南海渡航13

「喰らえッ!」


 モモは飛び掛かるようにしてアホウドリに肉薄し、両手から鋭い爪を伸ばして切り掛かる!

 背後からの強襲。これにはアホウドリも動き出す。今までまともに動かさなかった頭を大きく仰け反らせ、迫り来る爪との距離を取った。しかし決して慌てふためく事も、嘲笑うように笑みを浮かべる事もない。完璧に攻撃を回避した瞬間能力を発動し、モモの腕を引力で上へと引っ張る。

 引力の強さは継実ですら抗えないもの。単純な馬力では継実よりも劣るモモでは引力に逆らう事など出来ず、万歳をするかのように腕が上がってしまう。攻撃を躱されたどころか腕の動きまで封じられたモモだが、継実の戦いを見ていたのだからこの程度の事態は想定済み。戦う前から考えていたであろう、次の手を打つ。

 具体的には手の先だけを、手先だけでもアホウドリを引っ掻こうとしてみせた。

 腕そのものは引力により上へ上へと引っ張られる中、モモの手先だけが、未だモモの目の前で水面に浮かんでいるアホウドリへと迫る!


「! クァッ!」


 これは流石に予想外、それでいて能力の発動が間に合わなかったのか。アホウドリは小さく唸りながら羽ばたいて後退する。またしても奇襲に成功したモモであるが、この攻撃も寸でのところで躱されてしまい、次いで新たに生じた引力により伸ばした手先も上へと引っ張られてしまう。

 二つ目の攻撃も防がれた。しかしモモの攻撃はまだまだ終わらない。

 ざわざわと揺らめいたのも束の間、今度はモモの髪が槍のように束なり、アホウドリへと突き出される! 鋭く尖った先端を引力で逸らそうとするアホウドリだが……モモが繰り出した髪は十本。そのうち動きが逸らされたのは僅か五本だけ。

 能力の発動が間に合わなかったのだ。それでもアホウドリは慌てずに身体を僅かに捻り、槍と槍の隙間に入り込むようにして攻撃を回避。見事な躱し方であるが、結果として首や翼の傍にモモの体毛が棒のように陣取り、自由な動きを妨げる。

 アホウドリはこれ以上の回避を取れない。しかしモモは更なる攻撃が可能だ。ぶるぶると体毛を擦り合わせ、原子力発電所数百基分の出力で発電。アホウドリを取り囲む体毛にバチバチと音が鳴るほどの高圧電流を流し込み――――

 放電する直前に、何かに引っ張られるようにモモが吹き飛んだ。恐らく胴体が引力により引っ張られたのだろう。小さく舌打ちしつつモモはくるりと空中で体勢を立て直し、海面に着地。足先から体毛を広げて接地面を増やし、表面張力で水面に浮く。


「あら、つれないわね。もっと遊びましょうよ!」


 そして勢い良く足下の体毛を動かし、水面を蹴るようにして跳んだ! 両腕を前へと突き出し、大きく手を開いて捕まえる意思を見せ付ける!

 再び高速で迫るモモに、アホウドリは引力操作を発動。突撃するモモの身体を強引に止めようとする。その力によりモモは確かに停止した、が、モモの腕までは止まらない。

 十メートルと開いている距離などお構いなし。ぐんぐんと伸びていき、アホウドリに襲い掛かる! アホウドリは再び飛んで後退するが、今度は腕の方が早い。


「カァッ!」


 するとアホウドリが吼えた。

 次いでモモの腕な二本ともぐしゃりと海面に叩き付けられる。引力により引き寄せられたのだろう。しかも今回は腕の先端から止められたらしく、先頭が止まった事で未だ伸び続けている腕がぐにゃぐにゃと畳まれるように溜まってしまう。これでは前へと進めない。


「ほっ」


 ところがモモが一声出せば、腕は変形しながら再構築。伸びた部分を束ねて重ねて、新しく腕を作り上げてしまう。

 伸びた腕から腕が生えるという、奇怪というより不気味な姿。だが、姿形が不気味かどうかなど些末な話だ。

 肝心なのは、新しく生えた腕に攻撃能力がある事。

 二本の腕から二本ずつ生え、四本になった拳が殴り掛かった! 倍に増えた腕に驚いたのかアホウドリは僅かに身動ぎしたが、能力も回避も間に合わず。なんとか構えた翼に、モモの鉄拳がぶち当たる。

 激突時、ガキンッ! と金属のような音が鳴った。戦いを見ていた継実の瞳には、アホウドリの翼表面に高密の大気が存在しているのが映る。どうやら引力操作能力で周辺の大気を掻き集め、盾のように構えているらしい。モモの拳は一発で巨大地震を引き起こせるほどのパワーがあったが、それでもアホウドリの翼には傷一つ入っていなかった。

 今まで能力で攻撃を回避し続けていたアホウドリだが、防御技を持ち合わせていない訳ではなかったようだ。ようやくぶち当てた一撃は、残念ながら殆どダメージにはなっていない様子。尤も、一発で駄目なら諦めるなんてナンセンスな話である。

 一発だけだと駄目なら、ぶち抜くまで何度でも殴り続ければ良い。


「はああああああああああっ!」


 猛烈な速さで繰り出す、拳のラッシュ! 瞬きする間に何百発と打ち込む、超速の連続攻撃をモモは繰り出した。

 殴り掛かる腕の本数は四本。しかしあまりの速さ故に残像が残り、まるで腕が何十本にも増えたかのような光景を作り出す。引力操作による軌道の変化など気にせず、兎に角手数で勝負する戦法だ。アホウドリは翼の角度を細やかに変え、襲い掛かる打撃を最大限受け流していたが……モモが繰り出すあまりの猛攻に、翼表面に集めていた大気分子が揺らぎ始めた。ぐらぐらと、今にもくずれそうである。

 このまま一気に打ち抜けば――――そう継実は思ったが、期待はしない。自分が気付くよりも前に、アホウドリ自身が己のピンチを察している筈なのだから。

 そして後退を躊躇う野生動物などいやしない。

 アホウドリは猛スピードで後ろに下がる。自分自身に引力操作を適応し、後方にのだ。モモと違って一切抵抗しない身体は、軽く音速を超えて後ろにすっ飛んでいく。モモは追い駆けようとしたが、モモはモモで引力により後方へと引っ張られてしまう。

 両者の距離は瞬く間に数百メートルと開く。モモはにやりと笑いながらアホウドリを見つめ、アホウドリは一層鋭さを増した瞳でモモを睨んだ。


「……カタカタカタカタ」


 アホウドリは嘴を震わせ、音を鳴らす。威嚇か、恐怖か……恐怖はないなと、相変わらず敵意の消えていない瞳から継実は判断した。

 されど一方的に喰える相手だという認識は改めたのだろう。食欲しかなかった瞳には別の、激しい怒りのような、少しだけ『人間味』のある感情が浮かび始めていたのだから。恐らく「小癪な真似を」とでも思っているに違いない。

 それだけモモの攻撃はアホウドリを追い詰めたのだ。継実では為す術もなく、一方的にやられたというのに。

 パワーの大きさだけなら、モモは継実よりも格段に劣る。というより単純な体重差なら、僅かにモモの方がアホウドリより軽いかも知れないぐらいだ。恐らく単純な力押しでは、継実よりモモの方が分が悪いだろう。

 だが、能力の相性は良い。

 モモの身体は体毛で編まれたもの。例え腕の一部を引っ張られたとしても、先端部分を伸ばしたり、或いは関節を無視して曲げたりする事で無力化出来る。更に体毛は何百万本と存在しているもの。勿論太く強靭に束ねるためには本数が必要なため大きな一撃を出そうとすれば『手数』は減るが、逆に言えば小さな打撃を繰り出す程度なら数百に分散して繰り出す事も可能だ。また引力で身体の一部を拘束されたとしても、別の部位から身体を生やしてどうとでも対処出来る。

 一点集中で能力を出さねばならないアホウドリにとって、分散可能なモモの能力は大敵なのだ。


「オイラの出番は要らなそうかい?」


「あ、あたしも居ますよ!」


 更に戦力はまだまだ居る。

 頭上に陣取ったツバメの高速飛行を上手く攻撃に転化出来れば、無視出来ない脅威となるだろう。そしてツバメの力でふわふわと空に浮いているミドリが能力を使えば、上手くいけば即死、防がれても激しい頭痛で思考を妨げられる。

 今までの戦いはあくまで前哨戦。互いに本気など出していないが……軽く手の内を見せ合った事で戦力分析は終わった。継実の脳なら、勝率の計算が可能だ。

 モモと継実のコンビに比べれば、戦力としては微々たるものである二人。けれども四人が力を合わせれば、コンビよりも遥かに強くなれる。ならば勝利は確実であろう。

 そして勝てるのなら、わざわざ見逃すつもりなんてない。


「うふふ。これだけ大きければ、いくら鳥でも食べ応えがありそうねぇ」


 モモが言うように、狩れる『獲物』ならば喰うべきだ。まだまだ余力があるとはいえ、海を渡る間に繰り広げた戦いで継実達はかなりエネルギーを消耗している。補給が出来るのなら、是非ともそうしたい。

 じりじりと包囲を狭めていく継実達。アホウドリは継実達の思惑を理解しただろうが、されど決して臆さない。恐怖に震えたところでどうにもならないと理解しているのだろう。

 大きく両翼を広げ、アホウドリは継実達と向き合う。徹底抗戦の意思表示だが、勿論この程度では継実達も怯まない。四人全員の呼吸を合わせながら、更に距離を詰めていき――――

 何かがおかしいと、継実は思う。


「(いくらなんでも、肝が据わり過ぎてない?)」


 必死にならなければ間違いなく喰われる状況なのに、アホウドリは全く冷静さを失っていない。それどころか継実やモモと戦っていた時となんら様子が変わっていないように見えた。怖がってもどうにもならないのは確かだが、だとしてもこうも変化がないのは些か奇妙である。

 何故奴の態度が変わらない。現状を認識出来ていないのか? いいや、それだけは絶対に違う。これほどの強者が、そして数多の戦闘経験を持つ捕食者が、自分の置かれている立場や相手との戦力差を理解していないなんてあり得ない。状況を理解した上で、余裕を崩していないと考えるのが自然。

 つまり。


「(?)」


 脳裏を過ぎる最悪。いやいやそんな馬鹿な、身体の大きさ的にそこまで強い訳ないし……等と『理性的』に否定をしてみるが、本能の直感が外れた事は、戦闘に関して言えばあまりなく。

 ずどん、と身体の内から突き上げられるような感覚。

 そして直後にアホウドリ以外の全員が吹き飛ばされた光景を見た継実は、己の予感が正しかった事を知るのだ。

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