誰であろうと関係はないさ

 火艶のファルグニール。戯れに人間に手を出しては歴史的な災害を引き起こす魔人にして魔王。それを名乗る者が今、ヴォード達の前に立っていた。


「ヴォード様、警戒を! アレは……恐らく本物のファルグニールです!」

「あはあ。警戒したところでどうなるっていうんですかあ?」

「くっ……!」


 確かにその通りだ。空を埋め尽くすワイバーンと、レッドドラゴン。

 そして……魔王たるファルニグール。そしてこの場には、ヴォードとレイアしか居ない。

 誰がどう考えても、この状況は詰んでいる。


「さあ。何を見せてくれますかあ? 空間転移? それとも【大魔法士】しか使えないという【メテオ】でも見せてくれますか? うふふ、それでこの状況をどうにか出来るとも思えませんが」


 それを分かっているのだろう。イヴェイラの……いや、ファルグニールの声にも楽しげな調子が混ざっている。そして、それは一般的には正しい。この状況を覆せる者などそうは居ないだろう。たとえこの場に本物の勇者イヴェイラがいたとして、どうにも出来ないだろう。

 それが常識。

 けれど……ヴォードの手には、カードがある。金色に輝く、そのカードの名は。


「焼き尽くせ……【天焦がす劫火】!」


 そして、空を埋め尽くすワイバーンの群れを、レッドドラゴンを……天に生まれた劫火が、余さず呑み込んだ。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ギウアアアアアアアアアアアアアア!」

「ゲアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 悲鳴を残せた者は幸運だっただろう。その炎が広がるのは、一瞬だったのだから。

 逃げようと思えた者は幸運だっただろう。焼かれる前の一瞬だけでも、希望を持てたのだから。

 炎に耐えられると考えた竜は、不幸だっただろう。その炎は、盤石なる火耐性を誇る巨体を余さず焼き尽くしたのだから。

 天焦がす劫火。それに触れれば何者であろうと例外なく焼き尽くされる。

 そう定められているからこそ、天を制しているはずの全ては天の炎に焼かれ消える。

 一切の例外も慈悲も、そこにはない。

 空の雲すら焼き払い、そうして空の炎はようやく消え去っていく。


「な……ななっ……なんですか、それはあああああ!」

「カードの力だ。見たかったんだろう、これが」

「馬鹿な……そんな馬鹿な! レッドドラゴンですよ!? 完全ではないとはいえ、常識はずれの火耐性を誇るドラゴン! それを……火で焼き尽くす!? そんな魔力、貴方には……!」

「ああ、俺にはそんなものはない」


 力もない、魔力もない。ヴォードには何もない。何もなかった。

 

「元より俺は何も持たない。この身はカード使いでもなんでもなく【カードホルダー】だからだ。カードを入れるだけしか能のないクズ。それに変わりはない」


 そして今も、何かを持っているわけではない。ヴォードは変わらず最弱であり、レッドドラゴンにはひと噛みされただけで微塵になるだろう。

 それでも。そう、それでも。


「それでも……この身にはどうも、世界から力を借りる力があるらしい」

「世界から力……そう、そういうことですかあ! その力は、そういう……!」


 ヴォードが使うのはヴォードの力ではなく、世界の持つ力。全ての者に与えられるかもしれない可能性の……その源たる力。それをカードとして切り取るが故に、その可能性に限界など無い。


「よぉく分かりましたよお……その力は……危険です」


 呟くと同時、ファルグニールの瞳は赤く凶悪に輝く。そして……次の瞬間には、ヴォードの眼前に現れている。


「死になさい」


 誰も反応できない。ヴォードも、レイアも。魔王が魔王と呼ばれるに相応しい超速度でファルグニールはヴォードへと腕を振り下ろし……そして、風に阻まれ吹き飛ばされる。


「う、あ、が……がああああああああああああああああ!?」


 ヴォードの前に出現し消えたカードを目にして、ファルグニールは叫ぶ。

 何故。あのカードを使うところは見た。使う隙など無かったはず。なのに、何故!


「……悪いな。今のカードは俺の意思でも発動するが、基本は自動防御なんだ」


・【白】阻む暴風……所有者への攻撃を物理・魔法問わずに魔法の風にて弾き飛ばす。この効果は任意でも発動できるが、所有者への攻撃を感知した場合に自動で発動する。


「だとしても私を!? 魔王たる私を弾く!? そんな力……!」

「誰であろうと関係はないさ」

 

 そう、これはヴォード自身の力は関係ない。この力の根源は世界であり、カードの内容は世界が定めし内容。それ故に。


「カードの内容は……絶対だ」

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