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 さて、謎の光に包まれた俺たちは、そのまま別の場所に飛ばされたようだった。気が付くと、俺たちはがらんとした大きな広間の片隅にいた。そこかしこに魔法の照明がともっており、広間は明るかった。また、均一にガーゴイルの像が並べられており、厳かな雰囲気があった。床や壁もしっかりとした石造りで表面はツルツルだ。天井はひどく高い。


「ここが封印の間ってところなのか?」


 俺はすぐに周りを見回したが、ラファディとかいう男の姿はどこにもなさそうだった。ここにいるはずなのに。


 ただ、広間の中央はお椀上にへこんでいて光る水が張ってあり、妙に気になった。


「あれに何か仕掛けがあるのか?」


 俺たちはゆっくりとそちらに近づいて行った。


 すると、


「みなさま、ようこそお越しくださいました。私のお部屋に」


 という声とともに、光る水の上にラファディの姿が浮かび上がった。


 ただ、明らかに実体ではなかった。立体映像みたいだった。


「おい、はるばるここまで来たのに、まだ本体を出さないつもりなのかよ」


 こいつの本体とやらには正直興味がないが、さすがに文句も言いたくなる。ここに来るまで、色々めんどくさかったんだもん。


 だが、


「はは。私自身ならすでにここに『ある』ではないですか」


 立体映像の男は笑いながら下の水を指さすではないか。


「まさか、その光る水がお前の体なのか?」

「はい、その通りです。長い年月のうちに、私の体は人の形を保っていられなくなって、このような姿に」

「液体人間になっちまったのか」


 ターミネーターかよ。


「じゃあ、その水を凍らせたり蒸発させたりすれば、お前は死ぬのか?」

「そうですね。ただ、ここにあるのは私の体の一部にすぎません。すべてを一度に処理しないと、私には何の影響も与えられないでしょう」

「ふーん? そのすべてってどこにあるの? ちゃんと汚水処理してあげるから、こっそり教えてよ」


 と、ダメもとで尋ねてみると、


「はは、それは隠すまでもなく、この城のすべての箇所ですよ」


 さらっと教えてくれた……って、何その答え?


「まさか、城のあちこちにこういう水が隠されていたのか? 水がためられているのって、堀ぐらいしかなかったが?」

「ああ、少々誤解のある言い方をしてしまいましたね。申し訳ございません。百聞は一見に如かずと言いますから、まずはこちらをご覧いただきましょう」


 と言うと、立体映像の男はふと一歩後ろに下がった。そして、両手を大きく広げた。


 すると、たちまちその足元の光る水の一部が隆起し、棒状になり変色し始めた。いや、変色ではなく変形? そう、水が一か所に集まったかと思うと、それは次の瞬間には岩になっていたのだ。


「この水、好きなように形を変えられるのか」


 まさにターミネーターの液体金属人間だ。液体のくせに、自由に好きな固体に変化できるのかよ。


「じゃあ、俺たちが今まで歩いてきた城のあちこちに、こんな形で、ひっそりとこの謎水が配置されてたってわけ?」

「その通りでございますね。さすがに、城のすべてというわけではありませんが、かなりの部分が、『私自身』で構成されているのですよ」

「かなり、かよ」


 つまり、俺たち今まで、こいつの体の中を突き進んでいたようなものだってこと? やだもー、何その気持ち悪い話。


「この体は、私の長年の錬金術の研究のたまものなのですよ。すばらしいでしょう? 人としての寿命を超越しただけではなく、私はこんなにも簡単に、何物にも、何者にも成れるのです」


 立体映像の男は不気味に笑い、今度は目の前の岩に手を振り下ろした。再びそれは形を変え、人の姿に変わった。よりによって俺とそっくりの姿に。


「はっ、コピーしたのは見た目だけじゃねえか。中身も伴っていないと、ナニモノにも成れるって言い方はできねえだろうがよ」


 妙にむかついたので、ゴミ魔剣から真空の刃を飛ばし、その俺のコピーを吹っ飛ばした。


「……そうですね、さすがに勇者アルドレイ様の強さをそのまま再現することはとても難しいでしょう。あなた様の魂を頂かない限り」


 立体映像の男はやはり不気味に笑って言う。


 そして、


「ただ、ここには、あなたたちに匹敵するほどの能力を持つ英霊アインヘリアルたちが眠っています。ここはひとつ、彼らのお相手をしてもらえませんか。そうすれば、あなた方にも私の錬金術の研究のすばらしさを理解していただけるでしょうから」


 などと言い、今度は周りの壁のほうに向けて大きく手を振った。


 すると、たちまち、壁のあちこちから棺が隆起して現れた。全部で五か所だ。


「ようはあの中身を倒せってことか?」

「はい。ぜひそのお強さ、私に見せつけてくださいませ」


 立体映像の男は俺たちにそう言い残すと、すっと消えた。

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