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「まあ、確かに、こういうのは使ってみるほうが早いか」


 俺は試しに、十ゴンス銅貨を一枚そこに入れてみた。


 すると、その穴から光が出てきて、すぐ上の空間にホログラムのように数字が浮かび上がった。


 10/1000000


 と……。


「これはもしかして、全部で百万ゴンス入れると、何か起こるんじゃないかい?」

「え」


 店主の言葉に俺はぎょっとした。百万て。


「いや、こんな数字がちょっと出てきたぐらいで決めつけるわけには……」


 と、さらに十ゴンス銅貨をもう一枚入れたら、今度は表示が「20/1000000」に変わりやがった。


「こ、これは……」


 明らかに、マックスまで金を入れないといけないやつじゃん! しかも、箱を振っても銅貨の音がしないし。完全に箱に金が飲み込まれるシステムっぽいし。


「さあ、もっとお金を投入してみよう! 私もこれが何か知りたい!」


 店主は何かのスイッチが入ったらしく、目をギラギラ光らせている。


「いや、百万だぞ! 俺だけじゃなくてみんなで稼いだ金だぞ! それをこんな、わけのわからない箱に投げ込むとか、金ドブ以下の愚行――」

「俺はいいと思うぜ! こういのは当たって砕けろだ!」


 と、ザックが親指を立てながら言った。これだから金持ちの家のボンボンは。


 ヤギも、


「俺も、やってみる価値はあると思う。百万ゴンスは確かに大金だが、専門家に本格的な鑑定を依頼した場合、それぐらい支払うのは珍しくはない。何より、あのカロンから手渡された、この世ならざるものなのだ。どのようなものか見極めておくことは重要だろう」


 なんかもっともらしいこと言っている。いや、だからって百万ゴンスはなあ。日本円にして五十万円くらいの話ですよ?


「私は、トモキどのの判断に従うつもりだ」


 と、キャゼリーヌは言った。


「そもそも私は、昨日トモキどのたちに出会ったばかりで、このパーティーの財政状況に対して何か意見ができる立場にはない。トモキどのの好きに散財するといいだろう」

「散財って」


 お前もしれっと、箱に金をぶち込めって言ってるじゃねえかよ。


 そして、最後のユリィは、


「え、えっと……わたしも、トモキ様の判断にお任せします」


 と、自信なさそうに答えて、俺に判断を丸投げするのだった。


「ちっ、しゃーねーな。もうどうなっても知らんぞ?」


 俺はなんかもう考えているのもめんどくさくなってきたので、財布から十万ゴンス小金貨を取り出し、片っ端から謎の箱に投入していった。いちまーい、にまーい……やはり投入金額に応じて、数字はどんどん加算されていった。


 やがて、小金貨を十枚入れたところで、当たり前だがカウンターの表示はマックスになった。さあ、いったい何が起こるのか。俺たちはその箱をじっと見つめた。


 すると、直後、


 トゥルルルルッ……。


 と、箱から音が聞こえてきた。なんだこれ? ジョジョ五部のドッピオじゃねえんだぞ。これじゃまるで――電話の呼び出し音じゃねえか?


 と、俺がそう考えた直後、謎の呼び出し音は途切れ、「もしもし」という女の声が聞こえてきた。この聞き覚えのある声は……。


「カロン、お前か!」

「ああ、あなただったの。お久しぶりね」


 なんということでしょう。貯金箱と思って持ち歩いていた箱は、実は冥府の川の渡し守につながる電話でした。しかも通話料金めちゃ高っ!


「おい、これがお前につながる電話だって話、俺は聞いてないぞ。なんもわからず百万ゴンス入れちまったんじゃねえか。ふざけんな、金返せ」

「ふふ、説明なんて野暮なことよ。こういうのは実際に使ってみたほうが早いでしょ」

「野暮ってなんだよ!」


 こいつ絶対わざと教えなかったな。


「まあまあ、そう怒らないで。そっちの世界とこっちの世界でこうやってリアルタイムでお話しできるのって、とてもすごいことなのよ? 百万ゴンスぐらい、安いものではなくて?」

「いや、高いも安いも何も、俺はお前に何の用事もないんだが? ただの無駄電話なんだが?」

「そう? 冥府の川の渡し守の私でしか知りえない情報をあなたに教えることもできるけど?」

「情報? なんだよ、それ?」

「簡単に言うと生存確認ね。あなたの知っている人が、もうすでに死んでいるかどうか、私ならわかるわ」

「そうか。確かにお前の立場なら、それぐらいはわかりそうだな」


 死神みたいなもんだしな。


「せっかく通信がつながったわけだし、あなたのしばらく会ってない人が、健全かどうか確かめてみない?」

「そうだな。このままじゃマジで金ドブで、金がもったいないしな……」


 と、俺は少しのあいだ過去の記憶をたどり、やがて、


「そうだ! ヒューヴ! あいつがまだ生きてるかどうか、確かめてくれよ!」


 と、カロンに言った。


「ヒューヴ? それがあなたの知り合いの名前?」

「ああ、俺の昔の冒険者仲間なんだ」


 そうそう、ヒューヴはティリセやエリーと同様、十五年前、あの暴マーを倒しに行った時の仲間だ。生まれ変わってからは一度も会ってないし、ティリセやエリーからも何も聞いてないが、今はいったいどうしてるんだろう。


「そう……あなたの昔の冒険者仲間のヒューヴね。ちょっと待って。検索してみるわ」


 と、電話(?)の向こうで、何か端末を操作しているような音が聞こえてきた。


 やがて、


「ああ、彼ならまだ生きているわね。ここを通った記録はないわ」

「ふーん? あいつ、まだ生きてるのか」


 そのうちまた再会することもあるんだろうか。


「あ、そうだ! せっかくだし、もう一人調べてみてくれよ! 十五年前に俺を刺し殺した姫ってまだ生きて――」

「残念。もう時間切れよ。また百万ゴンス課金して通信してきてね」


 と、直後、死神電話は一方的に切れた。なんだよもー。百万かかるくせに、通話時間短くない?


「じゅ、十五年前に姫に刺し殺されたって、君……?」


 気が付くと、店主のおっさんが俺を戸惑いの目で見ていた。やべ、何も知らない人間の前でうっかり変なこと言っちまったぜ。


「いや、今のは前世の話だから。前世の死因がそれってだけで」

「前世? 君、前世の記憶があるのかい? それはすごいね。しかし、お姫様に殺されるってのはまたおだやかじゃない――」

「い、いいんだよ! もう終わったことなんだから!」


 あまりそのへんのことは根掘り葉掘り聞かれたくなかった。トラウマの記憶だし。


 それから、俺たちはすぐにその店を出た。


「勇者様って本当は病死じゃなかったんだな。意外だなー」

「確かに、気になる話ではあるな」


 ただ、店を出ても、ザックとヤギは俺の過去に興味津々のようだった。


「なあ、勇者様はなんで殺されたんだよ?」

「知るか!」


 俺はザックに怒鳴った。そう、いまだに俺が十五年前に殺された理由はわからん。おそらくは呪いのせいで運命がねじまがってそういう流れになったんだろうが、詳細は闇の中だ。姫がもしまだ生きているのなら、そしてどこかで巡り合えたとしたら、ぜひその理由を聞いてみたいものだ……そう思って、ちょっとカロンに尋ねてみたわけだった。


 ただ、さらに百万払ってあの姫が生きているのか確かめるほどでもない気がした。仮に生きていたとしても、この広い世界のどこにいるのかまではわからんし。そもそも伝説の勇者様は十五年前に死んだんだ。詳しい事情はわからないが、あの悲劇も過去のこととして流すのが一番だろう……。

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