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 翌朝、目が覚めた時には、俺の体調はすっかり回復していた。


 そう、俺は勝ったのだ! ハシュシ風邪という病気にも、バッドエンド呪いにも! おおおっ! これが喜ばずにはいられようか! 生きてることって素晴らしい!


 ただ、症状が治まったとはいえ、すぐに登校できるわけではなかった。ハシュシ風邪ってのは、やっぱりやべえ病気なのだ。治ったと思ってもしばらくは周りに病気を移すおそれもあるそうで、俺はそれから五日間、部屋から一歩も出られなかった。まるで囚人だ。食事はヤギ看守が届けてくれた。


 さすがにヒマすぎるので、一人でいるあいだは、教科書を読んで魔法について勉強した。神聖魔法や無属性魔法は便利な魔法がそろっているようで、教科書の内容も面白かった。一方、呪術は、やたらとグロかったり、術に必要な生贄が生きた人間とか法的に超アウトだったりで、クソ魔法しかなさそうだった。この術、マジで人に迷惑かける以外使い道ないだろ……。


 やがて、五日たち、俺はついに部屋の外に出られることになった! ひさびさの登校だ!


「ぷはー、やっぱシャバの空気はうめえな!」


 ヤギと一緒に一年四組の教室に入った途端、思わずその場で深呼吸せずにはいられなかった。


 そんな俺に、クラスメートたちもすぐ集まってきた。


「あ、トモキ君、ひさしぶり!」

「ハシュシ風邪が治ったんだね、よかった!」

「うちの親戚の叔父さんはハシュシ風邪で死んじゃったけど、トモキ君は死ななくてよかったね!」


 そ、そうね……。ほんとマジで死ななくてよかった……。


 と、そのとき、一人の女子生徒が、そんな俺たちのところに近づいてきた。ユリィだ。


「あ、あの……本当にもう大丈夫ですか、トモキさん?」


 と、俺に声をかけたところで、クラスメートたちがいっせいにユリィのほうを見た。ニヤニヤしながら。ユリィはとたんに真っ赤になって、半歩後ずさってしまった。


 まあ、この間の魔術の実技テストで、あんなことがあったしなあ。俺たち、付き合ってると誤解されているし。


「大丈夫だよ、ユリィ。もう完全に治ってるよ」


 俺は制服の袖をまくって、腕を曲げて力こぶを作って見せてみた。元気いっぱいマッチョメンのポーズだ! 実のところ、そこまでマッチョ体型でもないが。


「そうですか! よかった!」


 ユリィはたちまち満面の笑顔になった。そして、直後、再び周りのクラスメートたちからの視線を意識して赤くなり、そそくさと向こうに逃げて行ってしまった。


「トモキ君、相変わらずユリィさんと仲がいいのねえ」

「あんなにかわいい彼女がいて、うらやましいなあ」

「やっぱりフィーオさんやレオ君とは遊びで、本命はユリィさんなのかしら?」


 と、油断していると、なんかまた外野がゴチャコチャ言ってきてるんだが? うっせーな、もう。俺はすぐにそいつらを追い払って、自分の席に着いた。


 やがて担任のリュクサンドールが教室に入ってきて、朝のホームルームが始まった。


「えーっと、今日は、このクラスに新しいお友達が来ています。紹介しますねー」


 と、リュクサンドールが教室の扉のほうに手を差し出した直後だった。そこから、一人の少女が教室に入ってきた。


 見ると、十五歳前後の少女のようだ。長い金色の髪をツンテールでまとめていて、肌は白く、目は青い。顔立ちは整っていて、そこそこかわいらしく、エルフ族なのだろう、耳はとがっている。制服を着たその体は華奢で――って、あれ、この顔、この体型、どこかで?


「お、お前なんでこんなところに!」


 俺は思わず席から立って叫ばずにはいられなかった。


 そう、俺のいるこの教室に突然入ってきたのは、レーナの街で別れて、心底せいせいしたはずのクソエルフ、ティリセだったのだから!


「あ、トモキ君のお知り合いなんですね」


 何も知らないリュクサンドールは、またのんきに言う。


「彼女はティリセ君といって、今日から三日間の体験入学でこの学院に入ったのですよ」


 体験入学? そんな制度、この学院にあったんかーい!


「彼女の種族はエルフだそうです。人間ではないんですね。あと、年齢はひゃく――」

「ちょっと、そこの不死族教師! あたしの年齢は十五歳だって、さっき廊下で打ち合わせしたでしょう!」


 ティリセはリュクサンドールの言葉を慌ててさえぎり、強くにらんだ。うーん、この声、この言葉づかい、やっぱり間違いなくあのクソエルフじゃんよ……。


「そ、そうでしたね。ティリセ君の年齢は十五歳でした。みなさんと、だいたい同じくらいですね。三日間だけのお付き合いになりますが、みなさん仲良くしてあげてくださいねー」

「そういうわけよ、よろしく」


 ティリセは俺のほうをじっと見つめ、そしてニヤリと笑った。

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