト一つで全てを察し合えるが、それは戦いが本能と合理性のみで行われるからに過ぎない。今の継実に元気がない……『不機嫌』なのは感情的な理由。理屈のない想いが、他人に勝手に伝わる訳がないのだ。
気持ちを少し落ち着かせてから、継実はぽそぽそと話し始めた。
「……惑星ネガティブの倒し方、私が考えたじゃん」
「ん? そーね、継実が考えたわね」
「凄いです継実さん! あたし達の種族が文明の総力を結集しても何一つ分からなかった存在を、ついにその正体を突き止めて、具体的な倒し方を見付けたんですから!」
モモは事実を淡々と言葉にし、ミドリは大喜び。モモからすれば事実確認でしかないし、故郷を滅ぼされたミドリからすれば真実に近付くのは喜ばしい事。二人がそんな反応をするのは当然だ。
当然の事なのに、継実は目を背けてしまう。
「う、うん……でも、その……そのためには誰かが惑星ネガティブに突入しないといけない」
「そうね」
「飛んでいく距離を考えれば、相当接近してから。しかも長く見積もっても十分以内に終わらせないといけない」
「そう、ですね。そういう話だと思っています」
ぽつぽつと語れども、モモとミドリは同意するだけ。
継実は胸の奥に、強い衝撃が込み上がってくるのを感じた。何時もなら、抑える事は難しくない。けれども今の継実は少しばかり余裕がなくて、つい、語気にその衝動が滲んでしまう。
「こんなの、成功する訳ないじゃない……! あのネガティブ相手に、しかも星みたいに巨大な奴を十分以内に倒すなんて、どう考えても無理じゃない!」
「えー? そうかしら?」
「……まぁ、難しいとは思います。相手の実力差を思えば。でも可能性はゼロじゃないですし、他の手もない訳で」
「そう、だけど……でも……!」
ぶつぶつと、言葉にならない感情を口ずさむ。その声はモモ達にも聞こえただろうが、しかしこてんと首を傾げるだけ。
「……プレッシャーを、感じていたり、しますか?」
継実の感情を理解してくれたのは、純粋な人間である花中だけだった。
継実は口を閉じたまま、こくり、と頷く。するとモモやミドリは驚いたように身動ぎした。
「え。継実、プレッシャーなんて感じるの?」
「何さその言い方。まるで私がプレッシャーなんて感じない能天気みたいな言い方して」
「いや、だって継実さん、命懸けの作戦とかハッタリとか平気でやるじゃないですか。だからあたしもてっきり、そーいうの全然大丈夫なタイプかと思っていたのですが」
驚く二人に反論すれば、ミドリからそんな意見が出てくる。
自分の命を平気で投げ出す奴が、プレッシャーなんて感じる訳ない。成程、ある意味その考えは正しいだろう。確かに継実はこれまでの生活で、プレッシャーに押し潰されるようなところは見せていない。
しかしそれは見せる時がなかっただけだ。この過酷な自然界に適応した結果。だから適応の必要がなかったところは七年前の、小学生だった頃と変わりない。
例えば、『世界』の命運を左右する時の責任感。
「自分の命を賭けるだけなら、こんな不安になったりしない。こう言うのも難だけど、自分が死ぬのはもう受け入れているから」
生き物や災害に襲われたとしても、大人しく死ぬつもりは微塵もない。それが生命としての性であるがために。けれども殺される事に、恨みや嫌悪感があるかといえば……実はそうでもない。
何故なら相手は『自然』だから。殺される事も殺す事も、全てが許容される世界。誰もが生きるために動いていて、その結果として命の奪い合いをしているだけに過ぎない。自分は誰かを殺すけど、相手は自分を殺してはいけないなんて、それこそ傲慢というものだ。
ネガティブ相手でも同じである。ネガティブに殺される事は別に構わない。ネガティブを殺す事も、別に責任感なんて感じない。惑星ネガティブを殺す事への罪悪感、それに失敗して殺される恐怖もなかった。
だけど、自分が殺された後……地球が終わるとなると、奥底に眠っていた人間的な感情が呼び起こされる。
「失敗したら、地球そのものがなくなる。私の考えた作戦が間違っていたら、私が負けたら、私の所為で地球がなくなっちゃう。そう思ったら……」
「何よそれ。くっだらない悩みねぇ」
正直に明かしたところ、モモはその悩みをバッサリと切り捨てた。あまりにも容赦ない切り捨てに、ミドリがわたふたし始める。ミドリの方は、多少なりと継実に共感するところがあるのだ。
ただ、ミドリに共感された継実本人は、モモの意見に同意しているのだが。
そう、こんなのはくだらない悩みだ。誰が継実に地球を救ってくれと頼んだ? 他の地球生命達が何もしてなくて、それで失敗して地球が滅んで、何故挑んだ側が責められる?
野生生物達はそんな『無駄』で『無意味』な事はしない。危機が迫れば自分で対処するし、誰かに任せるなんて無責任な考えは持たないのだ。いや、そもそも自分が地球を守らねばという発想そのものが傲慢と言うべきか。
間違っているのは自分の責任感。無意味で感情的な発想に嫌悪が募る。
本能では分かっているのだが、非合理的な感情がぐるぐると継実の胸の中を渦巻く。自分の命は平気で投げ捨てられるのに、他人の命が関わった時点でこの体たらくだ。これが他人事なら人間味があるとも言えるが、自分事だとひたすらに情けない。
「……わたし的には、悪い考えでは、ないと思いますけどね」
そこにフォローを入れてくれたのは、花中だった。
「まぁ、モモさんの言い分も、分かります……というより、モモさんの方が、正しいですし。責任なんて、人間が勝手に作った言葉です。昔は、わたしもよく悩んだものです。今じゃ、吹っ切れましたけど」
「……それ、吹っ切れるぐらい地球救ってる訳って話?」
「うーん。地球を救ったのは、二回ぐらいですかね。人類は、結構ありますけど」
けらけらと、人類や地球の救済を大した事ではないように語る花中。つまり文明崩壊前、七年以上前から花中は色々な事件を経験してきたらしい。
一体どんか人生を歩んできたの? とも思う継実だが、花中が何をしてきたか分からぬ以上、何も言えない。加えて、そこは本題ではないところだ。花中の話はまだ終わっていない。
「なので、わたしから気にするな、とは言えませんが……気持ちを、楽にする言葉なら、伝えられます」
「気持ちを楽にする? 精神論でも教えてくれるの?」
「いえ、もう少し具体的な事を二つ」
花中はそう言うと指を二本立てた。それからすぐに一本を折る。
「まず、その作戦にはわたしとフィアちゃんも、参加します」
「えっ!? いや、でも花中は兎も角フィアは……」
「フィアちゃんの、身体は、水で出来ています。その中に溶け込んでいる、酸素がある限り、宇宙でも平気です。フィアちゃんが、言うには、五時間ぐらいは余裕、だとか。わたしが運べば、宇宙には行けますし」
「えー、ずるーい」
フィアが行けると知るや、モモからそんな抗議が。ズルくはないでしょ、とツッコミたくなる継実だが、犬的には家族と一緒に行ける時点でズルいのだろう。継実が頭を撫でてやると、不機嫌そうに鼻を鳴らしながらモモは尻尾をぶん回す。
愛犬モモの可愛らしさを見せ付けられた花中は、ほんわかと微笑む。とはいえ今はまだ話の途中。どんなミュータントの攻撃よりも恐ろしい誘惑を振り払うように、モモから目を逸らした花中は、残っていたもう一本の指を折った。
「そして二つ目は、制限時間は、十分ではありません。もっと長く、確保出来ます」
そうして告げてきた言葉は、モモを撫でていた継実の手を止めさせる。
継実が計算した、惑星ネガティブの攻略に当てられる時間は十分以内。これはネガティブと戦うための体力を残せる飛行時間から算出した距離を、惑星ネガティブが通過するまでの時間だ。これより時間を伸ばそうと思えば、その分飛行時間を伸ばして、より地球から遠くで接触しなければならない。そうなれば到着までに体力を消費し、苦しい戦いとなるのは明白だ。
それが分からぬ花中ではあるまい。なら、どうやって作戦時間を伸ばすのか。確保出来る、という言い方からして、こちら側が何か働き掛けるように思えたが……
頭を満たす疑問が、継実の眉を顰めさせた。すると花中はくすりと笑みを浮かべる。次いで彼女の親友であるフィアを彷彿とさせるほど、自慢気に胸を張った。
「実はわたしの友達に、それが出来そうな、子がいます。あの方なら、相当、長い間持ち堪える、かと」
「……そんなに強いの? だって、星みたいに大きなネガティブだよ?」
「ええ。ですから、何処まで持つかは分かりませんが……ニ時間は、間違いなく、耐えます。いや、真っ向勝負で、相手の方を、破壊するかも」
「ちょ……星規模のネガティブを倒せるの?」
「相手の実力が未知数、なので、確かな事は言えませんが、あの方なら、やってもおかしくない、ですね」
さも普通の事であるかのように語る花中。しかし継実は(ついでにミドリも)口をあんぐりと開いてしまった。月規模の星を真っ向勝負で破壊する。一体何処の戦闘民族だ? と思わず訊き返したくなってしまう。
しかし思えば継実自身、やろうと思えば小さな衛星ぐらいなら壊せる気がした。それにニューギニア島で出会った大蛇は、フルパワーを出せば月どころか地球も危うい力がある。言葉にしてこなかっただけで、この地球上では星の命運など日々左右されているのだ。
つまり、自分が失敗しても誰かが代わりに地球を守ってくれる。
――――その事実は、継実の心を一気に軽くした。もしも座った体勢でいなかったら、きっと腰砕けになってしまっただろう。 更に腹の底からくつくつと、笑いが湧き出してくる。堪えきれなくて、口からついに漏れ出してきた。
そうだ、一体何を思い上がっていたのか。たかが人間風情が世界を、地球を守ろうなんておこがましいにも程がある。人間なんて怪物が一種類暴れただけで生活の基盤である文明を失い、例え超越的な生命になろうとたった一人ではゴミムシにすら勝てない種族に過ぎないのに。
気負う事自体が傲慢だと思えば、随分と気持ちが楽になった。
「そんな訳なので、最悪、何もしなくても、多分なんとかなるかも、知れません。でも、あのサイズの敵との、戦いなら、あの方も本気を出す、かと。そうなればで、相当の被害が出ます。それこそ、大量絶滅規模の」
「ああ、うん。それは、そうなるだろうね。怪獣大決戦より派手なドンパチだろうし」
「その通りです。加えて相手の実力が、未知数ですから、必ず勝てるとは、限りません。わたし達で、弱らせられるなら、出来るだけ弱らせた方が、良いのは、間違いありません」
「そうだね。それも当然だね……うん」
気負う必要はない。けれどもやる事に意味がない訳ではない。その『正しい』認識が継実に勇気を与えてくれた。
これなら、明日の朝に戦える。
そして明日の戦いは、それこそ大きな危険を伴うもの。旅の中で経験したものを大きく上回る、史上最大のピンチになるかも知れない。命を失う事も十分にあり得る話だ。
ならば今、作戦前のパーティーを楽しまない理由などない。
「よーし、明日への気合いを入れるため、乾杯だぁ!」
「「「かんぱーい!」」」
昂ぶる感情のまま音頭を取る継実。モモ、ミドリ、花中の三人はそれに応え、継実が持つコップに自分のコップをぶつけ合う。確かめる親交、ポジティブな精神。
きっと大丈夫。なんの根拠もないがそんな気持ちが胸から込み上がった継実は、コップの中の液体を一気に飲み干して
「ごふっ」
倒れた。後頭部を地面に叩き付けるように、受け身すらも取らずに。
突然の転倒に、傍に居たモモ達のみならず、少し離れた位置にいるヤマトや清夏達の視線も集める。しかしそんな視線を集める中で、これまでの野生生活で散々視線を察知してきた継実はぴくりとも反応しない。
「……ぐぅ。すぴー」
挙句、寝息まで立てる始末。
「……これは、もしかすると」
「いや、もしかも何も」
「それしかないんじゃないですか?」
真面目ぶった花中の物言いに、モモとミドリがツッコミを入れる。てへっと言わんばかりに舌を出した花中は、継実がその手に握り締めているコップを掴み、中に残っている液体の匂いを嗅ぐ。
「ちょっとー、有栖川さんのコップに、お酒入れたの誰ですかー」
そして彼女を酔い潰した元凶の調査を始めた。
その後推理合戦が始まり、モモとミドリの探偵ごっこが繰り広げられるのだが、既に寝息を立てている継実がその一部始終を知る事はないのだった。
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