第20話 もう泣かないでください
「そうだな……まぁある意味、お前さんはあいつの想いを引き継いだってことになるわけだし、知っておいた方がいいだろう」
僕の急なお願いに最初は少し戸惑いつつも、ガルドさんはレイさん――レーシャさんのことを教えてくれた。
「今から五年前のことだ。この王都は魔族が率いる未曽有の魔物の大群に襲われた」
「えっ?」
いきなり予想外の話から入って、僕は面食らった。
「王都には強力な結界が張られていて、そう簡単には敵が侵入できねぇはずだったんだがな。なぜか結界が破壊され、街中に魔物が入ってきやがったんだ」
当然ながらすぐさま王宮騎士団も出動し、魔物の掃討に全力で当たったという。
「そんな中、魔物を従えていた魔族をいち早く発見し、単身で立ち向かった男がいた。当時の騎士団長だ」
現在の騎士団長であるブラットさんの、先代。
ガルドさんによれば、歴代最高の剣の使い手とまで言われていた人らしい。
「英雄レオル。実を言うと俺と同期なんだが、あいつは見習いのときから完全にモノが違っていた。いずれ誰もが騎士団長になるだろうと予想し、そして実際にあいつはそうなった。唯一誰も予想できなかったのは、それが僅か二十五のときだったってことだ」
それくらい、王宮騎士団の中でも圧倒的な実力者だったそうだ。
「あいつは魔王軍の魔族相手に一歩も引かなかった。どころか、戦いは優勢だった。……魔族が市民を人質にするまでは」
その市民は無事に助け出されたという。
だけどその代償として、レオルさんは深手を負った。
それでもどうにか魔族を倒すことができたそうだけれど……その傷が原因で、命を落としてしまったらしい。
「そんなことが……」
「……で、なんで先にこんな話をしたかと言うとだな」
ガルドさんはそこで僕が訊きたかったことの核心を告げた。
「そのレオルの娘がレーシャちゃんなんだよ」
「っ……」
当時、レーシャさんは十二歳だったという。
父であるレオルさんに憧れて、自分も王宮騎士団に入りたいと、剣の訓練を頑張っていたそうだ。
「……父親のことを誰よりも慕っていたからな。よほどショックだったのだろう。深い心の傷を負った彼女は、それまで以上に、いや、もはや狂気と呼んでもいいくらいに、剣の訓練にのめり込むようになっちまった」
――強くなって、父の仇を討つ。
「女であることを捨てようと考えたのか、レイと名乗り出したのはその頃からだ。そして幸か不幸か、あいつにはレオル譲りの才能があった。めきめきと力を付け、この間の武術大会じゃ、まだ見習いでありながら、俺たち正規の王宮騎士たちをも退けて優勝しちまいやがった」
その結果、伝説の武具を与えられて、勇者として魔王討伐に出発するはずだった。
なのに……それを僕に奪われてしまった。
「いや、むしろ俺はお前が勝ってくれてほっとしているぜ?」
「え?」
「なんていうかよ……上手くは言えねぇが、勇者紋うんぬんを抜きにしたって、あいつは勇者に相応しくねぇと思うんだ。それにあんな今にも壊れそうな精神状態じゃ、魔王のところまで辿り着く前にくたばっちまいそうだしな」
「……」
ガルドさんの言うことは一理あるかもしれない。
僕と戦ったとき、レーシャさんにはまるで余裕が感じられなかった。
それが焦りを生み、せっかくの技術の高さを少なからず殺してしまっていた。
危うい。
たった一度戦っただけの僕ですらそう思ってしまったほどに。
でもだからといって、レーシャさんがそれで納得できるかどうかは別の話。
「……ありがとうございます。話していただいて」
「まぁ、俺にはこんなことくらいしかできねぇしよ」
「あの……できればもう一つ、教えてほしいことがあるんですが……」
ガルドさんの人の好さに甘えて、僕は質問を追加する。
「レオルさんのお墓、どこにあるか知りたいんです」
前騎士団長のレオルさんが眠っているお墓は、王宮の敷地内にあった。
ガルドさんから話を聞いた翌朝。
僕はダンジョンに潜る前に、墓地へとやってきていた。
どうやらここは殉職した騎士団員たちのために用意されたものらしい。
白い大理石でできた美しく立派なお墓が並んでいて、綺麗に整備された花壇がその周囲を彩っている。
レオルさんのお墓は一番奥の、一際目立つ場所にあったのですぐに分かった。
持参したお花(メイドさんに用意してもらった)を古いお花と取り換え、黙祷する。
すると背後から足音が聞こえてきた。
振り返ると、そこにいたのは驚いた顔のレーシャさんだ。
「……ここで何をしているのだ?」
「えっと……お参りに」
もごもごと答えると、レーシャさんは鋭い目つきで僕を睨んでくる。
それに怯んでしまいつつも、僕は意を決して自分の想いを伝えた。
「レイさん……いえ、レーシャさんっ」
「……なぜその名を……」
本当の名前で呼ばれるのが嫌だったのか、レーシャさんの眦が吊り上がった。
ただでさえ悪かった空気がさらに酷くなってしまったけれど、ここはもう男らしくやり切るしかないと、僕は弱気を振り払って叫んだ。
「僕が……僕が代わりにお父さんの仇を取ってきます! だから、もうこれ以上、自分を追い込むのはやめてください……っ!」
レーシャさんが目を見開く。
「……何を、言っている……っ?」
「言葉の通りです! お父さんの仇は僕が引き継ぐって言ってるんです!」
「な、なぜ、貴様が……」
「レーシャさんに勝って勇者になったからです! それに僕、女の人が泣いているのを見たくないんです!」
「っ……わ、私は、泣いてなど……それに、そもそも女じゃ……」
「どう見たって女性じゃないですか! 男のフリしたって無駄です! だって、そんなに美人なんですから!」
「び、びじっ……」
なぜかレーシャさんの顔が真っ赤になった。
「き、貴様っ、私をからかっているのか!?」
「からかってなんかないです!」
「いや、間違いなく私を馬鹿にしている! だいたい、私が美人だなんて……」
「どこからどう見ても美人じゃないですか!」
「~~~~っ!」
レーシャさんはなぜか顔を俯けてしまった。
「というわけなので、もう泣かないでください! いいですね!」
僕はそう強く念を押してからその場を去る。
背後から「か、か、勝手に言ってろ……っ!」という弱々しい声が聞こえた気がした。
墓地を出てから、それまでの威勢はどこへやら、僕はがっくりと項垂れる。
「うわあああ……絶対、変な奴だって思われちゃった……」
明らかに途中からテンションがおかしかったよねっ?
なんか有無を言わさない感じになってたしっ!
完全に失敗しちゃったよ……。
ごめんなさい、訳の分からないこと言っちゃって……。
自分の対人能力の低さを嘆きながら、僕は心の中でレーシャさんに謝っておいたのだった。
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