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 その日、当然のようにティリセはクラス中の注目の的になった。純粋なエルフの生徒はこの学院には一人もいなかったからだ。そもそもエルフはそれぞれの里で魔法を習得するので、こんな学院に通う必要ないみたいだし。なので、みんな物珍しいようだった。


 さらに、ティリセは外見だけはよかった。顔は文句のつけようがなく整っているし、サラサラの長い金髪でツインテだし、ロリ体型で貧乳だが、これはこれで人気があるみたいだし。(俺は貧相だとしか思わないがな!)ドノヴォン国立学院の赤いブレザー風の制服もよく似合っていた。


 また、十五歳とサバを読み過ぎだが、実際は百歳を超えているので、お得意の魔法に関しては造詣が深かった。ホームルームが終わってすぐの一時間目の授業は「魔術理論A」だったが、そのおっさん教師が何かよくわからない理論を黒板に板書しはじめた直後、「先生、そこ間違ってると思うんですけどー?」と、手を挙げ偉そうに言って、さらに席を立って黒板の前までしゃしゃり出て、何やら小難しそうな文章を板書し始めた。直後、「おお、素晴らしい! このような解釈が存在するとは!」と、おっさん教師はティリセの書いた文章に何やら感動したようだった。クラスのみんなも、おっさん教師同様に、ティリセを尊敬のまなざしで見ていた。


 そんなにあいつすごいのか? 当然、俺には終始、何のことだかさっぱりわからんかった。英語に例えると、簡単な英単語覚え始めたばかりなのに、高校の英文法グラマーの授業受けてるような状態だったし。


 やがてそんなこんなで昼休みになり――俺はすぐにティリセを人気のない校舎裏に呼び出し、


「おい、お前、どうしてこんなところにいる? 何が目的だ?」


 と、問い詰めた。なお、俺の背後にはユリィもいた。教室を出たところで、俺達についてきたのだった。


「何が目的って、久しぶりに会ったのに、ずいぶん人聞きの悪い聞き方してくれるじゃない」


 ティリセは俺を小ばかにしたように笑いながら言う。


「あたしの目的なんて、見ればわかるでしょ? 体験入学よ」

「はぁ? お前百超えてるくせに、いまさら学生気分かよ?」

「この学院では十五歳! そういうことになってるの! そうでしょ、ユリィ?」


 と、そこでティリセは俺の背後のユリィに視線を投げかけた。


「あ、はい……そうですね」


 ユリィはティリセの有無を言わさぬ口調に気おされたように、うなずいた。


「アル? 聞いた? ユリィはちゃんとあたしを十五歳だって認めたわよ。ウフフ」

「バッカじゃねえの」


 長命のエルフのくせに、つまんねーことで見栄張ってるんじゃねえよ。


「お前みたいなスレたババアが、いまさらこの学院に入学して何を勉強するって言うんだよ。一時間目の魔術理論Aの授業の内容だってヌルゲーだったじゃねえか。いい加減、正直に全部吐きやがれ」

「……まあ、そうね。どうせあんたには話しておかないといけないことだしね」


 と、ティリセは瞬間、目を鋭く光らせた。そして、自分の着ている制服の襟に手をかけ、引っ張った。


 直後、ティリセの服装は一変した。まるで歌舞伎の早変わりのように。制服は一瞬で脱ぎ去られ、その下から現れたのは――紺色のレオタード? そう、ティリセはキャッツアイみたいなピチピチ素材の服に身を包んでいた。


「なんだよ、その恰好?」

「見てわからない? 今のあたしは、どこからどう見ても、華麗なる女賞金稼ぎ! バウンティーハンターティリセ様よ!」

「しょ、賞金稼ぎ?」


 って、その衣装であってるのか? 確かにムチムチセクシーバディの女賞金稼ぎなら、そういう衣装でもあっているのかもしれないが、こいつロリ体型な上に金髪碧眼だし、どっちかというと忍者教室に通ってる忍者コスの外人のちびっ子みたいなんだが?


 いやでも、今考える所はそこじゃない。こいつのこういう痛いところは、昔からよく知ってるし。


 そう、コイツは今、はっきりと言いやがったのだ。「賞金稼ぎ」と。それはつまり……。


「まさかお前……ハリセン仮面の懸賞金が目当てで、この国に来たのか?」

「当然でしょ!」


 ちょ、待てぃ! 確かにコイツ、昔から金に汚いクズだけどさあ、こんな案件に釣られてホイホイ来ることないじゃない! ハリセン仮面って俺だからさあ!


「あらかじめユリィに位置発信の術をかけておいてよかったわ。おかげで、あんたたちがこの学院にいることがわかったし、迷わずまっすぐここまで来れたんだもの」

「なんだその言い方? お前、一人じゃ捕まえられそうもない相手だから、俺に協力しろって言ってるのかよ?」

「まあ、ある意味そうね」

「ある意味?」

「……あたしなりに、すでに調べはついてるのよね」


 と、ティリセはそこでユリィのほうをじっと見つめ、ややあって、何か魔術を使ったようだった。いきなり俺とティリセ二人の周りに透明のドームのようなものが現れ、その外からの音が一切聞こえなくなった。


「音を遮断する術よ。これでもう、あたし達の話はユリィには聞かれなくなったわよ」


 ティリセは何やら意地の悪そうな笑みを浮かべている。


「わざわざこんなことして、いったい何を話す気だ――」

「あんたでしょ、ハリセン仮面」

「え」

「あたしには、とっくにもうバレてんだから」

「い、いや、そのう……」


 やべえ。そういや、こいつ、エリーと同じように俺のこと昔からよく知ってたっけ。だから、当然、エリーと同じように、ハリセン仮面が俺だって気づくよな。悪知恵だけは回るやつだし。


「ち、違う。俺は断じてハリセン仮面なんかじゃない!」


 もはや必死に否定するほかなかった。


「いいから正直に罪を認めなさいよ、アル」

「な、なな何を言ってるんだい、さっきから! お前は昔の仲間であるこの俺を、極悪非道の大罪人だと決めつけているようだが、何かはっきりした証拠でもあるのかい! ないでしょ、そんなの――」

「あるけど」

「え」

「証拠なら、あたし持ってるけど」


 と、ティリセは今度は転送魔法を使ったようだった。その手の中に、突然、書類の束がどさっと現れた。


「そ、それが証拠?」

「そうよ。この内容が公になったら、あんたは終わり」


 ティリセはまたニヤリと、意地悪そうに笑った。

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