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「トモキ様、ティリセ様はいったい、どんなお話をされていたのですか?」


 ティリセが去った後で、ユリィは当たり前のように俺に尋ねてきた。


「確か、ハリセン仮面の懸賞金を求めて、この国にいらしたという話でしたよね?」

「え、あ、うん……」


 その純粋無垢な瞳にじっと見つめられ、俺は途端に言葉を失った。さっきのクソエルフの欲で濁った眼とは、あまりにも違い過ぎた。どうしてお前はそんな目で俺を見ることができるんだ。


 俺は、さっきのティリセの話をそのまま――そう、俺がハリセン仮面であることと、懸賞金を持ち逃げする計画について、ユリィに言わなければと思ったが、声がのどから出てこなくなった。こんなきれいなユリィに、俺が凶悪犯罪者であることを打ち明けるとか……できるわけねえ! そんなこと知られたら、嫌われてしまうかもしれないじゃないか!


 いや、ユリィはとてもやさしいから、俺がハリセン仮面だったってことぐらいはギリで許してくれるかもしれない。あれ、ようするに俺が酒で酔って暴れただけの事件だし。ちょっと暴れた相手がアレだっただけで、若気の至りみたいなもんだし。ユリィなら、きっとそのときの俺の気持ちをわかってくれるはず……にしても、そっから先の話が無理ゲーすぎる!


 だって、俺がハリセン仮面であることを利用して、懸賞金を手に入れて国外に追放しようとか、だたのクズでしかない発想じゃねえか。そんな計画を話して、ユリィは喜んで受け入れてくれるとはとうてい思えない。すごく真面目な奴だからな。


「……どうしたのですか、トモキ様? わたしの顔が何かおかしいですか?」


 と、俺が黙ってじっと見つめていると、ユリィはそんな俺の様子に、不思議そうに首をかしげた。その顔はやはりとてもかわいらしくて、今は俺に完全に気を許しているように見える。


 こ、こんなユリィに、今からあんな外道話をしなくちゃいけないのか……。頭がクラクラした。俺は本当に、ユリィにだけは嫌われたくなかった。好きな女の子に嫌われるとか、世界の終わりと同じことだからな!


 いやでも、今の俺は、あいつの話に乗る以外に選択肢はない……。


「き、聞いてくれ、ユリィ」

「はい」

「お、俺、実は――」


 言うんだ、実はハリセン仮面だったって。がんばれ、俺ェ! 負けるな、俺ェ!


「俺、実は、ハリセン……ボンを食べたことがあるんだ!」


 あ、あれ? 俺の口、何か違うことを言って?


「ハリセン、ボン? トモキ様、いったいそれは何でしょう?」

「……魚だよ。敵が近くに来ると、体をぷーっと丸くふくらませて、体の表面からたくさんハリを出すんだ」

「まあ、面白いですね」


 ユリィは無邪気に笑った。


「そのお魚は、食べることもできるんですね。どんなお味でした?」

「い、いや、別にそこまで変わった味では……」


 って、何普通に受け答えしてるんだ、俺ェ! ちゃんとさっきのティリセの話をしなくちゃダメじゃないか!


「き、聞いてくれ、ユリィ」

「はい」

「お、俺、実は――」


 今度こそ言うんだ、実はハリセン仮面だったって。超がんばれ、俺ェ! くじけるな、俺ェ!


「俺、実は、ハリセン仮面……の、グッズを何か買おうと思ってるんだ」


 いや、違うでしょ、俺ちゃん! なんでまたがんばれなかったの!


「ハリセン仮面さんのグッズというと、ハシュシ風邪を追い払う効果があるというものですか?」

「そ、そうだよ! 寄宿舎には、まだハシュシ風邪に感染したことない奴がいっぱいいるみたいだからな。あいつのグッズを飾っておいて、疫病退散を祈願って感じで」

「ああ、すごくいいアイデアかもしれませんね」


 何も知らないユリィは、またしても無邪気に笑うのだった。


 うう……そんな清らかな目で俺を見るな! たちまち、胸が痛くて苦しくなった。どうしてこいつはこんなにイノセントで、俺は限りなくダーティーなんだろう。


 と、そこで、昼休みの終わりを告げる鐘の音があたりに響いた。


「トモキ様、はやく教室に戻りましょう」

「あ、ああ……」


 結局、俺はユリィに何も言えないまま、教室に戻ることになった。

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