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 やがて翌日、俺たち一年四組は三時間目の魔術の授業で、実技のテストを受けることになった。


 テストは教室ではなく、専用の小さな体育館のようなところで行われた。また、一年四組だけではなく、一年三組の生徒も一緒だった。二組まとめてテストをやるらしい。


 テストのやり方は昨夜レオに聞いたとおりだった。ただ、的になる紙にファンシーな金色のドラゴンの絵が印刷されていた。あれはもしや、暴虐の黄金竜マーなんとかさんだろうか。


 テスト用のレーン?は四つあり、四人ずつ順番にテストされていった。テストにかかる時間は一セット当たり一分くらいでスピーディだった。魔法で破損した紙も、教師の魔法ですぐ元通りになった。また、陸上競技のハードルのように、紙の的は奥に向かって等間隔に五つ並んでおり、より奥の紙に魔法を当てると高評価のようだった。


 テストは出席番号順に行われていったが、結果はやはり人それぞれだった、レーン上の決まった位置に立ってもまったく魔法を発動できない者もそこそこいたし、魔法がきちんと紙の的に当たらないまま終わる者も多かった。


 しかし、ルーシアとレオは、リュクサンドールに優秀と褒められていただけのことはあり、きちんと魔法を五つの紙の的すべてに当てることができていた。ルーシアは魔法で青い炎の矢を手に出し、それをまっすぐ前に放っていた。レオは土の魔法を使ったのだろう、一瞬のうちに五つの紙の的の下から岩を出現させ、それで的を破いていた。どちらの魔法も、他の生徒のものに比べると、派手でキレがあった。教師の評価も高いようだった。なお、クラスの中で竜人族ドラゴニュートのフィーオだけは、初めからまったく魔法が使えないことが確定しているため、すみっこで見学させられていた。つか、寝てた。ちゃんと見学しろよ……。


 やがて、ユリィの番が回ってきた。普段通りなら、まったく魔法を出せずに終わるはずだが、今日の俺にはそんな無様な結果に終わらせないための秘策があった。フフ。


「先生、一ついいですか」


 と、ユリィがレーンの所定の位置に立ったところで、俺は近くの教師に声をかけた。魔術担当のアーニャ先生だ。二十代後半くらいの、栗色の髪と瞳の、きれいなお姉さんって感じの先生だ。


「なに、トモキ君?」

「俺、今まで、こいつとずっと一緒に冒険者やってたんですけど、こいつの魔法って、戦闘の時はいつも俺の武器にかけるようにしてたんですよ。付与魔術エンチャントってやつで」


 俺は懐からおもむろに小刀を取り出した。一見木製のようだが、実際は例のゴミ魔剣が形を変えたやつだった。


「ぶっちゃけ、こいつ、そういう武器にかける付与魔術エンチャント以外、ほとんど何の魔法も使えないんです。なので、今からのテストでそれを使ってもいいですか?」


 俺は小刀を掲げながらアーニャ先生に尋ねた。


「それはかまわないわ。ただ、ユリィさんの付与魔術エンチャントをその小刀に使うとして、それであの的を狙うのは誰になるのかしら?」

「それはもちろん俺ですよ」

「ユリィさんじゃなくて、トモキ君が?」

「はい。俺たち、今までそうやって戦ってきたんで。いいですよね? ね?」


 俺はずいずいっとアーニャ先生に迫った。これが却下されると、今日の計画は台無しなのだ。


「そうね。そういうスタイルでずっと戦ってきたというのなら、そのほうがやりやすいでしょうね」


 アーニャ先生は話の分かるお姉さんだった。俺の提案をにっこり笑って受け入れてくれた。よし、これならうまくいきそうだ。俺はすぐにユリィと場所を交代した。


 その一瞬、


「……本当にいいんでしょうか、トモキ様」


 ユリィがこっちをちらっと見ながら小声でささやいてきたが、俺は「いいんだよ」とだけ答えた。ユリィには、今から俺がやることは事前に話していた。


 俺がレーンの所定の位置に立つと、ユリィは打ち合わせ通り、俺の持つ小刀に何か魔法をかけるふりをした。そして、すぐに俺から離れた。


 直後、俺はその小刀を思いっきり水平に振った。そう、とても素早く、力強く、シャープに。


 バシュンッ!


 とたんに、その刀身から真空の刃が生じ、それはまっすぐ正面に飛んで、紙の的を次々破っていく!


「おおっ!」


 五つの紙の的すべてが敗れたところで、周りから歓声が上がった。へへ、どんなもんでい。


「これが、こいつが得意な風属性の付与魔術エンチャントですよ、先生!」


 俺はドヤ顔でアーニャ先生に振り返った。まあ、実際は風属性の付与魔術エンチャントなんてかかってるはずはなくて、この真空の刃は俺のハイパー剣技で、物理的に強引に出したものだった。


 そう、これはかつて俺がアルドレイとして生きていたころ、「何か俺もカッコイイ剣技が欲しいなあ。それもモテそうなやつ!」という強い気持ちで編み出した技だった。しかし、実際使ってみると、異常に腕が疲れるわりに、攻撃力がしょぼく、遠距離攻撃するなら石でも投げたほうがよっぽどマシだった上に、この技を編み出したときには、ティリセをはじめ、すでに遠距離攻撃できる仲間がそろっていたので、開発と同時に泣く泣くお蔵入りしたものだった。モテる気配もなかったし。


 まあ、そんな技でも、こういう状況なら役には立つってわけだ。高度に発達した剣技は魔法と見分けがつかない、みたいな感じで?


「なるほど、真空の刃を武器から飛ばす付与魔術エンチャントなのね」


 アーニャ先生も魔法だと認めたようだった。やった、作戦成功だ! これでユリィは、魔法が使えない子として、赤っ恥をかかずにすむぞ!


 と、思いきや、


「ただ、今の一連の動作に魔法の力は感じられなかった気がするのだけれど?」


 ぎくぅ! さすが先生、鋭いな!


「い、いや、こいつの魔力って影が薄いっていうか、基本的にミスディレクションしてるんですよ。これは、俺たち冒険者が敵に察知されないための生きる知恵なんで!」

「そうなの? まさかとは思うけれど、君が剣技で物理的に真空の刃を出したのではなくて?」

「そ、そんなこと、こんなチャチな木製の小刀でできるわけないでしょう! やろうとしたら、たちまち音速の壁にぶち当たってこわれてしまいますよ!」


 俺は小刀を掲げて必死に訴えた。そう、こういう言い訳をするために、あえてネムに、耐久度の低い木製の小刀に形を変えさせておいたのだ。どうだ、この完璧な計画!


「……そうね。確かにそんな小刀じゃ、物理的に真空の刃は出せないわね」


 アーニャ先生も、そんな俺の主張にすっかり丸め込まれたようだった。よしっ、うまくいった。これで、ユリィはもう、魔法の使えない劣等生として、みんなの前で恥ずかしい思いをすることはない――。


 と、俺がほっと胸をなでおろした、そのとき、


「ち、違います、先生! わたし、付与魔術エンチャントなんて使ってません!」


 なんと、ユリィってば、自分からネタバラシしちゃってるじゃあないか……。


「どういうことなの、トモキ君?」

「い、いや、そのう……」


 とたんに、しどろもどろになっちゃう俺だった。

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