イゴ部でコイゴコロを理解する

越野 来郎

第1話 佐伯の誤

 俺は少しさび付いた引き戸をゆっくりと見上げる。青く頑丈な扉の先に広がる碁が奏でる世界をひしひしと感じる。正面の扉にはイゴ部の文字。巧みな筆で書かれたその文字から、真剣で緊迫な雰囲気が流れ出ている。中はシンっとしており、きっと夏のセミさえも黙ってしまうくらいだろう。さっきから物音ひとつ聞こえない。


 ・・・ん?というかこれホントにやってるのか?

パチンっという音も聞こえない。しかし部活動の手引きにはしっかりと活動中の文字が。まあ仕方がない。一度入って確かめるしかない。


 俺は立て付けの悪くなったドアを勢いよく開く。

ガラガラっと重厚な音があたりに響く。ふわっと甘いにおいがしたかと思うと電気もついていないその部屋は誰もいなかった。

「えっ....」

短い声を漏らした瞬間だった。目の前が真っ暗になった。パニックになり大きく腕を振る。自分の頭を触ろうとしたとき何かが邪魔で触れない。バサッと自分の持っていた部活動の手引きが手から離れる。だんだん落ち着いてきた。これは何かをかぶせられているのだ。大きさからしてマスクのようなもの。息苦しくないところからビニールではないだろう。外そうとしてもすごい力で下に引っ張られている。

っていやぁあん。ズ、ズボン脱がさないでぇ。


「はい!はいはいはい!いくよっ!はいチーズ!!」

 大きい声とともにマスクが外れる。その瞬間ピカっという光とともにシャッター音がきられる。ああ。すんごいしたがスース―する。

「「新入生げっとぉぉーー!!」」

意味の分からない掛け声が飛ぶ。俺はきょとんとただただ何も言えなかった。

目の前にはカメラを持って満足げな茶髪の男。それをみて親指を立ててるセミロングの女。それにさっきは気づかなかったが金髪の男が窓を見てポーズのようなものを決めている。そして後ろからずっと引っ張っていた少し褐色の男がにっこりしていた。俺はいそいそとズボンをはく。も、もうお嫁にいけないぃぃ!


褐色の男が肩に手をのせる。にっこりと気色の悪い笑みを浮かべている。

「ようこそ。コイゴコロ部、略してイゴ部へ!歓迎するぞ」



「お邪魔しました」

 丁寧な態度は日本人の作法。深々と頭を下げると相手に伝わります。

 俺はすっと男の横を通る。一瞬で男の姿がなくなる。そしていつの間にか襟をもたれたいる。俺は次に何が来るか読んでいた。が。もうどうにもならない。

 皆さんは知っているだろうか。クマにあった時の対処法を。目をそらさずに背中を見せないようにゆっくりと後ずさりするというものだ。俺は自分の過ちを悔いた。このクマに背中を見せたことに。


 男は俺の襟を引きながら部屋の黒板の前に連れていく。そして後ろの扉の鍵をかける。


「あのう。なんで鍵かけるんですか?」

「寒いからだ」

「今日20℃超えてますよ」

「俺はアフリカから来たんだ」

「本当は?」

「せっかくの入部者を手放すわけないだろう」

「家にかえらせていただきますっ!!!」

俺は家を出る妻のように顔を覆う。男は当たり前のように俺の襟を離さない。


「なにがイゴ部だ!完全に詐欺師の手口じゃねぇかぁ!というかコイゴコロ部ってなんだぁ!」

俺は小さい子供のようにじたばたする。


「おーい新入生くん。そんな興奮しなさんなって。まずお茶でも出すから座ろうかね」

茶髪の男が手を振りながら椅子を並べる。


「いや。俺もうこんなやべぇ部活入りたくないんですけど」

「そんなこといわないでよぉ。ごめんごめん驚いちゃったよね」

お。意外にもまともそうな..。ん?なにかぶら下げて....。


しかし彼の手に握られていたのはカメラだった。そこに映っているのはパンツ一着の俺。

フリフリと彼はカメラを揺らして笑みを浮かべている。


「ははは。なんだただの暴力団か」


どうやらここは入ったら開けたら最後のパンドラの箱らしい。



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