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やがて俺たちは例の崖にたどりついた。そう、例の崖。登ることしか考えてない草食動物が楽しみにしていたアスレチック的な例の崖。
普通はこれを迂回して少し時間をかけて遺跡に行くということだったが、
「うむ、実によい崖だな。登りがいがありそうだ」
ヤギのやつ、予想通り登る気マンマンの様子だ。
「まあ、確かに、それなりに厳しい崖だが……」
俺はふと上を見上げてみた。リュカの崖とやらの六割程度の厳しさだそうで、確かに普通の人間には登るのは困難な崖に見えた。だが、さすがに俺は電設の、じゃなかった、伝説の勇者様。こんな中途半端な崖、ただの段差でしかない感じだ。
「まあ、お前がここを登るって言うのなら、俺も付き合ってやらん事もないがな」
俺は崖を前に闘志を燃やしているヤギにニヤリと笑った。そして、近くに立っていたユリィをひょいと背中にかついで、その崖をジャンプしながら登ってやった。ひょいひょいっと。
「きゃっ!」
と、ユリィはびっくりしたように声を上げたが、俺はすぐに崖の上まで到達し、ユリィをその場に降ろしてやった。そして、一人で崖を飛び降り、ヤギの目の前に戻った。
「どうよ? この俺様の一瞬の崖移動? 俺ってば、お前が登るよりもずっと早く、崖の上に行けちゃうんだぜ? しかもユリィをかついでさ」
ドヤァ、という顔をしながらヤギに言ってやった。お前が登るより、俺がジャンプ移動したほうが早いとはっきり言ってやった。ふふふ、さぞややる気を削がれたに違いない……と、ほくそ笑んでいたわけだが、
「トモキ、お前は何もわかっておらんな」
ヤギはそんな俺を鼻で笑っただけだった。
「崖というものは、単に早く上に移動すれば勝ちというものではない。俺とて、魔法を使えば、今のお前と同じような動きはできるのだぞ」
と、言いながら何か呪文を詠唱したようだった。たちまち、ヤギの体が宙に浮いた。ああ、そういえば、こいつ念力みたいな魔法使えたっけ。
「だが、それでは風情がない。何より、険しく厳しく屹立している崖に対して失礼だ。崖があるがままに俺たちの目の前に存在するのだから、俺たちもあるがままにその力強さを蹄で確かめるべきだろう!」
「いや、蹄って言われても」
ここにいる中で、蹄あるのお前だけなんですけどー。
「ようするに、お前はクライミングガチ勢だから、命綱なし魔法なしジャンプなしの素登りを楽しみたいわけなんだな?」
「ああ、無論だ。俺はそのためだけにこの島に来た!」
「そのためだけに……」
おいおい、大好きな崖を目の前にして、本来の目的を忘れてるぞ、この野獣。
「まあいい。お前がここをゆっくり登るって言うなら、俺たちは上で待ってるからさ」
と、俺は近くのザックをひょいとかつぐと、再び崖の上にジャンプして運んだ。
やがて、ヤギもすぐに俺たちのいる崖の上までやってきた。それなりに楽しい崖登りだったようで、登り終えた後は満足げだった。俺たちはそのまま遺跡に向かって再出発した。
崖から遺跡はそう遠くない距離にあり、日没直前には遺跡の入り口を発見することができた。普通は例の崖を迂回するのでザレの村から一日で行けることはないらしい。
「おお、これがレジェンド・モンスターが出るっていう遺跡か! いかにも物々しいダンジョンって感じだな!」
遺跡の入り口からちょっとだけ中に入って様子をうかがっていると、ザックがはしゃいだように言った。こいつ、遠足気分かよ。
ランタンの明かりで照らしながら入り口から入ってすぐの場所を歩き回り、見まわしたところ、遺跡は地上に建てられた部分の他に地下がありそうだった。レジェンドとやらがいるのはそっちだろうか。
ただ、これから夜になるっていうのに、遺跡の中を探索するのもな……。
「トモキ、今日はひとまず遺跡のそばで野営して、内部の探索は明日にしたほうがいいだろう」
ヤギも俺と同感のようだった。
「そうだな。夜はタチの悪いモンスター出てきたりするもんな」
俺はともかく、他の三人は危険だよな。
「ああ。それに、あの三人がレジェンドに遭遇したのは昼だ。同じように昼に探索したほうが、出会う確率も上がるだろう」
と、ヤギが再び俺に言う。
「え、昼に遭遇したなんて聞いてないけど?」
「彼らはコウモリを集めていたと言っていただろう」
「ああ、そうか。コウモリって夜は外を飛び回ってて、昼はこういう薄暗いところで寝てるもんだしなあ」
なるほど。さすがヤギ。登ることに頑迷でアホなところ以外は冴えてるな。
「じゃあ、そういうわけだから、ザック、ユリィ、いったん外に出るぞー」
俺は近くの二人に声をかけた。二人とも素直に返事して、俺たちのところに戻ってきた。
が、そこでいきなり、ザックの足元の床が崩れた!
「うわああっ!」
ザックはそのまま下に落ちて行った……。
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