168

 それから、俺はまた一人で、ベッドの上で悶々とするだけになった。


 さすがに5%の確率で死ぬとか医者に宣言されたら、俺も悩まずにはいられなかった。今まで、どんな強敵のモンスター相手にも死の恐怖を感じたことがなかった俺が、まさか流行り病で死ぬかもしれないんですって!


 いやでも、歴史の授業で習った英雄アレクサンダー大王も、確か病気で早死にしたような気がする。悟空さもそうだ。あいつ、トランクスが未来から特効薬持ってこなきゃ、普通に死んでただろ。そう、無敵のスーパーサイヤ人だろうとコロリと逝っちゃうのが病気の怖さなのだ!


 俺のもとにも、誰かが未来から特効薬を持って来ないだろうか……。


 さすがに病気相手に剣技を使うことはできない。今はただ、5%の死のガチャから運よく生還できるよう祈るほかなかった。


 つか、そもそもなんで俺、こんな病気になったん……?


『マスター、ハシュシ風邪の潜伏期間は五日から八日ほどですヨ?』


 と、また俺の思考を勝手に読みやがったゴミ魔剣の声が頭に響いた。


『マスターの行動履歴と、その期間に接触した人間デバイス記憶メモリを可能な限りサルベージして解析したところ、モメモに向かう道中の荷馬車で感染した疑いが非常に濃厚デス』

「え、あそこで?」

『感染源はあの荷馬車の持ち主のおっさんですネー。彼自身は無症状の感染者のようで、周りにひたすら病原体をばらまくスーパースプレッダーと化していたようデス』

「あ、あいつか!」


 つか、スーパーなんちゃらってなんだよ! 下手すりゃ5%の確率で死ぬ病気を周りにばらまくとか、ただのバイオテロ兵器じゃねえか!


「まさか、あいつのせいで、俺は……」


 死ぬのか? こんなところで? まだ幸せになってないのに? そんなのって……。なんだか、考えるほどに心細くなってきて、涙目になっちゃった俺だった。マジで遺書を用意したほうがいいのかもしれない。


 と、そのとき、部屋に誰か入ってきたようだった。


「……こっちだ」


 という声は、レオのものだった。さらにもう一人、誰かいるようで、足音が二人分、こっちに近づいてくるのが聞こえた。いったい誰だろう? 俺の視界は十円玉に遮られており何も見えない。


 と、そこで、


「あの……トモキ様、大丈夫ですか?」


 こ、この聞き覚えのある声は! 俺はあわてて額の上から十円玉をどかし、顔を出した。


 すると、俺のベッドのすぐわきにはやはり、見覚えのある少女が立っていた。ユリィだ。下校してすぐここに来たのだろう、制服姿で、今はとても心配そうな顔で俺を見下ろしている。


「い、いや、まあ、大丈夫……」


 熱があるせいか、ユリィの顔を見た途端、いつも以上にどきどきしちゃう俺だった。はわわ、今日の俺、顔洗ってないし、髪もボサボサじゃないのよ。


「お、お前、女子なのに、なんで男子の寄宿舎来てるんだよ。入れないはずだろ?」

「トモキ様のお見舞いならよいと、理事長に特別に許可をいただきました」

「特別に……」


 やっぱ俺、これから死ぬかもしれないからか? だから特別に配慮してくれたのかエリー!


「いや、俺は別になんともな――」

「本当に? すごく顔色が悪いようですけど」


 ユリィは俺の額に手を当て、顔を近づけてきた。そのかわいらしい二つの黒い瞳が急に間近に迫ってきて、俺はますます体温が上がってしまった。


「まあ、すごい熱!」


 ユリィはそんな俺にびっくりしたようだった。いや、その熱はお前のせいだよ!


 と、そこで、


「トモキ、俺はこれから草むしりの仕事があるので出かける。帰りは遅くなる」


 そう言い残し、俺の返事を待たずにヤギは部屋から出て行ってしまった。


 あいつ、まさか俺たちに気を使って……?


「じゃあ、わたし、レオローンさんが帰るまで、ここにいることにします」

「え」

「トモキ様の容体が急変したら大変でしょう?」


 ユリィはやはりとても心配そうな顔をしている。俺、こいつにそんな顔されるほど、具合悪そうに見えるのかな……。


「いや、別にそこまでしなくてもいいよ。この病気はとりあえず寝てりゃいいって、医者にも言われたし」


 正直、心細かったし、ユリィに一緒にいて欲しい気持ちもあったが、やはりこんなシチュエーションはいやだった。これ以上こいつに、こんな弱っている俺を見せたくなかった。


 だが、ユリィはそんな俺の手を両手でぎゅっと握りながら、


「お願いします。わたしに看病させてください」


 と、再び俺に顔を近づけるのだった。


「わ、わかったよ……」


 さすがにそこまでされては断れない。かわいいし。手の感触も、やわらかくてあったけえし。


「ありがとうございます! わたし、せいいっぱい、トモキ様の看病します!」


 ユリィはそんな俺にやさしく微笑んだ。


 そして直後――制服を脱ぎ始めた。俺の目の前で。


「え、お前、何して……」


 俺はまた体温が急上昇するのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る