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「しかしこの盾、どう使うんだ?」


 とりあえず左手に構えた盾を近くの砂利の山に向けてみたが何も起こらなかった。そこで、「バリアー!」と適当に叫んでみると、いきなりその盾の表面から物理障壁と思しき光が発射され、砂利を一瞬で向こうに吹っ飛ばしてしまった。


「なるほど。声に出して命令すればいいんだな」


 バリアとしての使い方がおかしい気がするが、細かいことはまあいいか。


「よーし、さっそく行くぜ!」


 俺は直後、周りにあるすべてのもの――そう、砂利やら壁やらガーゴイルの像やらすべてに向けて、盾をかざし「バリアー!」と叫びまくった。


 すると当然、盾からは縦横無尽に物理障壁が出まくり、俺の周りにあるすべてのものを次々と吹っ飛ばして行った。ドカンドッカーンと。次第にベルガドの甲羅の表面があらわになっていく。


 水平方向にあるモノをすべて吹っ飛ばしたところで、最後に盾を上に向けて、俺たちの頭の上にあるもの、城やら大氷結の間やら何やらかんやらも全部吹っ飛ばしてやった。ドッカーン!


 やがて俺たちの頭上には大きな穴が開き、そのふちから大量の水が落ちてきた。そういや、ここは滝の裏にある洞穴だったか。穴の向こうには星がきらめく夜空が見える。照明も吹っ飛ばしたので真っ暗だが、ベルガドの盾がぼんやり光っているので、なんとか周りを見ることはできた。明かりにもなるのかこのチートアイテム。


「うひゃあ、トモキ君。また派手にやりましたねえ」


 と、すぐ近くから間抜けな声が聞こえてきた。リュクサンドールだ。どうやらこいつは自前の物理障壁で、俺が盾から放ったベルガドの物理障壁を無効化しやがったようだ。ついでに、ヒューヴやらロスなんとかっていうジジイやらもやつの影に隠れて難を逃れた様子だ。


 また、「もう一人」も俺のバリア乱舞から、からくも逃れた様子だった。驚異的な身体能力のおかげか。


「き、貴様……よくも私の城を……」


 俺からやや離れたところで、黒い鎧に身を包んだ男が怒りに震えている。その足はむき出しのベルガドの甲羅の上にある。


「なあ、あんたの本体とやらの水って、俺が今吹っ飛ばしたいろんなモノに染み込んでたんだろ? ってことは今のあんたは体の大部分をなくしちまったようなもん――」

「黙れ!」


 黒鎧の男、ラファディは直後、顔を真っ赤にして俺に突進してきた。


 俺は当然、


「バリアー」


 と言って盾をそっちに向けるだけでよかった。次の瞬間には、やつは俺が盾から出した物理障壁に弾かれ、暗がりの向こうに吹っ飛んでいった。


「はは、いくら凄腕の錬金術師だろうと、錬金術を使うモノが近くにないと形無しだな」


 俺は笑った。そう、錬金術ってのはモノを変化させる術のことだ。術が使えそうなモノが近くになけりゃ何もできないし、たとえモノがそこにあっても、レジェンドの物理障壁の前では無力だ。なんせ、モノをすべて弾き返しちゃうからなあ。


「……この程度で勝った気になるなよ、小僧が」


 やがて、ラファディはふらつきながら俺のところに戻ってきた。ズタボロの状態で。


「おいおい、今の俺にお前がどうやって太刀打ちできるっていうんだよ? お前はモノをいじくりまわすしか能のない錬金術師様だろ? そして、この俺の左手には、すべてのモノを吹っ飛ばす盾があるってわけだ。どう考えても勝ち目ゼロじゃんよ、はっはー」


 俺はそんなラファディを鼻で笑った。負け惜しみもたいがいにしろや。


 だが、やつは直後、


「勘違いしてもらっては困るな。『私自身』はどれだけ拡散しようとも、すぐに集結することが可能なのだよ」


 などと、不穏なことを言っており。


「は、お前自身ってあの水か? それだけここに集めても、それで何ができるって言うんだよ? 水だろうと水蒸気だろうと氷だろうと、モノには違いないんだから、全部この盾て吹っ飛ばしてやるだけだぜ?」

「……それは不可能だろうな」


 と、ラファディは不気味に笑い、直後――その体は溶けた。トロトロに。


 いや、溶けたのはその黒鎧の男(昔の俺の体)だけではなかった。ヒューヴがずっと抱えていたエメラダとかいう女や、元祖呪術オタのジジイなんかもだった。おそらくは他の残りのメンバーも同様か。


「ああ、エメラダちゃんが!」

「ああ、ロス・メロウ先生が!」


 バカと間抜けの心底がっかりした声が聞こえた。お前ら、そいつらが敵だってわかってた?


 そして、それらの溶けた死体から、あるいは周りから、次々に光の筋のようなものが飛んできて、それは俺のすぐ近くで一か所に集まり、球の形になった。見たところ、透明な水のようだ。おそらくこれがラファディの本体か。容量は一立方メートルくらいありそうだ。


「は! ちょっと形を変えたところで、また吹っ飛ばしてやるだけだぜ!」


 俺は迷わずその球体の水に向かって物理障壁を放った。


 そして、それは当然、その水を吹っ飛ばし――は、しなかった。直後、俺は信じられない光景を目にしたのだった。


「な……」


 そう、なんと、その水は一瞬にして大きな剣の形になり、俺が放った物理障壁を真っ二つに叩き割ってしまったのだ!


「君の言う通り、錬金術というのはしょせん、モノをいじるしか能のない術だ。だが、それは言い方を変えると、どんなモノでも瞬時に生み出せるということなのだよ。例えば、レジェンドの物理障壁を破れる魔剣なんかを、ね」

「なん……だとう!」


 そんなインチキ、許されていいのかよ! 

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