第二話 其々の担当分野

「酷い言われようだが、事件が起こればやる時はやるんだけどね」

透と正人は室内の職員に目を向ける。


バスローブを来た歩は鏡の前でひたすらポージングをとっており、ソフィアは棒の付いた飴を食べながらネイルをしており、椿にかぎっては引き籠もっているので何をしているのかわからない。

唯一、正人が真面目と好印象を抱いていた士郎は考える人のポーズで眉間に皺を寄せながら何やら考えているのかと思ったのだが、どう見てもあれは寝ている。



だい、じょうぶなのか? ここは。



脳筋の正人でさえも、そう思ってしまうほどである。


その正人の思考を察してなのか、

「やる時は、やるんだよ!うちの子たちは!」と正人の両肩に置いた手に力を入れて顔をずいっと近づけ念押しに透はいい聞かせるが、その言い方が完全に問題児を抱える父親のそれである。


透のなんとも言えない気迫? に押され、首を縦に振る他なかった。




***




一通り大まかな説明を受けた正人は、用意された机やロッカーに書類や荷物をしまい、ひと息ついた。



「ねーねー、まーくんまーくん!」


「ま、"まーくん"⁉︎ それって俺ですか⁉︎」


突然の"まーくん"呼びに声が裏返る正人。

声を掛ける人物は左隣の席のソフィアである。


「もー、そうだよ! きみのことだよ!」


「嫌なの?」プンプンと口で言いながら頬を膨らませ、両拳を上下に振るその仕草はとても痛い。


しかし、目の前で椅子に座りながら豊満な二つの胸が拳を振る振動で揺れているので、ちょっとラッキーだと思った。


ソフィアの胸から視線をずらしながら、まーくん呼びは恥ずかしいのでと交渉し、"正人くん"になった。


「正人くんさー?」


「はい?」


ソフィアは口に含んだ棒付きの飴を外に出してくるくると指で弄ぶ。


「何で魂、二つ持ってんの?」


「……は?」


意味不明なソフィアの疑問に正人は敬語を忘れる。


探るように正人の顔を覗き込むソフィアにびくりと身体が反応した。


「もしかして、転生者か何かなの? きみも何かの能力者?」


「え? すみません、仰っている意味がわからないのですが……」


「あーっとね、言ってなかったね。私、霊能力者なんだー」


超能力者に特化した機関なので、超能力者がいても何ら不思議なことではないのだが、ソフィアのさらっとした発言に正人は目を見開く。


「え、そんな簡単に言っていいもんなんですか?」


超能力者とは興味の対象であり、また時には畏怖すべき対象でもある。よって、さらっと公表してしまう人の方が珍しい。


「というか俺、今世の記憶しかないんで転生者ではないと思うんですけど、あと、超能力者じゃないです。何も出たことはないんで……」


記憶を辿るように視線を斜め上にやりながら正人は話を続ける。


「魂二つってことは、取り憑かれてる感じですか?」

と頭上にはてなマークばかり浮かぶ正人は首を傾げた。


「取り憑かれては……ないのかなー? そうゆーのじゃない気がする」


「どうした、ソフィア?」


声の人物はソフィアの後ろの席の士郎である。


ソフィアと正人は士郎に経緯を説明するが、「まぁ、このご時世だ。そういうこともあるさ」という士郎の発言にソフィアは"カッコいい"、正人は"男らしい"と何故か納得させられていた。


言うなれば、士郎は新しくできた後輩が一応気になり会話に入ったのはいいものの、考えるのが面倒だったので思考を放棄しただけなのである。



それに気がついているのは、少し離れたデスクで溜め息をつく、この部署の総務課長である透だということを誰も知る由はない。





***





正人以外は全員、元いた部署から此方へ移動してきた者たちだ。


この雑務部雑務総務課にいきなり配属されるのはとても珍しいことである。言うなれば初めてのことである。そして、彼らにとっては初めての後輩なのである。興味の対象になるのは必然的であった。



正人は、あれからソフィア、士郎に続いて歩とも話す事になった。


綺麗なシックスパックをつくる筋トレを教えてほしいと少年のようなキラキラした目で歩に聞いたが、「好みの男性に見られることがこの美しさの秘訣よぉ♡」と意味不明なアドバイスをされ正人は目を点にした。


椿に関しては後輩の正人としては、きちんと挨拶したいところである。

しかし、コミュ障でかつ人見知りが激しい椿にとっては、勇気のいることかもしれないと思い、周囲の先輩に念のため聞いてみれば、


「ここの様子、全部あの子みてるだろーし、一回、声かけても別にダイジョーブだと思うよ?」

とソフィアが、部屋の天井の一角にある監視カメラを指差して言った。


「あの子ぉ、人と会うのに心の準備がいるらしいし、部屋に入り浸りだから課長の用件も入ってこないから、カメラつけることになったのよぉ」

と歩が補足説明する。







椿のいるドアを遠慮がちに三度叩いた。


「うわっ!」


ドアの下方にペットの出入り用のドアのようなものがあり、そこからガシャガシャした音と共に何かが出てきた。アナログロボットである。それは、分厚い本を鉄の両腕に乗っけていた。


「後輩、歓迎する。ためになる本ダ、やる#/$€%」


「有難うございます!」


語尾のおかしなロボットから本を受け取るとロボットは、部屋に帰っていった。


本の表紙に目を落とす。


「"人付き合いの苦手なあなたを解放します!Q&A"……」


付箋がビッシリ貼られている。


「ワタシには効果がなかった。後輩、キミが活用するとイイ#/$€%」


「あ、有難うございます……」


正人は何とも言えない気持ちになった。



椿先輩、脱引きこもり応援してます!



目を閉じて心の中でそう言うだけで、声には出さない。それは、椿にプレッシャーを与えてしまうと考慮したためである。






今は無理でも、いつか面と向かって話せる日が来るといいな、と思う正人であった。




***




正人は先輩達と話す中で、それぞれ得意分野や超能力があると知った。





総務課長は非能力者で、主に他の部署からの情報収集と関係維持に努めている。

関係維持というのは、この部署は給料泥棒と言われるほどであるから、良い目では見られていない。給料泥棒の部署に情報提供などしたくないと突っぱねられてしまえば、能力者関連の事件の把握が出来なくなり、被害の拡大、加害者が野放しという最悪の状況になってしまう。それを防ぐための関係維持である。

総務課長の口癖は、「ちょっと、他の部署の課長の革靴を舐めてくるよ」だそうだ。実際には舐めてはいないのだろうが、そうまでしてご機嫌を取らねばならない時もあるらしい。



だから白髪が多いのか……。



かなり失礼な考えに至った正人であるが、加齢だけが白髪の原因ではないだろう。






西行寺歩は、非能力者であり、ライフルを用いた遠隔戦を得意とする。犯罪者の行動を予測し罠を仕掛けることもあるそうだが、味方もろとも巻き込む事態が何回かあり、罠の使用は禁止されている。巻き込まれた味方はいずれも軽傷で済んでいる。



味方もろとも巻き込むって、脳筋なのか?この人……。



正人自身、歩を馬鹿にしているわけではない。素直にそう思い、疑問を抱いたに過ぎないのだが、大層失礼な考えである。

しかし、正人には脳筋の自覚がない。自身の設定としては、"凄いスポーツ万能な人"なのである。






左衛門寺ソフィアの場合は、総務部情報管理課所属時に鍛えられた情報分析能力とギリギリ犯罪者でない情報屋との繋がりを利用した情報収集を得意とする。情報屋との繋がりはあまり他部署に公にはしていないのだそうだ。

得意ではないが、取り調べも行うことがあるそうだが、緊急事態のみ参加するという。理由は、皆、口を濁して言わない。

霊能力については、先天性のものだそうで能力は安定しており、見たい時に人の姿を見ることができるらしい。

しかし、霊は流暢に話してくれるわけでもないので能力は役に立たないことが多いようだ。

戦闘能力は皆無に等しく、運動神経も悪く、走るのが遅いという。



走ったら、おっぱい凄え揺れんのかな……。



正人がそんないやらしいことを考えていると、冷ややかな目をしたソフィアと目があった。



ば、ばれた?



正人本人は無自覚であるが、相手がソフィアと限定せずとも、彼の鼻の下を伸ばした顔を見ればその場にいた皆は一目瞭然である。


あえて指摘しないのは、彼らなりの優しさか、それとも普段ソフィアに向けられる男のそういう顔を見慣れているから口を閉ざしているのか。






生鷹士郎の場合は、刑事部刑事総務課所属時に鍛えられた強靭な肉体と高度な身体能力を活かした接近戦を得意とする。

能力は、金属操作である。文字通りあらゆる金属を自由自在に操作することができるらしい。

能力を利用して拳銃も作成できるようだが、緻密な想像力と正確な寸法を必要とするため、集中力を大幅に消耗したり、拳銃完成に至っても飛距離は通常より半減するそうだ。なので、あまり作成はしないようだ。

因みに、最近の悩みは加齢に伴う体力低下らしい。



でも、いいなぁ……さすが刑事!



体力低下を自覚しつつも、スーツの上からでも分かるがっしりとした体格を正人は羨ましいと思った。






日比谷椿は、非能力者であり、警視庁に才能を買われ8歳の時に生活安全部サイバー犯罪対策課に配属され、その後12歳でこの部署に移動した。

椿の才能というのはソフトウェアの作成やトランシーバーの小型化と音声のクリア化等といった機器の改良とサイバーを知り尽くした知識である。

その技術と知識を活かして、武器改良や歩に合った罠の開発、ドローンや盗聴機器等の操作を行なっている。

因みに、引きこもりは11歳の時から健在であり、その時も部署に椿専用の部屋があったそうだ。



凄えな! 椿様!



正人は思わず心の中で様付けした。





***





「それで、俺の場合って、何の担当になるんですかね?」






「「「「肉体労働員(#/$€%)」」」」






「えぇー‼︎ もっとカッコいいのないんですか⁉︎」


「ない」「ナイ#/$€%」


「だぁってぇ、いきなりこの部署に配属された人って、あなたがはじめてよぉ?」


「っていうか、正人くんって何処の面接受けたのー?」


「公安ですけど……」






「「ハァ⁉︎」」「ブッフ‼︎ ゲホゲホ」「ガッシャーン‼︎」





「ハァ⁉︎」

と同時に歩とソフィアは口をあんぐりと開け、ソフィアは口に含んだ棒付きの飴をポロリと床に落とした。


「ブッフ‼︎ ゲホゲホ」

は士郎が口に含んだコーヒーを吹き出しむせたのだ。


「ガッシャーン‼︎」

は椿の部屋である。何やら物を落としたらしい。


「な、なんですか、その反応は……俺が公安受けたら駄目なんですか?」

と自信をなくしたように聞く正人。


「い、いやぁー? 駄目じゃないけど……」

言いづらくて口を濁すソフィア。


「どうみても、公安の顔じゃないだろ……」

はっきり言ってしまう士郎。


「何ですか⁉︎ 公安の顔って‼︎」


「公安の顔って、見たひとあんまりいないと思うんですけど⁉︎」

と、若干ズレた考えをする正人。


「君、捻った考えできないタイプだろ」

ズバズバ正人に毒を放つ士郎。


「ゔっ! な、何でわかったんですか⁉︎」

士郎の猛攻撃に胸を押さえ苦しそうにしながらなんとか耐える正人。







(((((見ればわかるだろ(でしょ)#/$€%))))






思っていても、口には出さないのが優しさというものである。



「年の功というやつダ。シローさんは刑事だっタ#/$€%」

心の内をそのまま話すのは可哀想だ、少し誤魔化して伝えようという椿の優しさが垣間見える。


「ゔっ! そ、そうだった。その士郎さんが言うんだから、そう、なのか……」

正人がダメージを受けるのを回避する手立てはなかったが、椿の優しさで半減したと思いたい。


「それにしても、正人くんが公安希望だったとは……斜め上をいったわねー。百歩譲っても刑事課かと思ったわー」


「で、後輩よ。何故、公安希望だったノダ?#/$€%」


「えっと、それは──」

正人が履歴書の内容を思い出して言おうとすれば、椿が遮る。


「履歴書をそのまま暗唱しただけの回答は不要ダ。キミは就職したのだから、本音を言っても問題ナイ#/$€%」


「は、はい」

『エスパーか⁉︎』と心の中で突っ込みながら、自分の黒いボストン鞄から取り出す。


「………これ、ですね。切っ掛けは」

取り出したのは、正人が生まれる前から有名な漫画"暗躍する公安達"である。






「「「「あぁ、なるほど(ねぇ~)#/$€%」」」」





その日の夜、初日にしては先輩たちと大分仲良く出来てよかったなぁと満足した正人であったが、最後の『あぁ、なるほど(ねぇ~)#/$€』が未だに理解出来ずにいた。


正人はあの後、誰かに尋ねようと思ったのだが、自分を含め他の部署の雑務に追われてその日を終えてしまったのである。






『あぁ、なるほど(ねぇ~)#/$€』





それを示す意味とは、高良正人という人物がどういう人間なのかということを彼らの中で理解することが出来たということである。


高良正人の第一印象は、それぞれ表現は違えども



"元気で真っ直ぐな体育会系の好青年"である。



そして、その印象に彼らの中でこう付け加えられたのである。






"少年の心を持ってそのまま大人になったような人間"


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