第二章:桜神高校
第15話 桜神高校
「鍵閉めたか?」
俺は玄関を出て、後に続く凛に訊ねた。
「うん、バッチリだよ」
「健人くん、行こっ」
すると、隣にいる先輩が突然俺の右腕に抱きついて、にんまりと笑顔を浮かべている。
もちろん、後ろにいて凛からただならぬオーラが漂い、先輩を引き剥がそうとする。
「美咲さん! 離れてください! 私のものです!」
「やめるんだ凛ちゃん! 私は諦めないと言ったはずだ!」
「でもぉ!」
朝から賑やかな二人に挟まれ、気分は極楽‥‥‥ってわけでもなく、寝起きの頭にものすごく響く。
俺は頭を抱え、呆れたように深いため息をついた。
「お前ら、朝くらい静かに行こうよ」
「「は、はい‥‥‥」」
俺が少し威圧感を出して睨みを効かせると、二人はしょぼくれたように押し黙った。俺の目、そんなに怖いですかね‥‥‥。
この土日を何とか乗り越え、謎の同棲生活を送ることになった二人と俺は登校していた。
道を歩く度に、同じ制服を着た生徒から「何あれ、二股?」 「隣にいるの有名な二年の凛様よね?」 「ゴリラが両手に花?」 などとヒソヒソと囁かれている。てか、最後にゴリラって言った奴、後で腕立て百回させるぞゴラ。
周りから好奇の目線で見られるのは好きじゃないので、俺は秘密兵器を用意する。
「呼ばれて飛び出て颯爽と参上! 神崎龍之介様のお通りだ!」
「よう、リュウ。来てくれたか」
「なんで神崎くんがいるの?」
「誰? こいつ?」
「呼ばれて来たのにひどない!?」
華麗に登場して早々、二人からゴミを見るような目で見られるリュウ。ご愁傷さまである。
そう、俺がこっそりポチポチとスマホでメールしていた相手は神崎龍之介。イケメンを置いておくことにより、注目はこいつへと流れていく。
「えっ!? 龍之介くんだ!」 「キャー!! こっち向いて!」 「鼻血止まらンゴ!」 などと先程とは別の黄色い歓声が周りから上がっている。さっきから最後の奴は頭のネジが五本ほど外れているらしい。
何はともあれ、リュウのおかげで俺たちの注目度がだいぶ霞んだ。
「ありがとな、リュウ」
「礼には及ばんよー! てか、そちらの見慣れない茶髪ボブカット美人様はどちら様!?」
リュウは周りの女子たちに手を振りながら、先輩の方に視線をやり、驚いた表情を浮かべながら訊ねた。
「私? 私は青山美咲。健人くんの中学の先輩で、今日から『桜神高校』だよ〜」
先輩は正に営業スマイルで、リュウに向けてニッコリと微笑みながら答えた。相変わらずこの自然を装う美しさは並外れている‥‥‥。
すると、リュウが何やらドギマギしながら、
「あ、ど、どうもっす! 俺、健人の友達の神崎龍之介っす! よ、よろしくお願いするっす!」
「どうしたリュウ、口調変だぞ」
不思議に思った俺が、顔を赤く染めてテンパるリュウに訊ねると、
「ちょ、ちょっとこっち来い健人!」
「お、お、おう?」
「あっ、ケンちゃん‥‥‥」
リュウが無理矢理俺を引っ張ると、抱きついていた凛が引き剥がされ、捨て猫のような目をこちらに向けたので、あとで愛でる事が俺の中で決定した。
「貴様、俺から凛を引き剥がしたんだ。つまらん話なら斬るぞ」
「怖ぇよ! そうじゃなくて! なんだァ!? あの美人は! 」
目を丸くして、リュウは俺の肩を揺さぶりながら訴えかけてきた。
なんだ、こいつ‥‥‥いつもなら、「君可愛いね! 今度お茶したいからほい、俺のID!」 などと言ってスムーズに女子の心の懐に入っていく様な奴のはずだ。
それが今は、顔を真っ赤にし、俺の肩越しに先輩の事をチラチラと見ながら息を切らしている。
「まさかお前‥‥‥惚れた?」
俺が核心をつくようにジト目を向けて言うと、リュウは図星をつかれたように「グハァッ!」 と言いながらよろめいた。
「け、健人。お、お前って心読める異能とか持ち合わせてらっしゃる?」
「テメェの頭には異世界俺TUEEEEしかねえのか? てか、わかり易すぎんだよリュウは」
「そ、そんなに‥‥‥?」
うん、と俺が頷くと、リュウはガクッと肩を外れそうなくらいに落とした。
「いやさ、だって可愛すぎんだもんあの青山美咲さん、だっけ? 目合わせらんない‥‥‥」
「いや、まさかイケメンでチャラ男で女百人斬りと呼ばれたお前がそんな反応するとはな‥‥‥恋とは恐ろしい」
「人聞きの悪いこというな! 青山さんに聞こえたらどうする!」
「事実だろうが」
俺がケラケラと笑いながらそう言うと、後ろから声がかかった。
「健人くーん、遅刻しちゃうぞー」
「ケンちゃんー、早く行こ」
「ほら、呼び声かかってるから行くぞ」
「え、ちょっ、待ってくれええええ」
俺は嘆いているリュウを引きずりながら戻ると、
「お二人さん、何のお話してたのん?」
先輩がニヤニヤとしながら訊ねてきた。
多分この人、腐った妄想をしているな‥‥‥と何故か心の中で昔を思い出すように感じられた。
「BLじゃないですよ、先輩」
「わ、わかってるぞそんなことは!」
「ケンちゃん、びーえるってなに?」
「お前は知らんで良い、純粋なそのままでいろ」
俺がそう言うと、凛はぶすーっと口を尖らせてそっぽを向いた。俺の彼女が今日も可愛い件について、は後で議論することにしよう。
「まぁ、リュウの恋愛話ですよ」
「ちょっ! 健人てめえ!」
「ほほーう? 龍之介くん、だったかな? 困ったことがあればお姉さんに聞きなさいね?」
慌てて俺を押さえつけようとするリュウに先輩がそう言うと、リュウはボンッと顔を真っ赤にし、「は、はい‥‥‥」と小声で呟いた。
こいつ、急にウブになり過ぎだろ‥‥‥人の恋する瞬間を目の当たりにしてしまった俺だった。
◇
学校に着くと、いつもの景色が広がっている。
校門をくぐると、玄関までレンガ造りの道になっており、その左右には道に沿って木々が立ち並んでいる。春になると桜が咲き、玄関までの道のりを桜並木を眺めながら歩くことが出来るという、結構贅沢な気分が味わえる。
昔からこの場所に咲き誇る桜は、この高校の名前の由来でもあり、桜の神が宿る道、桜神高校と名付けられ、創立百年を超える伝統ありき高校なのだ。
今は五月の中旬ということもあり、桜は咲いておらず、葉は緑づいているが、それでも立派な並木である。
「健人くん健人くん、この木々はなんだ? すごいな」
そういえば、仕事の関係でこちらに来たという先輩は、この桜神高校の事務員として配属されたらしい。
高校でも先輩と一緒、となるとなんだか懐かしい気持ちにさせられる。
「あぁ、桜神高校名物、『桜の神が宿る道』ですよ。古くからの伝統で、この高校の名前の由来にもなってます」
「確か、創設者が桜が好きで元々更地だった場所に植えたんだっけか。言い伝えによると、『好きな女性に綺麗な桜を見せるため』って理由で植えたことから、この桜の木の下で告白すると、恋が成就するだとかなんとか」
リュウが俺に続いてそう言うと、隣にいる凛と先輩がハッとしたような目を凝らした。
「それほんと!? 神崎くん!」
「ほんとなのかい!? 龍之介くん!」
「ちょっ、二人とも近い近い! とくにあ、青山さん近過ぎ!」
二人に詰め寄られたリュウは狼狽し、やたら近い先輩にめちゃくちゃ動揺していた。
満更でもない顔こっちに向けんじゃねえよイケメン野郎が。
二人は「プロポーズはここで‥‥‥」「ここで告白するしか‥‥‥」とかゴニョゴニョ言っている。いや、プロポーズは気が早いだろ‥‥‥しかも逆プロポーズかよ‥‥‥。
「はいはい二人とも落ち着いて、まぁあくまで噂だから分からんぞ」
俺が凛と先輩をリュウから引き離すと、二人は俺の方を何だか恥ずかしがるようにチラチラと見つめてきた。
「け、ケンちゃんは、けっこ‥‥‥」
「健人くんは告白されるならどこがいいんだっ!?」
凛の言葉を遮るように、先輩が身を乗り出して俺に訊ねてきた。
何やら凛と先輩でバチバチと睨み合っているが放っておこう。
「いや、されるも何も凛の時は地元の田んぼ道だったからな‥‥‥まぁ、自然溢れるとこがいいのかも?」
俺がそう答えると、リュウが驚いたような顔をしてこちらを見つめてきた。
「健人お前! 凛ちゃんと付き合ってんのか!?」
「あ、そういえば言ってなかったな。わりい」
俺が凛の肩を抱き寄せ、てへっと軽く舌を出して謝罪すると凛がモジモジし始め、先輩はぐぬぬ‥‥‥と悔しそうな顔をしながらこちらを見つめていた。
「けっ、リア充が! で、でもということは‥‥‥」
リュウはそう言いかけると、先輩の方をチラリと見る。先輩は「ん?」 と何も分かってない様子でキョトンとしていた。意外と鈍感なんだなこの人。
「おいおい、リュウ。お前アミちゃんはどうしたよ」
俺がそう訊ねると、リュウは気まずそうにしながら、
「あー、アミちゃんとはつい昨日別れた」
「えっ!?」
リュウの言葉に、俺は驚きが隠せず、思わず声が大きくなってしまった。
「神崎くん、アミちゃんといつもラブラブだったじゃん! どうして?」
普段はリュウを邪険にしている凛も、興味があるようだ。
「なになに、人の恋バナ大好物っ!」
先輩も、舌をペロリとさせながらリュウに詰め寄ってきた。相変わらずその行動にリュウは狼狽えている。
「ま、まぁ振られたというかね‥‥‥なんでだろうなぁ、俺真面目なのに」
「「「いや、どこがやねん」」」
「ひどっ!?」
俺たち三人の声がハモると、リュウは悲しげな顔をして落胆した。
そんなこんなで、俺たちは笑いながら学校の中を歩いていた。
先輩は職員室へ挨拶、俺たちは教室へ向かうことにした。
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