第三話 高良正人の面接 四月一日 透の視点
私は、雑務部雑務総務課の四月一日 透という。
今日を含め何度目かになる公安部の面接官(仮)を務めることとなった。
面接官は、私の左隣にいる公安部の職員と私の二人だけだ。
公安の面接に何故、他の部署の私がいるのかというと、公安部を受けに来るくらいなんだから、さぞかし優秀な子なのだろう。公安の面接が落ちたらうちに引き入れようかな?人員足りてないし、という軽い気持ちで公安部の課長に靴を舐めるくらいの勢いで願い申し出たのだ。
公安部の課長は頭が堅く、直ぐに許可は下りなかったが、私が土下座をし、課長の革靴に顔を寄せて舌を出したところで声にもならない悲鳴を上げながら後退り、渋々といった感じで許可が出た。
その時の課長の顔といえば、私を虫けらを見るような目で見てきた。
全く失礼な奴だ。私も課長だというのに……とはいえ、このような茶番を公安が面接を行う度にやる私も私だが。
「失礼致します」
と三度目のノックで如何にも好青年っという感じの子が入ってきた。
「高良 正人と申します。宜しくお願い致します」
「どうぞ、お掛け下さい」
「失礼致します」
公安職員の指示に従い、彼はパイプ椅子腰掛けた。
「公安部公安総務課の
「雑務部雑務総務課長の四月一日 透です。超能力者関連の事件を担当しております。宜しくお願い致します」
途端、彼が背に緊張をはしらせ強張った。それは、一瞬のことだったが、私は見逃さなかった。
しかし、隣の柊木君は気付いていないらしいが経験の浅い若者だから仕方ないのかもしれない。あの反応、公安の面接に何故他の部署の人が? という反応とは少々違うように感じた。"超能力者"という私の言葉に反応したのだから。
私は、思わず眉間に皺が寄りそうになるのをグッと堪え、いつも通りの朗らかな笑みを浮かべ維持した。
面接は、公安職員が質問しそれに答えるという一般的な個人面接だ。私はお溢れをもらうためにただ隣に座って様子を見ているだけ。私が口を挟むことは一切ない。
質問に淡々と答えていく彼の様子といえば、少々違和感を覚えた。見た目は、元気が溢れんばかりのそこそこがっしりした体型の体育会系好青年であり、それは机上に置かれた履歴書に目を通しても納得できるものだった。
中学校・高校時代にバスケやサッカーといった様々なスポーツの分野において活躍していたのが見て取れる。
しかし、私が違和感を覚えたのはそこではなく話し方だ。性格とは案外、容姿にも反映されるものだと私は考えている。
だが、目の前の体育会系好青年が話す様子はあまりにも知的でかつ冷静過ぎるのだ。まるで、見た目と性格がキッパリと切り離されたような。
それに少々不気味ささえ覚えた。
私は、履歴書とは別の資料にさらっと目を通した。その別の資料とは個人資料と呼ばれるもので、小学校から警察学校に至るまでの成績・資格・クラス担任評価等が記された資料だ。小学校の成績は当てにならない。何故なら、二重丸・丸・三角の三段階評価であり、かつ、小学校の担任の評価は甘い。見るならば、中学校からの五段階評価からだろう。
やはり、中学校・高校の成績は、体育以外は良いとは言えなかった。
警察学校へは高校卒業程度の学力を有する者であれば受験する事が可能だから、受けるのは簡単だ。
しかし、警察学校の一次試験で好成績を修めているというのは一体、どういうことだ?
第一次試験は、教養試験・論文試験・国語試験が行われる。
教養試験は、文章理解、判断推理、数的処理、資料解釈、社会科学、自然化学など多岐に渡るため、試験勉強の範囲は広く、彼の高校の成績を見ても到底、受かるとは思えない。二次試験の身体検査と体力検査は履歴書で納得出来るものだが……。とはいえ、警察学校が不正したとも考え難い。
更に言えば、公安はエリートしかなれないものだ。国家試験に合格し、かつ警察学校の上位成績者のみ公安に配属されるチャンスがあるのだ。つまり、彼は警察学校上位成績者のエリートということになる。
中学・高校でも何故、この実力を発揮しなかったんだ? 単に部活に熱を注ぎすぎたせいか?
様々な憶測が頭の中で浮かんでは消える。
そうしているうちに面接が終わったようで、「失礼致しました」と彼がドアノブに手をかける。
「高良さん」
いつもはお溢れをもらうためにただ隣に座って様子を見ているだけの私が柄にもなく考えよりも先に口を動かしていた。
ゔ、柊木君の視線が痛い。
これ、後で絶対課長に告げ口されるなと内心、ため息をつきながらも顔には出さない。
「はい」と返事をしながら首を傾げる彼と視線が合う。
「超能力で気になることや興味のあることはあるかい?」
胸騒ぎというほどの嫌な予感を察知したわけではない。年の功、というのだろうか。何故だか、ここで聞いておかなくてはならないような気がした。どうせ聞くならば、超能力関連だと心の内では決まっていたが、もっと上手い聞き方はなかったのだろうかと少々後悔した。
ただの尋問ならば、息をするように口からスラスラ言葉が出てくるのに、面接という場だからなのだろうか。座っているだけの面接官であっても多少は質問する練習をしておこうと密かに思った。
私は、笑顔で彼に質問したが客観的に見れば目は笑っていないに違いない。同期にも怖いからその顔はやめてくれと言われているほどだ。だが、やめられない。彼は私の興味の対象となってしまったのだから。
超能力という言葉加え、怖い顔をしている私に彼は今度は一切動じることはなかった。優秀だな、と少し感動してしまった。
「パイロキネシスで出せる炎は、赤色だけなんですか?」
青年というよりは少年が疑問を抱いた時のようなキョトンとした、見る人によってはややあざといような顔で私に聞いて来た。
なるほど……ここで、アレを引っ張り出すとは。わざとか? たまたまなのか?
彼の瞳の奥を覗くようにじっと見る。
随分と若いのに、意志を持った強い瞳だ。それも覚悟にも似た……。
その瞳が物語っていた。
彼は、もしくは彼の身近な人物がアノ件に関わっている? 物証のない中での憶測は禁物だが……。
面白い。
ニヤリと、口の端が釣り上がりそうなのを堪える。
「今のところ、赤色だけかな。何故、色に疑問をもったのか聞いてもいいかい?」
「強いて言えば、超能力者であれば、もっと変わった色を出すものだろうという私の先入観からです」
色、ねぇ。
何故、彼が色に拘ったのだろうか。
普通は、色以外の特性に着目することが多いのだが……。
聞きたいことはまだあったが、継続すれば面接から
もう不信感、与えてしまってるかもしれないが……。
こうして、面接は終わりを迎えた。
***
その後、私は公安部公安総務課に大バッシングをくらう羽目になってしまった。
もう、一時間くらいは経っているんじゃないだろうか。絶賛、お説教タイム中だ。
あぁ、耳が痛い。正座で足が痛い、というか感覚がない。全部聞いていると耳だけでなく頭まで痛くなりそうだ。
だから、そこそこ頭の良い私は説教内容を耳から脳へ伝達せずに、耳から耳へ流している。
それもそのはず、ただでさえ他部署の面接に居座ることを良しとしないのに剰え、許可もなく勝手に発言をしてしまったのだから。しかも、今日の面接に来ていた高良正人という青年を公安から引き抜こうとしているのだから。
彼はこのままいけば、公安に配属されるだろう。
だが、彼と話して確信した。
彼は、公安ではなく
彼には絶対何かある。
それが正確に何かはわからない。
だが、私の直感がそう告げているのだ。
だから、私は公安総務課長に必殺奥義を披露することとなった。
正座をしている私の目の前で仁王立ちになって腕を組み、つらつらと説教をする総務課長の目をキリッとした目で見つめる。私は非常に真剣だ。そして、正座を崩すことを許可されていないのに私は立ち上がる。痺れて体幹を支えられなくなった足首がグニャりと曲がる。計画通り!
「おわっ!」
私はワザと情けない声を出し、バランスを崩しながら目の前の総務課長に飛びかかる。
「うおい!」
私によってバランスを崩し海老反りになる総務課長はそのまま押し倒された。状況は、私に床ドンされた総務課長が私に唇を奪われ、さらにそれを総務課長の部下が唖然として見ている。
フッ、決まった。
念のため言っておくが、総務課長は男だが、私にそっちの気はないからね?
総務課長は白目になり気絶した。顔は真っ青で、泡をぶくぶく吹き出した。倒れた拍子によるものではなく、おそらくショックによる気絶だろうね。うん。その後、総務課長は部下が手配した救急車に乗って、暫く入院することとなった。
病名は、
まったく、警視庁の公安とあろうものが、軟弱な。
退院した総務課長は細っそりして帰ってきた。
高良正人の引き抜きについては、思いの外あっさり承諾してくれた。
総務課長の頭には十円玉くらいのハゲがチラッと見えたが、私の所為でないと思いたい。
高良正人の採用通知は、特別採用通知とし、公安部を不採用、雑務部を採用とすることになった。元より、公安の面接を受けに来たので雑務部は"よろしければ"というような彼が断りやすい文章を添えて郵送した。
まぁ、でも、あの子は来ると思うんだよね~。
再びあの青年に会える日に思いを馳せた。
***
公安総務課長の急性ストレス胃炎事件以降、透が公安部への出入り禁止になったのは言うまでもない。
え? 私、課長なのに? 出禁なの?
四月一日 透 46歳、本人に悪気は全くない。
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