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それから少しして、また女帝様が部屋にやってきた。そろそろ朝食の時間なので一緒に食堂で食べようということだった。着替えも渡された。ユリィのはお姫様みたいなドレスで、俺のは貴族の令息みたいな高そうなコートだった。着替えてみると、ユリィはよく似合っててかわいらしかったが、俺にはちょっと合わない感じだった。
それから、俺たちは女帝様に案内されるがまま食堂に向かった。王宮の廊下を歩いていると、そこらにいる衛兵や侍女たちがいちいちこちらに頭を下げてきた。これが女帝様のオーラってやつか。
案内された食堂はさすがに広々としていて立派だった。普段は賓客をもてなすのに使っているという。室内にあるあらゆるものがゴージャスで高そうで、出された食事もうまかった。なお、女帝様の口調はいつもと変わらない子供っぽい、小生意気な感じだった。侍女たちもそれを普通に受け入れている感じだったし、おそらく王宮では普段からこんなノリなんだろう。公式の場でのみ、女帝らしい威厳のある口調と態度になるってところか。
朝食を食べ終えると、女帝様は仕事があるそうで、俺たちを残してどこかへ行ってしまった。今日は学院は休みではないはずだが、あいつは欠席か。まあ、それは俺たちもだが。とりあえず、女帝様が俺たちの相手をさせるためにその場に置いて行った侍女の一人に、王宮を見学させてもらうことにした。ヒマだし。
その間、顔を合わせる衛兵たちにはやはりうやうやしく頭を下げられた。女帝様のご友人だからだろうが、昨夜まで俺は死刑囚としての扱いだったし、落差がすごすぎて戸惑いを感じた。
やがて俺たちは、王宮内にある厩舎に着いた。それなりの広さの囲いの中で放し飼いにされている馬を見ていると、一頭、ひときわ白く輝いている馬がいるのに気づいた。その頭には立派なツノが生えていた。あれはもしや、ユニコーン?
「あれは陛下専用の馬なんです」
と、馬の世話係の女が俺たちに説明した。なるほど、ユニコーンといえば、清らかな乙女しか背中に乗せないという、モンスター界随一の処女厨のケモノだ。この国の
ただ、そんなふうに俺たちが遠くから見つめていると、いきなりその処女厨の馬はこっちに近づいてきた。そして、柵ごしに俺に首を近づけ、まとわりついてきた。なんだこいつ?
「おお! 陛下にしか心を許さないユニ彦が、あなたになついているようです!」
と、馬の世話係の女は、そんなユニコーンの態度に驚いたようだった……って、ユニ彦って名前の馬なのかよ、こいつ? なぜ妙に和風で手抜きな名前なんだ。なんか指輪物語読んでたら突然「つらぬき丸」って名前の武器が出てきてズッコケた記憶がよみがえるんだが?
「きっと、あなたはユニ彦が認めるくらい、とても清らかな方なのですね!」
「え」
処女厨の馬になつかれるほどの清らかさって何よ。何なのよ。あわてて、そのユニ彦とやらから離れ、厩舎を後にした。あんな頭にツノが生えた程度の馬に俺の清らかさを証明されても、その、困る。
やがて午後になり、部屋でくつろいでいるところに学院から客が来た。ルーシアだ。
「……こちらが今日のぶんになります」
と、ルーシアは俺たちに、今日の授業で配られたプリントを持ってきたのだった。さすがクラス委員長。律義で勤勉だ。
だが、ルーシアはただそれだけのために来たわけではないようだった。プリントを手渡した直後、俺を強い眼差しでにらみつけ、いかにも憎々し気にこう言った。
「言っておきますが、私は今回の件で、ハリセン仮面であるあなたを許したつもりはありませんからね。陛下がどういう判断を下されようとも」
どうやら、俺のことをいまだに恨んでいるようだ。まあ、当然か。こいつの兄貴のいる聖騎士団をボコボコにしちゃったしなあ、俺。
「悪かったと思ってるよ、そのことに関しては」
「いまさら謝罪の言葉など無意味です! 本来ならあなたの死をもって罪があがなわれる予定だったのですから! それなのにあなたと来たら、よりによってリュクサンドール先生に勝ってしまうなんて! おかしいでしょう! 新月の夜の先生はあなたみたいな邪悪で穢れた勇者なんかに、絶対に負けるはずないのに!」
と、叫びながら、次第に涙目になっていくルーシアだった。
あれ? こいつもしかして、俺がハリセン仮面かどうかよりも、俺がリュクサンドールに勝ったことのほうを恨んでないか?
「そっか、悪かったなあ。お前の大好きな先生を倒しちまってよ」
「大好き? 私があのポンコツ教師を? いきなり何を言ってるのですか、意味が分かりませんね」
と、とたんに目を泳がせながら早口でまくしたてるルーシアだった。直球で責めると、意外とわかりやすい反応するんだな、こいつ。
「いや、お前、あいつのこと好きなんだろ。それで菓子とか贈ってたんだろ」
「私がそんなことするわけないでしょう」
「留置所でラックマン刑事に聞いたぞ」
「え、なんでそんなことをあなたに話して――」
「まあ、それは嘘だけどな」
すっかり動揺しきっているルーシアを見て、俺は笑った。
「ふ、ふざけないでください!」
ルーシアは涙目のまま顔を真っ赤にしている。
「ルーシアさんは、リュクサンドール先生がお好きなんですね。わたし、その気持ちわかる気がします。先生は、呪術に関してはとてもひたむきでまっすぐな方ですから」
と、ユリィがそんなルーシアを見て、やさしく微笑んだ。ひたむきでまっすぐ、ね……。まあ、ものは言いようか。
と、そこで、俺はルーシアの首筋に湿布のようなものが貼られているのに気づいた。
「なんだ、それ? お前そこ怪我でもしたのか?」
「ああ、これは虫刺され――」
と、ルーシアが言いかけたところで、
「サンディー先生に血を吸われた跡だよ、それ」
女帝様が転送魔法で突然部屋に湧いて出てきて、真相を暴露した。
「へ、陛下、何をおっしゃっているのですか!」
ルーシアはますます顔を赤くして叫ぶが、女帝様はおかまいなしのようだった。
「だって、ゆうべサンディー先生、超弱っててホントに死んじゃいそうな感じだったんだもん。だからね、ファニファ、そんな先生を棺桶に押し込んで、ルーシアちゃんのお部屋におくったの。若い女の子の血を飲んだら、先生の具合もよくなるんじゃないかなって」
「はーん? それでお前、あいつに血を吸わせたってわけかあ」
俺はニタァと笑って、ひたすら恥ずかしがっているクラス委員長様をじっと見つめた。ユリィも「献身的な愛情ですね」と、さらに追い打ちをかけた。
「わ、わたしは、あくまで学術的な探求心から彼に血を提供しただけです! ダンピール・プリンスという種族に血を吸われると、一般的にどんな感覚が得られるかという、そ、それを知りたかっただけです!」
と、ルーシアは早口でまくしたてると、そのまま逃げるように部屋を出て行ってしまった。
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