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「ザック、お前がイキりたいだけで修学旅行から脱走してきたのはよくわかった。悪いことは言わないから、とっととクールドのホテルに帰りなさい。このへんは凶暴な野獣がうようよいて危ないぞ」
俺は近くのヤギを指さしながら、元ツッパリのチビに忠告したが、
「はっ、何言ってやがる。一度割れちまったタマゴはもう元には戻らないんだぜ?」
ザックのやつ、また謎ポエムを口にするだけだった。ようは覆水盆に返らずって言いたいだけなんだろうが、お前、クチバシの黄色いヒヨッコどころか、まだタマゴだったのかよ。しかも割れたのかよ。
「つまり、今の俺はただのザックであって、もうかつてのザック・ヴァン・ラスーンという名前じゃないんだぜ!」
「ヴァン・ラスーン? ふーん、それがお前の名字か」
俺にとっては今初めて明かされるクソどうでもいい情報だったが、
「トモキ、ラスーン家というのは、ドノヴォンでも屈指の名家だぞ」
と、ヤギが俺に教えてくれた。
「へえ。お前、いいところのボンボンだったんだな。なんであんなトンチキな格好で不良ごっこやってたんだよ?」
「俺の中の荒ぶる狂気が俺を変貌させた。俺を止められるものはもはや誰にもいないんだぜ?」
「いや、お前ママに更生させられたって、さっき言ってたじゃん」
即論破されるポエムしか言えないのか、こいつは。
「マ……おふくろはいつまでも俺をガキ扱いして縛りやがる! 嫌いなニンジンも残さず食べましょうとか、道を渡るときは馬車に轢かれないように手を挙げましょうとか、くだらない社会のルールを俺に押し付けるばっかりなんだぜ!」
「まあ、一応そういうのも社会のルールではあるが……」
それ、明らかに幼児向けのご案内じゃない?
「こんな平凡な髪型や服装に変えさせられたことといい、俺はそんな、くだらない社会のルールを一方的に押し付けてくるだけの家がいやになったんだ。もうあんなところには帰らない! 俺はマ、おふくろの操り人形なんかじゃないんだ!」
なるほど。ママに不良ごっこ遊びを強制的に取り上げられて、こいつは家出を決意したらしい。それで、修学旅行中にもう帰らない覚悟で抜け出したってわけか。
しかしまあ、そんなくだらない動機なら、なおのことホテルに帰れと言うしかないが……ないが? 俺はそこでふと思い出した。俺はちょうど、こういう感じのザコいやつを探していたことを。
と、そこで、
「勇者様、ここで会ったのも何かのお導きだぜ! どうかこの俺を勇者様の仲間にしてくれ!」
そのザコがいきなり俺に頭を下げてきた。
「仲間か。確かにちょうどほしかったところではあるが……」
ザコの度合いにもよるかな。さすがにまるで使えないのも困るしなあ。
「おい、レオ。こいつの能力って実際どれくらいなんだよ?」
ヤギに耳打ちして聞いてみると、
「ああ、ザックは身体的な能力は低いが、逆にそれ以外は優秀なほうだぞ。家では何人もの家庭教師をつけているそうで成績は常に上位だし、電撃の魔法の扱いも非常にたくみで、アーニャ先生に褒められているところを見たことがある」
「ふーん、ツッパリのくせに魔法タイプのキャラなのか」
それなりに使えそうではあった。まさに、俺が求めている「ちょうどいい感じの仲間」だ。さすがにこんなやつにユリィが心惹かれることもないだろうし。もし仮に足手まといで使えなさそうでも、こいつなら縛り上げて警察とかドノヴォンの大使館とかに捨てておけば問題なさそうだし。いいところのボンボンらしいからな。
「そうか、よし、わかった。そこまで頼むのなら特別にお前を仲間に加えてやってもいいぞ」
「ほ、本当か! ありがとう、勇者様!」
ザックは顔を上げ、うれしそうに笑った。なんかもう、不良もどきというより、ただの無邪気なお子様な表情だ。
「じゃあ、あの、改めて俺のことよろしく頼む! 勇者様とレオと……そこの女子?」
「あ、わたしはユリィといいます」
「そ、そうか。ユリィか。俺はザックだ、これからよろしくな!」
「はい、こちらこそ」
ユリィもにっこりとザックに微笑みかけた。
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