一人息子が勇者として旅立ちました。でもお母さん、心配なのでこっそり付いていっちゃいます [壁]ω・*)
九頭七尾(くずしちお)
第1話 無理に決まってます!
「リオン、頑張るんだぞ!」
「お前ならきっとできるさ!」
「そうだそうだ! いよっ、人類の希望っ!」
村のみんなからそんな叱咤激励を受けながら、僕は今、旅立とうとしていた。
僕を見送るためだけに、ほとんどの人が集まってくれている。
小さな村なので全員が顔見知りだ。
「う、うん。頑張ってみる……」
みんなの強い期待とは裏腹に、僕は曖昧に頷く。
正直言って不安でいっぱいだった。
本当に僕なんかでいいのだろうか?
「魔王なんかやっつけてくれよ!
そう。
僕はどうやら勇者らしいのだ。
僕はこっそり視線を右手の甲へと落とす。
そこにあったのは十字の痣。
その形は剣のようにも見える。
〝勇者紋〟と呼ばれるらしいこれは、その名の通り勇者に選ばれた人間にだけ現れると言われている勇者の証だ。
これが突然この場所に浮き出してきたのは、僕が十歳のとき――五年前のこと。
その日、僕は勇者としてこの村を旅立ち、魔王との戦いに身を投じることを運命づけられてしまったのだった。
だけど、何で僕なんだろう?
こんな辺境の何もない村で生まれた、ごくごく普通の人間だっていうのに。
確かにこの小さな村の中では、それなりに強くなったかもしれない。
だけど都会に行けば、きっと僕なんかよりずっと強くて、勇者に相応しい人がたくさんいるはず。
勇者というのは、世界が危機に陥ったときに女神様が選んでくださるものだって聞くけど、もしかして誰かと間違えちゃったんじゃないかな?
「心配するんじゃねぇよ、リオン」
「……師匠」
そんな僕の不安を感じ取ったのか、厳つい顔の男性――僕の剣の師匠が断言してくれる。
「お前はもう十分に強い。なんたって元王宮騎士のオレが認めてやったくらいだしな」
師匠はこの村の出身者で、王宮騎士にまでなったすごい人だ。
七年ほど前に現役を引退して村に帰ってきたんだけど、勇者に選ばれてから僕はこの人に師事して剣を習ってきた。
師匠がいなければ、もっと大きな不安を抱えてこの出発のときを迎えていたに違いない。
さすがにまだ師匠には勝てないけれど、それでも強くはなったはずだ。
ハイオークくらいなら一人でも倒せるようになったし。
「は、はい。頑張りますっ。それと、これまでありがとうございましたっ。強くなれたのも、すべて師匠のお陰ですっ!」
「いいってことよ。むしろ勇者を育てた師匠だってことで、オレも後世に名を残せるかもしれねぇからな」
快活に笑う師匠と、僕は硬く握手を交わした。
それから、この中で僕が最も別れを辛く思っている女性へと視線を向けた。
「……お母さん」
「リオン」
いつもと同じ格好といつもと同じ笑顔で、お母さんは僕の名前を呼んでくれる。
お母さんも辛いだろうに、きっとそれを見せないでいてくれているのだ。
僕がまだ生まれる前に父さんが亡くなったこともあって、女手一つで僕をここまで育ててくれたお母さん。
そんなお母さんを一人残していかなければならないなんて。
それでもお母さんが毅然としているというのに、僕が泣くわけにはいかない。
僕は涙をぐっと堪える。
「リオン、あなたなら大丈夫。頑張るんですよ」
「うん」
「でも無茶はしてはダメです。必ず元気な姿で戻ってきてください」
「きっと魔王を倒したら帰ってくる。だからお母さんも元気でね」
「はい」
最後にお母さんと抱擁を交わして。
僕は歩き出した。
「行ってきます」
◇ ◇ ◇
一人息子の旅立ちを見送った後。
勇者リオンの母親――セルアは、勇気づける言葉をかけてくれる村人たちへの対応もおざなりに、真っ直ぐ自宅へと戻ってきた。
「……」
息子がいなくなった家。
そのこと以外には何も変わっていないはずなのに、今はまるっきり別の場所になってしまったかのような寂寥感に満ちていた。
旦那を亡くしてから、ずっと息子と二人で暮らしてきた。
今まで一日たりとも離れ離れになったことはない。
「こんなところであの子が帰ってくるまで一人で待っている?」
セルアはそう小さく呟いてから、
「無理無理無理! 無理に決まってます! 魔王を倒すまでって、それどう考えても一週間や二週間では無理ですよね!? 一週間だって、あの子と会わないなんて耐えられませんよ! いえ、たとえ三日でも限界です!」
突然、駄々をこねる子供のように叫び散らかした。
ご近所からは〝清楚で綺麗な未亡人〟というイメージを持たれているのだが……それとはあまりにもかけ離れた姿である。
「わたしにとってあの子は食事と一緒なんですよ! ちゃんと一日に三回はリオンちゃん成分を摂取しないと死んでしまうんです! あの子が帰ってくるまでこの村で待ってるなんて、それ、わたしに死ねって言ってるのと同義ですからっ!」
……何を隠そう、彼女は息子のことを溺愛しているのだった。
「ああっ、考えただけで、さっき抱き締めたばかりなのにもう欲しくなってきちゃいましたよっ!」
もはや中毒である。
仕方なく彼女はタンスの中から息子の服を引っ張り出してくると、それに顔を埋めて症状を落ち着かせた。
「すーはーすーはー」
……変態かもしれない。
「それに……あの子には〝あなたなら大丈夫〟って言っちゃったけど、本当はとっても心配なんです。だって――」
涎が付着してしまった服から顔を上げると、セルアは憂いの息を吐いて、
「――あの子、すっごく弱いんだもの」
そう断言した。
「きっと魔王を倒そうと思ったら、最低でも
それから彼女は何かを決意したように、ぐっと拳を握り締める。
「やっぱりお母さんが付いていてあげないといけませんね」
こうして母は息子を追って村を出ることにしたのだった。
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