牛に何か格別の恨みが?
「とはいえ、どうしたものかな」
「うーん。意外とこの辺り、食堂ないんですねえ」
先程の『オークの満腹食堂』を除けば、どうやらこの辺りの人は屋台で済ましてしまうのか、食堂自体が存在しなかったのだ。
「やはり屋台……」
「ダメですよ」
「何故だ?」
「ここまできたら、なんか負けた気になるじゃないですか」
「そういうものか?」
「そういうものです」
「そうか、そういうものか……」
頷くヴォードをレイアは横目で見ながら「うーん」と唸る。
「ヴォード様って、実は結構流されやすいですよね?」
「そうか? いや、そうかもしれないな……」
「騙されやすそうで心配ですね。いや、私相手だけならいいんですけど」
「まあ、そこは……今はレイアが居るからな。止めてくれると信じてはいる」
今までは、流されなければ生きていくのが難しかった。だからこそ、そんな生き方が染みついていた。そして今は……その「流れ」から解放されたばかりの戸惑いが、ヴォードの中にある。
「勿論、そのままじゃダメだと分かってはいるんだ。だが今の俺には、流れへの逆らい方が分からない」
「……それなら、大丈夫ですよ」
先程までのからかうような口調を捨てて、レイアはヴォードの手を握る。
「今は、私が居ます。ヴォード様が望まずとも、何処までも。その中で、ヴォード様なりの『泳ぎ方』も見つかるでしょう」
「ああ、ありがとう」
そして、握られた手をヴォードも強く握り返す。
レイアが自分の元へと来てくれた。それが、自分にとっては何よりも大きな幸運だと……ヴォードは、そう思っていた。
「君が居てくれる事で、俺は強くなれる。それこそ……君が言ったように、いつか無敵にだってなれるという気がするよ」
「もしそうなったなら……それは、私の何よりの喜びです」
ですが、とレイアは続ける。
「それより、まずは食堂ですよ。本当にどうしましょうねえ」
「うーむ……その辺りの人に聞いてみるか?」
この街ではヴォードが【カードホルダー】である事を知らない。ならば、対応も冷たくはないだろうという計算がそこには働いている。先程買い物をした店の対応が、その何よりの証拠でもある。
「あー、すまない。ちょっと聞いてもいいか?」
試しにそう声をかけてみると、店の主人が愛想よく「はいはい、なんですかい?」と返してくる。
「この辺りで良い食堂があったら聞きたいんだ。あー……『オークの満腹食堂』以外で」
「ああ、あそこは量があれば幸せみたいな連中が集まってますからな」
「そうなのか……」
「ま、ああいう店も必要ではあるんですけどな。安くて量がある。大切な事ですぜ」
「ふむ……それは理解できるな」
「でしょう? ま、味はそこそこなんで、観光客向けではないですな」
「じゃあ観光客向けのを教えてくださいよ」
レイアが会話に混ざると、店主は「あー、そういうことですか」と何かに納得したように頷く。
「観光客で、しかも男女の組み合わせ。そりゃあの店じゃダメだ。通りを1本向こうにいったとこに『三ツ首鳥の巣穴亭』ってのがありますから、そこならおススメですぜ」
「……この街の食堂って、モンスターの名前つけないといけない決まりでもあるんです?」
「いや、そんな決まりはねえと思いますがねえ……」
ともかく、そうして辿り着いた『三ツ首鳥の巣穴亭』は……何とも美しい外観の店だった。
食堂というよりはカフェといった風の女性受けする外観で、外から見える店員の服まで統一されている徹底っぷりだ。
どういうわけか客はいないようだが……その理由を、レイアはなんとなく察してしまっていた。
「なのに看板が残念極まりませんね……」
凶悪な顔をした「三ツ首鳥」をモチーフにした看板は明らかに店にはあっておらず、なんともアンバランスだ。
「まあ、とにかく入ろう。そんなに高くないといいんだが……」
「大丈夫ですよ。1人金貨1枚とられたって大丈夫なくらいありますから」
ニルファからの報酬は、多少散財しても無くなるようなものではない。
レイアに押されながらヴォードは店に入り……プロの笑顔を浮かべた店員に席に案内され、メニューを眺める。
「……?」
そして、すぐに違和感を感じ首を傾げる。なんか変なような気がする。その程度の違和感ではあったが、それが具体的に何かまでは分からない。
まじまじとメニューを見てもやはり分からず再度首を傾げていると、レイアが何かに気付いたかのように「あっ」と声をあげる。
「ヴォード様……このお店、鶏肉のメニューが無いです」
「あっ」
言われてヴォードもレイアと同じような声をあげてしまう。なるほど、確かに鶏肉料理がメニューに存在していない。食堂定番の空揚げも鶏肉のソテーもない。
「何故だ……?」
「聞いてみましょうよ。あ、ちょっといいですかー!」
レイアが呼ぶと店員はすぐにやってきて「はい、どうされましたか?」と聞いてくる。
「えーとですね。このお店……なんで鶏肉料理がないのかなって思いまして」
「あー……それですか。なんか初代オーナーの頃からの方針らしいです。『それを食うなんてとんでもない!』と仰ったとかなんとか」
「……なんですか。初代は鳥人か何かだったんですか?」
鳥のような身体的特徴を持つ亜人の事をレイアが言うと、店員は「いいえ」と答える。
「別に初代が鳥人だったわけでも初代の奥様が鳥人だったわけでも親友とか恩人が鳥人だったわけでもないと伺っております」
「……凄く詳しいですね?」
「必ず聞かれるのでマニュアル化しております」
なるほど、聞かれるだろうなとヴォードもレイアも納得してしまうが……同時に、新しい疑問も湧きあがる。
「……鶏肉料理を出そうって方針にはならなかったんですか?」
「現オーナーも同じ方針でして。ちなみに現オーナーも奥様も鳥人ではございませんし交友関係に親しい鳥人は居られません」
「それもマニュアルに?」
「その通りでございます」
変な店……と言わない程度の理性はヴォードもレイアも持っている。持っているが……ヴォードはもう一つ、どうしても聞いてみたいことがあった。
「……ちなみになんだが……牛に何か格別の恨みが?」
愚かしい牛野郎の肉のなんとかかんとか、と長ったらしく牛を罵倒する言葉の並んだ料理名をヴォードが示すと、店員は頷く。
「あれは現オーナーの方針でして。詳しくは教えていただけませんが」
「……ヴォード様。私、この店に入ったの早くも後悔してるんですが」
「俺もだ」
客が入っていないのは看板とかじゃなくて、この店が変だからじゃないか。そんな風に思っても、ヴォードもレイアも言わない。でもさっきの店の店主は許さん。その気持ちだけは一致していた。
……ちなみに結果から言うと、『三ツ首鳥の巣穴亭』の料理は美味しかったし、外観も綺麗で良い店だったのだが……レイアは、最後まで首を捻っていた。
何しろ、あそこまで鶏肉料理を出そうとしない理由も不明だし、店の名前の由来についてはマニュアルにもなかったのだ。今まで聞かれたことが無かったらしく、更には三代目も知らないのだという。
思わぬ謎を残してはしまったが……とにかく、満足いく昼食であったことは確かだった。
まあ、次また行きたいかと言われれば……ヴォードもレイアも断固拒否ではあるのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます