旅人来たれり06

 大桐花中とフィアの二人は、南を目指して旅している。

 二人とも元々は関東地方の出身であり、ほんの数日前まで地元で暮らしていたらしい。無論関東地方も七年前の魔物――――ムスペルにより灰燼と帰したが、生き延びた人々は皆無ではなく、力を合わせて今まで暮らしていたという。

 とはいえ文明の再興なんて出来るほどの余力はなし。それどころか七年の間に、共に暮らしていた人々の多くは飢えや病などで死んでしまったそうだが……


「それでも、わたし以外に、まだ二人、生き延びていたのですけど……五日ぐらい前に、オニヤンマの、群れに、襲われて。生き延びた、人達も、散り散りになってしまって……」


「そっか。大変だったわね……つか、ミドリはそれ知らなかったの? 確か北海道から来たんだったわよね?」


「ええ、そうですよ。ただあたしの身体が北海道からこっちに来た時には、中部地方側を通ったみたいなんですよねー」


 太陽が天頂で輝いているお昼時を迎えた、継実達の住処であるクスノキの傍にて。花中が伝えたそんな話を、モモとミドリが興味深そうに聞いていた。フィアも花中の傍に居て、継実も含めた五人でぐるりと円陣を組んでいる格好だ。

 勿論継実も花中の話を聞き、声こそ出していないがこくこくと頷く。それからもぐもぐと、ゴムのように弾力のある肉……焼けたミミズ肉を齧る。

 このミミズの肉は、元を辿ればフィアが仕留めたあの巨大ミミズの下半身である。フィアもゆったりと食べていて、モモとミドリ、そして花中も大きな肉塊に切り分けられたミミズ肉を食べていた。継実達は狩りに何一つ協力していないが、花中があげても良いかと尋ねたところフィアは即答で了承。曰く、食べきれないのでお好きにどうぞ、との事だった。

 恐らくフィアは単純に、自分の分以外は大して興味がないタイプのだろう。しかし食べ物を分けてもらえたのは事実。どうやらこの二人組は悪い人達ではないらしいと、継実はそう思うようになっていた。尤も、そもそも人間なのかどうかすら知らないが。見た目は明らかに人間でも、モモのように『外側』だけなのかも知れない。


「……花中ちゃん達は、人間なの?」


「えっと、わたしは人間です。フィアちゃんは、人間じゃないですけど……」


「私はフナですよ。この身体は私の能力で作ったものです」


 継実が尋ねると、花中はあっさりとそう答え、フィアも特段迷いもなく認める。

 人間である花中に、継実は少なからず親近感を覚えた。ミドリと出会った時もそうだが、やはり同種と出会えるというのは嬉しいもの。それにこの七年間を生き延びたという事は、同じ超生命体の仲間でもある筈である。共感性は人間の本能だ。

 それとフィアの正体については、少々驚きを覚えた。基本的に超生命体は大きければ大きいほど強いもので、相性云々を抜きに考えれば体重差と実力差はほぼ = の関係である。フナというのは小魚というほど小さくはないが、体長二十メートルのミミズと張り合えるような大きさではない。

 その強さには、何か秘密があったりするのだろうか?


「有栖川さんは人間で、モモさんは、犬ですかね?」


 そして秘密がありそうなのは、花中も同じようだ。


「うん、そうよ。よく分かったわね。何か能力を使った?」


「いえ。犬のミュータントは、わたしの暮らしていた、地域にもよく、いましたから、なんとなく、分かるというだけです。犬種によって、能力が少し違うので、自信はありませんでしたけど」


「みゅーたんと?」


「あ。えと、わたし達のように、特別な能力を、持つようになった生き物を、わたし達はそう呼んでいます。もう世界中の生き物が、置き換わった状態なので、正確には、ミュータント突然変異体では、ないのですけど」


「ふーん」


 正体をあっさり見破られたモモは、感心したような声を漏らす。花中はなんて事もないかのように語ったが、果たして本当に『見慣れている』だけで人間に化けた生物を見破られるものだろうか?

 それに、ミュータントという言葉。

 継実が自らを超生命体と称しているのは、それがどうして生まれたのかを知らず、『兎に角凄い生き物』としか言えなかったからだ。

 しかし花中は超生命体をミュータント突然変異体と呼んでいる。つまり花中は、超生命体がなんらかの突然変異により誕生したと知っているのだ。自分達より、かなり詳細な知識を持っていると考えて良いだろう。だが、その知識は一体何処で手に入れたのだろうか? ミュータントが堂々と繁殖し始めた頃には、ムスペルによって人類文明なんて滅ぼされていた。研究出来るような組織も壊滅し、独力で調べるにしても限度がある筈なのに。

 ……関係ない話だが、継実は自分も超生命体をミュータントと呼ぶ事にした。話をする上で用語は統一した方が良いし、正確な表現があるならそちらに寄せるのが正しいだろう。あとミュータント呼びの方がカッコいいと思うので。

 それはそれとして。


「ところで、ミドリさんは、人間で良いのでしょうか? ちょっと、違う感じが、するのですけど」


 モモの正体を見抜いた花中は、更にミドリの正体に違和感を抱いた様子。

 ミドリは『身体』こそ人間だが、中身は宇宙生物だ。逆に言えば少なくとも身体は正真正銘の人間である。故に外側を解析したら間違いなく騙される筈なのに、何故か花中は疑いを持つ。

 正体を疑われ、ミドリは目をぐるぐる回しながら狼狽える。家族になった訳じゃない相手にぺらぺらと出自を喋るつもりはないようだが……口から「あわあわあわあわ」などという典型的な狼狽えた声が漏れ出て、あたしは人間じゃありません、隠し事をしていますと無言で説明していた。

 あからさまに怪しいミドリの言動だが、花中は少し考えた素振りを見せただけで、特段追求もしてこない。「同じ人間として、仲良くしましょうね」と、優しく答えるだけだった。


「花中さん花中さん。コイツ人間っぽいですけど人間じゃないですよ。中になんか妙なものが入り込んでいる感じなので人間の身体を何かが乗っ取ってるんじゃないですか?」


 なお、その優しさはフィアの遠慮なんて欠片もない一言で粉砕されたが。

 ミドリは「ぴぎゃー!」という情けない悲鳴を上げてひっくり返り、折角の優しさを無為にされた花中は唇を尖らせる。

 フィアは不思議そうに、こてんと首を傾げるだけだった。


「……フィーアーちゃーんー?」


「んー? なんで花中さん怒っているんですか?」


「怒るよ! わたしの気遣い全部台なしだもん!」


「気遣いなんて知りませんよ。というかアレ人間に取り付く寄生虫なら花中さんにも付くかもですし念のために駆除しときますか?」


「しません!」


 ぎゃーぎゃーと喚くように、フィアに詰め寄る花中。『駆除』すると言われたミドリはガタガタ震えていたが、花中に止められたフィアはぼけーっとするばかり。ミドリの事を駆除しようと平然と提案した割に、これといって嫌悪や敵意は抱いていない様子だ。

 思った事を話しただけで、そうしないといけないという使命感も何もないらしい。遠慮も相手への思いやりもなし。モモだって似たようなものだが、フィアは更にもう一段上なようだ。正しく『野生生物』である。

 そんな野生生物であるフィアだが、花中の事は好きなようで。花中が止めればすんなり言う事を聞いていた。


「まぁ花中さんがそう言うならそれで構いません。こちらのお三方には手を出さないようにしましょう」


「うむ。よろしい」


 ちなみに花中はフィアが言う事を聞いてくれると、満足したのか胸を張る。それからすとんと、当然のようにフィアの膝の上に座った。

 ……ちょっとした拍子に乗ったとか、ふざけて乗ったとか、そういう感じではない。まるで何年も愛用している椅子に腰掛けるように、花中とフィアは自然に一体化している。


「二人とも仲良しねー」


「まるで姉妹みたいですねっ!」


 モモは思った事を、ミドリは恐らく褒め言葉のつもりで花中達をそう称した。

 すると花中はハッとしたように目を見開き、慌ててフィアの膝の上から退く。途中何もないところで蹴躓くほどの慌てぶりだ。どうやら無意識に甘えていたらしい。花中が上から退いた後フィアは物足りなさそうな目を向けたが、花中は頬を赤らめながら誤魔化すようにそっぽを向く。

 恐らく、普段は事ある毎に先のように甘えているのだろう。フィアも花中が大好きだが、花中もフィアが大好きらしい。あのあどけない見た目通り、甘えん坊なようだ。

 ……そう、見た目通り。


「(ほんと、何歳ぐらいなんだろう)」


 外見から判断する限り、花中の年齢は精々中学生、もしかしたら小学生……十二~十三歳ぐらいか。

 その年頃ならば七年前の『世界の終わり』を体験している筈だ。僅か五~六歳の幼子が生き残れるような環境ではないと思うが、しかし圧倒的強さを誇るフィアと一緒ならば難しくもないだろう。

 ……当時小学生になるかどうかの歳だったなら、親も傍に居たに違いない。死んでしまったのか、離れ離れになったのか。いずれにせよ真っ当な別れは期待出来ない。

 当時十歳だった継実も過酷な日々を過ごしてきた。しかし不幸の比べっこなどするつもりはないし、年下の子が過ごしてきた境遇を思えばこっちの胸が苦しくなる。継実は、普通の人間なのだから。

 そうしたもやもやとした気持ちは、庇護欲を掻き立てる。

 立ち上がった継実は花中の傍へと向かい、衝動的にその小さな頭を撫でていた。


「ふぇ? え、あ、あの……」


「花中ちゃん、今まで大変だったでしょ? よく頑張ったね」


「あ、あうぅぅ……!?」


 継実が撫でるほど、花中は頬を真っ赤にして照れる。俯き、目をぐるぐるさせているところは実に可愛らしい。

 こうして可愛いところを見せると、お姉さんぶりたくもなってくる。もしも継実が普通の中学生、或いは中学・高校生となって部活動をしていたら、後輩相手にお姉さんぶる事も出来たが……十歳の頃に文明崩壊を経験した彼女に、そんな経験はない。

 出会ったばかりの相手に年上ぶるのも気恥ずかしいが、それよりも庇護欲が上回る。


「だってあなた、まだ中学生ぐらいでしょ? 本当に、凄いと思う」


 継実としては、本心から褒めるつもりでそう讃えた。

 ところがどうした事か。褒められた花中がぴきりと固まる。

 顔を赤くしているので照れているのかと思ったのか、引き攣った表情は恥ずかしさに震えているようには見えない。むしろ怒りのような感情を感じさせるが、ハッキリとしたものではないのでよく分からない。

 恐らく自分の告げた言葉が問題だったとは継実も思うのだが、さて、何が悪かったのやら。考えても答えには辿り着けず、戸惑いを覚えてしまう。


「花中さんって確かもう二十五歳ですよね? 中学生に間違われてますよ」


 そんな継実の疑問に答えてくれたのは、フィアだった。

 答えてはくれたのだが……今度は継実を凍り付かせる。犬であるモモと、異星人であるミドリは色々察して顔を引き攣らせた。

 二十五歳を中学生と見間違う。

 女は何時だって若く見られたいもの、とはいっても限度があるだろう。文明が残っていれば高校生である継実も、何かの拍子に中学生扱いされたら色々とキツい。二十五歳なのに高校生に妹扱いされたら尚更だろう。


「……ごめんなさい」


「んー? 何故あなたが謝るのです? 花中さんは高校生の時から小学生に間違われるぐらい小さいですしあなたが間違えるのも仕方ないと思うのですが」


「ぐはっ!」


 フィアのフォロー、いや、率直な疑問に花中が呻きを上げた。膝を折り、大地に手を突き、ぷるぷると震える。


「お、大きくなったもん……三センチ……七年前から、三センチ、伸びたもん……!」


「過去何センチ伸びていようと今小さいのですから関係ないと思うのですが。というか花中さんその気になれば身長伸ばせますよね? 肉体の原子だか分子だかを並び替える感じで」


「それじゃ意味ないの! わたしは普通に育った状態で、百五十センチ欲しいのぉ!」


「私は背を能力で伸ばすのも自然に伸ばすのも違いがあるとは思えないのですが」


 花中の想いもなんのその、親しい仲の割にフィアは花中の気持ちに疎い様子。それと花中の身長は百四十センチ代らしい。十二歳女子の平均身長でさえも百五十センチ代なのに。

 恥を掻かされた怒りか、単に頭がごちゃごちゃしてるのか、意外と感情的なのか。ぷくーっと頬を膨らませた花中はフィアの頭をポカポカと叩く。普通の人間だったとしてもへっぽこな拳での打撃に、フィアは目を細めて不思議そうにするばかり。

 チグハグな花中達のやり取りに、ついに継実は吹き出してしまう。ミドリもつられるように笑い出し、モモも賑やかな人間達の様子にニコニコと微笑んだ。傍に佇むクスノキは何も言わないが……鬱陶しいとでも思っているのだろう。


「(ああ、この人達とも一緒に暮らしていけたら、楽しそうだなぁ)」


 ふと、脳裏を過ぎる欲張りな願望。

 ほんの短い間の付き合いだけど、それでも花中達の人柄は窺い知れた。フィアは率直ながら悪意が感じられないし、花中は ― これを言うとまたむくれそうだが ― 子供っぽくてとても可愛らしい。

 彼女達と共に毎日を過ごせたら、どれだけ楽しいだろうか。

 勿論この願いが叶わぬものである事は、継実も重々承知している。彼女達は旅路の最中であり、ここはあくまで中継地点に過ぎないのだから。


「……えっと、花中ちゃ、あ、いや、大桐さんは何時まで此処に居るつもりですか?」


「へ? あ、えと、数日分ぐらい食べ貯めしたいので、明後日か明明後日しあさってぐらいかと……あ、あと、その花中ちゃんで大丈夫ですし、敬語も、いらないです。慣れているので」


 慣れているならどうして悲しそうな顔してるんですかね……と言いかけた口をむぐっと閉じる継実。その疑問は脇に置き、今し方の話に想いを馳せる。

 明後日か明明後日。

 それなりであるが、あっという間に過ぎ去るであろう時間。それでお別れになるというのは寂しいが、一緒に居るには継実達がこの地を離れるか、花中達が旅を止めるしかない。どちらかが現状を無理矢理にでも変えねばならない以上、これは致し方ない事だ。

 無論、その別れを今日する必要もないが。


「……そっか。うん、じゃあ旅立つまでは一緒に暮らさない? モモとミドリも、良いよね」


「私は構わないわよー」


「あたしも賛成です! 一緒に暮らす人が増えると楽しいですし!」


 継実の提案に、モモとミドリも賛同。

 花中は驚いたように目を見開き、フィアは花中の顔色を窺うだけで無表情だが、どちらも拒否感は見せていない。


「えっ。良いんですか? でしたら是非!」


「花中さんがそうしたいのなら私から異論はありません」


 継実からの提案を花中は快く了承。フィアも断らず、二人との短期共同生活が決まった。

 二日か三日か。短い共同生活だが、次に人と会えるのが何時になるか分からぬ今の世界では、きっと一生ものの思い出になるだろう。最後まで楽しみたいところだ。むしろ楽しくなり過ぎて、花中達がこっちで暮らしたくなるかも……というのは流石に願望が過ぎるというものだろうが。

 ――――継実はそう思っていた。そう、この時までは。


「そういえば、そもそもなんで二人は南を目指してる訳? 南の方は私らみたいなみゅーたんとがいないとか?」


 ふと、モモはそんな疑問を口にする。

 思えば、確かに疑問である。南という方角も随分大雑把だし、理由が分からない。

 とはいえ、大した理由があるとも思えないのだが。日本は北半球にあるので南半球にはまだ無事なところがあるかもとか、離れ離れになってしまった人達との合流予定場所があるとか、そんな程度の理由かも知れない。

 なので継実としては、あくまでも興味本位で耳を傾けるだけ。ミドリやモモも、そこに何か『期待』出来るようなものがあるとは微塵も思っていない、暢気な表情で花中を見遣る。フィアも特に思うところなどないように、のほほんとしていた。

 花中だけが、神妙な面持ちをしている。


「……これは、あくまでも、噂です。わたしも、確証はありません」


「……? うん。そう、なの?」


 重々しく語られた前置きに、モモは僅かに戸惑いを見せた。聞き耳を立てている継実も少なからず気を引き締める。とはいえ何を言われるか想像も出来ていなくては、本当の意味での覚悟なんて出来やしない。

 だから、


「南極に、集まっているそうです。生き延びた、人間達が」


 花中の語ったこの言葉に、継実は言葉を失ってしまうのだった。

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