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「……ところで、俺は思うのだが」


 と、そこでヤギが口を開いた。


「今の話を聞く限り、彼はその『ももいろネクタル』という店でヒューヴという男に出会い、酔った勢いで貴重な古文書が今日大学に届くと話してしまったのではないだろうか?」

「ああ、なるほど。それだったら、色々つじつまはあうな――」

「そ、そんなわけないだろう!」


 と、そこで考古学者がむきになったように叫んだ。乳の谷間から。


「私はこの道三十五年の、考古学のエキスパートだぞ! それがたかが酒のせいで、職業上の機密を漏洩することなどありえない!」

「いや、ありえないって、あんたゆうべの記憶ないんだろ? だったら、ありえるかもしれない――」

「ない! ぬぁい!」


 男はかたくなだった。なぜ記憶がないのに、そう断言できるんだ。


「……では、その店以外で古文書の情報が漏れた可能性はあるのでしょうか?」


 再びヤギが口を開き、男に尋ねた。


「そもそも、あれはどういう形で入手されたのですか? 大ザンビエル・オークションで落札されたと先ほどおっしゃっていましたが、落札額によってはオークション会場から不届きなやからに目をつけられていた可能性もあるのではないですか?」

「いや、あれはそんなに高額で落札したものじゃないんだ」


 男は乳を揺らしながら首を振った。


「大ザンビエル・オークションに出品されるものは、その価値によって五段階にランク分けされるんだが、あれは最下位の五等品だったんだよ。おそらくは何かの貴重品と一緒に見つかって、なんだかよくわからないけど売るわという感じで出品されたものだろうね。会場にいる誰もが、それがあのジーグの日記だとは気づいていないようだった。ただの、ベルガドで見つかった三百年前の個人の日記としか認識されてなさそうだった……私以外はね!」


 男は乳の間でどや顔し、さらに「私以外はね!」と繰り返した。


「だから、落札価格はたいしたことはないんだよ。ここまで届けられたのも普通郵便だしね」

「ふーん? じゃあ、オークション会場で、盗む価値のあるものって誰かに目をつけられたわけじゃないのか」


 と、俺が言うと、「そうだね。財宝のありかが書いてあるかもしれないなんて、そこにいる私以外誰も気づいてなかっただろうからね!」と、男はさらに言った。掘り出し物を二束三文で落札できた喜びはわからんでもないが、しつこいぞお前。


「じゃあ、やっぱりどう考えても、ももいろネクタルって店で情報が漏れてるじゃねえか。ゆうべ、その店であいつに会ったのは間違いないんだろう?」

「う……」


 男は気まずそうに顔をしかめた。うむ、やっぱりどう考えてもそうとしか思えん。


「まあいい、あんたがこれ以上何も思い出せないって言うなら、俺が直接その店に話を聞きに行く。ゆうべ、あんたとヒューヴがどんなことを話していたか、店員が覚えてるかもしれないからな」

「そ、そうか……。私としてもそれは助かる――」

「というわけで店の場所を言え」

「え」

「名前まで出てきたんだ。場所ぐらい思い出せるだろ?」

「えー、えーっと、それはその……うーん?」


 男は目をつむり、目の前の乳を高速で揉み始めたが、これ以上はなんの記憶も蘇ってこないようだった。


「もういい! 店の場所ぐらい俺たちで調べる!」


 俺は乳にしがみついている男を蹴り飛ばし、キャゼリーヌのボディから引きはがすと、その首を持って、みんなと一緒に研究室を出た。

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