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 さて、そんな感じでしばらくフルボッコ作業を続けてたところ、暴マーの様子に変化が現れた。


 そう、ついに自殺する気になった……というわけではなさそうだった。やつの精神は、それとは違う明後日の方向に行ってしまったのだ。


「あ、あばば……お空キレイ……フフ……」


 と、やつは今、半開きの口からヨダレをダラダラ流しながら、焦点の定まらない目で上を仰ぎながらブツブツつぶやいている。これは……、


「メンタルぶっ壊れちまってるじゃねえか!」


 やべえ。これじゃ自殺させるところじゃねえ。自殺という概念すら忘れていそうじゃねえか!


「おい、何勝手にメンタルバグらせてんだよ! とっとと正気に戻れ! そして勝手に死ね!」


 狼牙棒で殴りながら必死に呼びかけたが、いっこうに正気に戻る気配はなかった。というか、もう苦痛すら感じてなさそうだ。


「くそ! なんで体のダメージは一瞬で治るのに、心のダメージはそのままなんだよ! 早く元に戻れよ!」


 苛立ちながらさらに殴り続けるが、やはり変化はない。もはやこいつ、発狂することですべての痛みと苦しみから解放された無敵モードか。さ、さすがディヴァイン……。


 ただ、やつにはさらに違う変化もあったようだった。物理障壁貫通機能のある魔剣(狼牙棒)でクソほど殴り続けたせいか、今は物理障壁は完全に消失しているようだ。もはや普通に素手で殴れる状態だった。まあ、殴っても反応ないんだが。暴マーのやつ、ずっとお空キレイ状態なんだが!


「おい、女帝様どういうことだよ! あんたの計画と違うんだが!」


 どうにもならないので、近くの半透明のロリババアに怒鳴ったが、


「あはは、やっぱりああなるかなーって」


 ロリババア、けらけら笑ってやがる。ちょっと、どういうことなの!


「何がやっぱりだよ! 殴り続ければやつは自殺するはずだろうがよ!」

「んー、ファニファが思うにね、自殺したい気持ちっていうのは、ある程度長い時間をかけて、徐々に心の中に育てていかないとだめだと思うの」

「じ、時間……育てる?」

「そ、半年とか一年とか、それぐらいの時間をかけて、ゆっくりじっくり」

「ハァ?」


 そんな時間、どこにもないんですけど!


「やっぱり時間をかけずに、一時的にすごく強いストレスを与えると、ただ心が壊れちゃうだけだよね。心ってそういうふうにできているもんねー」

「な、なにが『そういうふうにできている』だあ!」


 思わず、女帝様めがけて狼牙棒で殴りかかってしまった。まあ、当然、こっちの攻撃が当たるわけないんだが。ただの立体映像だし。


『アッハ、つまり希死念慮というのは、長期にわたる鬱状態により醸造されるというわけですネ。一時的に強いショックを与えても、せいぜい記憶障害や昏迷といった解離性障害が関山。コレ、メンタル地獄ヘルス界隈では常識っすヨ?』


 って、なんかゴミ魔剣も知った風な口きいてやがるし!


「ふざけんな! てめえ今の結果がわかってたんなら、なんで先に言わなかったんだよ!」

『イヤー、万が一にも、マスターたちの期待通りの結果になるかもしれないじゃないですか? ワタシはその万が一に賭けたうえで、あえてお口にチャックしてただけですヨ? あ、鯨肉の件は忘れずに?』

「クソがあ!」


 俺がやってたことっていったい何だったの! チクショー!


「女帝様! あんたも何俺にやらせてるんだよ! ただ俺をからかって、楽しんでただけかよ!」

「うん」

「なん……だと……」


 なんということでしょう。こんなにもあっさり肯定されてしまうとは。


「ふ、ふざけんな! この件が片付いたら、てめえの国滅ぼすからな! 物理で!」

「あっは。そんなに怒らないで。ファニファはただ、最強の勇者様が史上最悪の凶悪モンスターを完膚なきまでに叩きのめすところを見たかっただけだよー。それに、少なくともマーくんは、さっきの状態よりはずいぶん『扱いやすくなった』でしょ? それってすごい進歩だよ?」


 女帝様はお空キレイ状態になっている暴マーを指さしながら言う。言われてみれば確かに、世界を破滅させる存在としての凶暴性はもうどこにもなくなっているようだ。物理障壁も消えてるし。


「もしかしてコイツ、もう完全に無害な状態ってことか?」


 そう、つまり俺はもう何も頑張らなくてもいい? こいつ放置で帰ってもいいってこと?


「そうか! 凶悪なる存在の凶悪なる魂を砕いてしまえば、それはもう無害! これで世界は救われたんだな! そういうことだな、女帝様!」

「そういうことじゃないよ」

「え」

「だって、マーくんって、そこにいるだけで有害だし。『混沌と滅びの浸食』ってすごーくドス黒いオーラをまき散らしてるし」

「ああ、そういやそういう設定だったな」


 やっぱここで倒さなきゃいけねえのかよ、めんどくせえ。放射性廃棄物かよ。


「もうあんな状態なんだし、魔法で封印か何かしてくれよ。あんたの権力なら人材はどうにかできるだろ?」

「いやいや。マーくんを封印できるような術者なんて、たぶんどこにもいないよ? それができる人がいたら、勇者様が倒す前に封印されているはずでしょ?」

「そのへんはやっぱ、腐ってもディヴァインかよ」


 この案件、考えるほどにめんどくさすぎるんですけど!


「じゃあ、どうするんだよ、あの有害オーラをまき散らすゴミ。いっそ、宇宙にでも放り出すか?」


 カーズ様みたいに……って、さすがに俺の腕力でも暴マーを宇宙空間までぶん投げるのは無理かな。そもそもこの世界の宇宙が地球と同じようなものかどうかも知らんし。


 いや、待てよ? 宇宙まで放り投げるのは無理にしてもだな。地上からはるか高いところに投げてしまえば、処分のしようはあるんじゃないか?


 そう、ちょうどここに、ゴミの処分にうってつけの人材がいるじゃないの!


「リュクサンドール、最後にもう一仕事してくれ」


 ごひょごにょ。俺はすぐにやつに耳打ちした。

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