第19話 この武具たちのお陰ですよ
「こ、これがダンジョンか……」
初めて足を踏み入れるダンジョンというものに、僕は酷く緊張していた。
王宮の地下にあった扉の先に広がっていたのは、薄暗い遺跡めいた通路だ。
ひんやりとした空気が流れ、静寂の中に自分の足音がやけに響く。
〝勇者の試練〟と呼ばれているこのダンジョンは、全部で二十の階層からできているらしい。
当然、幾多の魔物が徘徊していて、侵入者を排除しようと襲い掛かってくる。
これも試練の一環だと思うけれど、トラップもあるそうだ。
これから僕はたった一人で、そんな場所を踏破していなくちゃいけない。
「一応これがあればいつでも脱出できるって話だけど……」
僕は右の掌に載せた淡い光を放つ石に視線を落し、呟く。
これは転移石と呼ばれる特殊なアイテムで、使用すると一瞬でダンジョンの外に出ることができるらしい。
万一の場合に備えて、宰相のモダロさんから戴いたものだ。
……すごく高価らしいけど。
おいそれとは使えないよねと思いつつ、勇者の袋へと仕舞って、僕はダンジョンの奥へと歩みを進めた。
そんな感じでおっかなびっくりスタートさせた初ダンジョンだったけれど、思っていた以上に順調に攻略を進めていくことができた。
初日で一階層、二階層を突破すると、二日目には三階層を、三日目には四階層を、そして五階層、六階層も無事に突破して、一週間目となる今日は七階層をクリア。
八階層まで辿り着いていた。
ちなみに各階層には〝ボス〟と呼ばれる魔物がいて、そいつを倒せば階層クリアとなり、次からはその階層から再スタートすることができた。
正直、今のところ出てきた魔物はそれほど強くない。
もちろん階層が上がるにつれ少しずつ厄介になりつつあるけれど、それでもまだ単体ならすんなりと倒すことができるレベルだ。
一度に何体もとなると、さすがにちょっと苦戦してしまうけれど。
むしろ大変なのは迷路のようになっている内部構造かもしれない。
散々迷ったり、引き返したり、スタート地点に戻ったりしているので、なかなか進めない。
……今僕は進んでいるのか、それとも戻ってしまっているのか、それすら分からない感じ。
「なかなかのハイペースだ。歴代の勇者たちに勝るとも劣らない」
それでも今日の攻略を終えて戻ってきた僕へ、騎士団長のブラットさんはそんなふうに言ってくれた。
「こ、この武具たちのお陰ですよ」
謙遜じゃなくて、実際、武具の力は大きかった。
勇者の剣のお陰で硬い皮膚や殻を持つ魔物でもさっくり倒せるし、勇者の鎧は強烈な一撃であっても衝撃の大半を吸収してダメージを押えてくれる。
勇者の袋は、ポーションとか保存食なんかを沢山いれておいてもまったく重くないし嵩張らないので、身軽に動くことができた。
「いや、歴代の勇者も同じものを装備してダンジョンに臨んでいたはずだが」
「あ、そういえばそうですよね……」
それでもまだまだ攻略は始まったばかり。
気を引き締めていかないと。
「……ところで、ブラットさん」
「何だ?」
「あの……レイさんっていう、僕と戦った人のことなんですが……」
実を言うと、あれ以来ずっと気になっていた。
敗北して立ち去るレイさんの頬を伝っていた涙のことが……。
武術大会で優勝したレイさんが、本当なら勇者として認められるはずだった。
なのに遅れてやってきた僕が、それを横取りしてしまったんだ。
憶測でしかないけれど、あれは単なる悔し涙じゃない。
もしかしたらレイさんにとって、あの一戦に、あるいは勇者になるということに、もっと大きな意味があったのかもしれない。
そして騎士団長のブラットさんなら、何か知っているかもしれないと思ったのだけれど、
「すまない。これから会議があって、すぐに戻らなければならないのだ」
「え? あ、はい……」
ブラットさんはそそくさと去っていってしまった。
僕は一人取り残されてしまう。
さっきまでは全然急いでいる感じじゃなかったんだけど。
なんというか、あからさまにレイさんの話題を避けたような……?
だけど仕方がない。
少し気落ちしながら部屋へと戻ろうとしたところ、その途中で知っている二人組と出会った。
「おう、勇者リオンじゃねーか」
「あ、ガルドさん。それにグレンさんも」
二人は僕が最初に王宮に来たとき、門番をしていた王宮騎士たちだ。
ガルドさんは騎士歴二十年のベテランで、豪放磊落な性格で親しみやすい。
グレンさんの方は若手の王宮騎士で、寡黙だしいつも仏頂面だしで、僕はちょっと苦手だった。悪い人じゃないと思うけど……。
「どうだ、調子は?」
「い、今のところは順調だと思います」
「そうか、さすがだな。しっかし、最初に会ったときは驚いたぜ。まさかこんな子供が勇者だなんて、誰も予想してなかったしよ!」
そう言って、ガルドさんは豪快に笑う。
「まぁしかし真の天才ってのは、大抵は早熟なもんだろうけどな。レーシャちゃんといい、ベテランの数十年をあっさりと追い抜きやがって、少しくれぇ俺のような年寄りにも花を持たせてくれってんだ、はっはっはっは!」
「あの、レーシャちゃん……って?」
ガルドさんが口にした知らない名前がふと気になって、僕は訊ねる。
「何だ? 名前も知らずに戦ったのか? 俺は小さい頃から知ってるが、すっかり綺麗になっちまってよ」
「それって、もしかして、あのレイさんのことですか……?」
「ああ? そうか。あいつ、今はそう名乗ってるんだったな……」
いつも快活なガルドさんが唇を歪め、珍しく苦々しげな表情になった。
「やっぱり女性だったんだ……」
「そりゃそうだろ。あんな綺麗な男がいて堪るかってんだ」
ガルドさんは呆れたように言う。
そう言われても……。
って、今はそんなことはどうでもいい。
「お、お願いしますっ」
きっとガルドさんなら、あの涙の意味を知っているはず。
僕は頭を下げて頼み込んだ。
「あの人のことを教えてくださいっ」
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