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 その後、俺はユリィと別れ、男子用の寄宿舎の自分の部屋に戻った。ルームメイトの黒ヤギはバイトからまだ帰ってなかったが、俺が一階の食堂で夕食をすませて部屋に戻ったときには、すでにそこにいた。


「レオ、お前、晩飯は食ったのか?」


 一応、聞いてみたが、


「ああ、仕事先ですませてきた」


 予想通りの答えだった。まあ、バイト先でたらふく食ってきたんだろうな。草を……。よく見ると、黒ヤギのやつは、床に腰を落とした状態でモグモグと口を動かしてるし。あれは明らかに反芻はんすう……。


 とりあえず、俺はそんなケモノに勇者岩の修復が一応は終わったことと、修復したのは表面だけで中は割れたままなことを報告した。


「つーわけだから、レオ、お前はもうあの岩に登るなよ。また崩れるからな」

「崩れるかどうかは、登ってみないとわからんではないか」

「え」

「カプリクルス族というものは、目の前に登れそうなものがあれば、脚が勝手に動き、登ってしまうものなのだ」

「いや、だから登るなよ」

「お前たち人間の理性では、俺の野性は止められないということだ」

「だから、登るなって言ってるだろ!」


 なんだこのヤギ。理知的で紳士かと思ったら、登ることに関してはボケ老人のように話が通じないうえに頑なじゃねえか。登るなよ。


「では、こうしよう、トモキ。岩の代わりにお前の頭に登らせろ」

「今?」

「そうだ。頑健なお前の姿を見たら、また脚がムラムラしてきたのだ」

「変な言い方するなよ」

「いいから登らせろ」


 と、ヤギはそこで素早く俺の後ろに回り込んできて、背中に脚をかけて軽くジャンプし、俺の頭の上に乗ってしまった。一瞬のうちに。


「ふむ。やはりお前の頭蓋の踏み心地は最高だな。蹄からお前自身の力強さが伝わってくるようだぞ」


 ヤギは俺の頭の上で、何やら足踏みしている。人を足蹴にしながら褒めるなよ、クソヤギが。


「まあいい。これでお前はあの岩のことは諦められるんだよな?」

「どうだろうか。それは俺の眼前にあの岩が現れたときに明らかになることだ」

「ちょっと待て。話が違うぞ。あの岩に登るのを我慢する代わりに、今、俺の頭の上に乗ったんだろ、お前様は!」

「理屈としてはそうだが、それで俺の中の激しい欲望が止まる保証はどこにもないということだ」

「何それ! 俺、お前に乗られ損かよ!」


 むかついたので、そのまま部屋の窓を開け、頭の上のヤギをそこから下に投げ捨てた。二階だからけっこうな高さだが、一応はモンスターだそうだし、死にはしないだろう。そして、すぐに窓を閉め、カギをかけた。


 しかし、直後、やつは寄宿舎の壁を垂直に登って帰ってきた。そして、念力のような魔法で窓のカギを開け、普通にそこから部屋に入ってきた。なにこの野獣。リターン早すぎるんだが?


「トモキ、カプリクルス族の登攀能力と帰巣本能を甘く見てもらっては困る」

「帰巣本能て」


 いやな言い方しやがって。これじゃ、もっと遠くに捨てても帰ってくるって言ってるようなもんじゃねえか。くそ、どうして俺の周りにいるモンスターは、どいつもこいつもストーカー能力高いんだ。


「まあしかし、お前の言葉も理解できないことはない。カプリクルス族としては実に不本意だが、誓いの魔法で、お前の言うとおりにすることにしよう」


 と、レオはそこで、魔法をまた使ったようだった。たちまち、その四本の脚に光の輪のようなものが浮かび上がり、消えた。これが誓いの魔法?


「これで、俺はもうあの岩には登れなくなった。登ろうとすると四肢に激痛が走るように、今、誓いを立てたからな」


 なるほど。何かの誓いを立てるときに使う魔法なのか。破ると激痛のお仕置きをつけて。


 しかし、こんなのがすぐにできるなんて、やっぱりコイツ、ただのヤギじゃなくて、魔法が得意なモンスターなんだな。


「お前なら、明日の魔法の実技のテストでもうまいことやるんだろうなあ」


 ふと、目の前の魔法使いのケモノがうらやましくなり、つぶやいた。俺ってば、魔力は普通にあるらしいが、まだ何の魔法も使えてないし。ユリィだって、あんな暗い顔してたしなあ。


「なあ、レオ、魔法の実技のテストって具体的にどんなことをするんだ?」

「何、俺たちはまだ一年だ。そう難しいことは要求されない。聞くところによると、遠く離れた紙の的に、なんらかの魔法を当てればいいそうだ」

「なんらかの魔法か……なんでもいいのか?」

「ああ。魔法として効果が認められるものなら、炎を出すのも、風を吹かせるのも自由だ。何かの物体を魔法で動かして的に当てるのもよしとされている」

「ようは魔法で遠距離攻撃できればいいってわけか」

「そうだ。なんらかの武器に付与魔術エンチャントを使って、その効果を紙の的にぶつけるのもいいらしい」

「へえ、武器の使用もありなのか。自由だな」


 まあ確かに、武器にかける付与魔術エンチャントには、火や電撃を飛ばせるようになるものもあるからなあ。


 と、そこで、俺ははっと思い出した。かつて、アルドレイとして生きていたころに編み出した剣技があったことを。そう、編み出したものの使い勝手が微妙だったため、すぐに封印したやつだ。


「なあ、レオ。武器の使用が自由ってことは、テストの時には自分で好きな武器を持ち込めるってことか?」

「ああ」

「そっか。だったら……」


 魔法を使えないのをごまかすことができるかもな? 左手の袖の下の籠手をさすりながら、俺はさっそく明日のプランを考えた。

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