第15話

「労働組合ですか」田嶋がやっと声を出す。


「そうです。私が管理監督者であることの理不尽さを教えてくれたのは、当行の労働組合の方ではなく、社外の金融機関の労働組合の方です。まだ加入はしていませんがね」


『やはり外部の労働組合だったか』田嶋は背中を冷や汗が流れたような気がした。


 銀行の人事部にとって、外部の労働組合が経営に関与してくることは避けねばならないミッションの一つだ。田嶋の担当店から、外部の労働組合、通称『第二組合』へ加入した従業員が出た場合には、支店長や副支店長のみならず田嶋自身も責任を取らされる可能性がある。銀行業界で知られている外部の労働組合は、いずれも経営に対立し、支店運営を難しくする。第二組合への加入者が出た場合は、第二組合から要求が次から次へとなされる。他の従業員からも多大な不満が噴出することもある。


「外部の労働組合とは、どちらの労働組合ですか」田嶋は目を細め、少し身を乗り出しながら声を出した。山階という人物は、田嶋自身にとって現在は担当店の主任調査役でしかないが、潜在的には銀行の敵になる可能性があり、自身の敵になるかもしれなかった。戦闘モードに入るしかない。


「田嶋さんのような人事部の方は、ご存知だと思いますよ。金融総連合労働組合です。但し、先ほどお話しましたように、私は加入していませんからね。それで、私がお示しした通達についてご意見が欲しいのですが」


「失礼しました。山階さんからお見せ頂いた厚生労働省の通達は様々な解釈が成り立ちます。何と言っても、出状されてから既に数十年が経っており現在の銀行における役職・期待役割等が変わっています。これは裁判で争ってみなければ確定的なことは分からないでしょうが、山階さんが任命されている主任調査役という役職は管理監督者と位置付けられているのが一般的であることは、他行との情報交換を行っていますので間違いありません」


「田嶋さんはそのように仰るしかないのでしょうね。でも、裁判をやったら間違いなく私が勝ちますよ。静岡銀行事件(静岡地判昭和53年3月28日)では、部下がいないこと、出退勤の自由が無いこと等で支社長代理が管理監督者として認められないとされていますが、私も同じような状況です。それに、日産自動車事件(横浜地判平成31年3月26日)で、ついに課長クラスでも管理監督者として認められないとの判決が出ました。私も判決文を全て読んでみましたが、田嶋さんが先ほど仰っていたようなロジックは全て崩れていますよ。日産事件の判決は、自己の労働時間について裁量があり、管理監督者にふさわしい待遇がなされているものの、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職責と責任、権限を付与されているとは認められないと課長という役職について判断しています。労働時間の裁量と待遇だけでは管理監督者として認められないのですよ。各社の人事部にも衝撃を与えた事件なので、田嶋さんも良くご存じでしょうがね」


 山階は笑顔を張り付けたまま、ビー玉のような目で田嶋を見つめている。田嶋の心の中を探ろうとしているようだった。


 田嶋は背筋が寒くなるのを感じたが、ここで引き下がる訳にはいかない。

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