第十一章 メル・ウルブス攻略作戦

メル・ウルブス攻略作戦01

「ひゃっほぉー!」


 モモの元気な声が、大海原に響き渡る。

 水平線の彼方まで続く海原と空の青さ。極地に近いからか空気が澄んでいて、吸い込めば実に『美味しい』と、モモの傍にいる継実は思う。勿論空気に味などないが……不純物のない、純粋な空気は身体に活力を与えてくれた。


【気持ち良いですねー】


「だね。速さがあるから、この移動もすぐに終わっちゃうのが残念だけど」


 脳内通信で話し掛けてきたミドリに、継実は粒子操作能力で制御した空気分子を介して声を伝える。音速以上の速さで海上を飛んでいる継実達に、普通の発声方法で会話する事は出来ないのだ。

 そもそも『普段』であれば、こんな暢気な会話などしていられないだろう。海には水棲ミュータントがうじゃうじゃと暮らしている。どの生物種も海洋環境に適応したエキスパートであり、まともに戦えば継実達陸上生物では敵わない猛者揃い。襲われたら一溜まりもなく、為す術もなく餌とされてしまう。

 現にその心配は消えておらず――――突如として海中から一匹の、メロ(魚の一種)の仲間が継実達目掛けて襲い掛かってきた!


「クァッパ……!」


 メロは大きな口を開け、超音速で継実目掛けて跳んでくる。ギラ付いた眼差しに躊躇はなく、抑えきれない食欲を剥き出しにしていた。

 メロの体長は約一メートル。継実の三分の二もないような大きさだが、流線型の身体は水中生活に最適化されている。万一水中に引きずり込まれたなら、もう勝ち目などなくなるだろう。

 何時もであれば大慌てで逃げないといけないところだが……今回の継実達はちょっとだけ余裕だ。

 何故なら彼女達が乗っているが、勝手に回避してくれるからだ。

 その乗り物は直径二メートルほどの四角くて黄色い機体と、折り畳んだ三本の脚、そして四枚の半透明な翅を生やしている。翅は高速で上下して風を起こし、それが機体及び搭乗者を浮かばせる原動力となっていた。ただし機体には凹みどころか取っ手もなく、継実達は『握力』でこれにしがみついている状態だったが。機体の表面は非常につるつるしていて、少しぬめりけも帯びている。普通の人間ならば呆気なく振り落とされているだろうが、継実達の力ならば問題はない。指を機体に食い込ませ、身体を固定している。これなら落ちる事はないだろう。例え機体が回避のために突然動きを変えたとしても、だ。

 今まで真っ直ぐに飛んでいた乗り物だったが、メロが迫ると、継実が反応するよりも先に自らその動きを変更。大きく機体を傾けてこれを回避する。攻撃を外したメロの羨ましげな視線が継実に向けられたが、継実はこれに不敵な笑みを返す。

 ……というのに。


「おおっと、魚が来ていたか。うんうん、言う事を聞けば最後にはちゃんと解放してあげるよ。ぐへへへへ」


「うわぁ。継実さん悪役みたい……」


「まぁ、実際悪役でしょ。脅して言う事を聞かせてる訳だし。ま、褒めたり脅したりしても、そいつはなーんも感じないでしょうけど」


 継実が機体を撫でると、ミドリとモモから誹謗中傷が飛んでくる。確かに脅しはしたが、撫でる時は本心から褒めていたつもりなので、悪役呼ばわりはそこそこ心が傷付く。

 とはいえ、モモが言うようにこの機体……正確にはその『中身』を脅しているのも間違いない。

 ケダモノであるモモは気にもしないし、継実だってそれしか手がなかったのだから悪いとは思わない。何よりモモが言うように、この中身は何をどうしようが何も感じないだろう。合理的だから継実達に歯向かわず、従っているだけ。

 ならば罪悪感など抱く必要も、そして理由もない。そもそも罪悪感や良心は人間社会を豊かかつ円満に動かすためには必要なものであるが、自然界では役立たずなもの。脅そうが嘘を吐こうが、自分が生き残れば勝者である。

 ……勝者であるし、必要もないが、人間的に気分が良いかは別問題。


「……気分の問題よ、気分の。それにちゃんと約束通り放しはするから。この子達なら帰れるでしょ、南極からオーストラリアまで」


 ぽそりと、継実は無意識に弁明の言葉を呟いた。

 ――――そう。此処は大海原であり、オーストラリア大陸ではない。離れてからまだ三分と経っていないが、継実達が乗っている機体は秒速二十キロもの速さで飛んでいる。オーストラリアから目的地南極までの直線距離は約三〜四千キロであるから、既に殆どの行程は終わっている状況だ。

 間もなく南極に辿り着く。それを理解しているのは継実だけでなく、モモとミドリも同じだ。


「あー……もうすぐ南極かぁ」


「この旅も、もう終わりですね。早かったような、長かったような……」


「こらこら。まだ旅は終わってないんだから油断しないの。それに海の上なんだから、油断したら食べられちゃうよ」


「いやー、大丈夫でしょ。この乗り物があるんだし」


「そうですよ。むしろ感傷に浸るなら今がチャンスなんじゃないですか?」


 窘めてみても二人とも反省どころか開き直る有り様。実際のところ、モモ達の言い分は正しいだろう。機体の『中身』自体が自殺願望でも抱かない限り、自分達が周りを警戒する必要なんてない。

 『合理的』かつ素直な思考はミュータントの特徴。ミュータントである継実はモモ達の意見に納得し、成程なとばかりに頷く。そして納得をしたのだから、何時までも自分の考えに執着などせず、より良い考えに改める。

 つまるところ継実も感傷に浸りたいのだ。これまで行ってきた自らの旅路を振り返り、苦労と出来事を噛み締めながら。

 そして真っ先に思い返すのは、やはりなんやかんや直近の出来事。

 自分達がオーストラリア大陸を出立するまでのほんの数日間、この乗り物を手に入れるまでに掛かった紆余曲折を……

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