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その後、何かの役に立つかなとトロルたちの足首の金属の輪をいくつか回収したのち、俺たちはそのままそこで一夜を過ごした。そして、夜明けとともに再び出発した。
やがて、昼過ぎ、俺たちは街道沿いにあった小さな廃村で休憩した。もう何十年も人が住んでなさそうな雰囲気で、朽ちかけた建物の壁には、ところどころ焼け焦げた跡があった。
「戦争にでも巻き込まれて、村人は全員死んじまったのかな?」
荷馬車から降り、周りを見回しながら俺がそうつぶやくと、ユリィは「やめてください、そういう話……」と、肩をすくませながら言った。怖い話は苦手なようだ。俺は笑った。
「そんなに怖がらなくても。もし、村人が化けて出てきても、俺が叩っ斬ってやるからさ」
「お化けは斬れないでしょう」
「ああ、そうだな。言われてみれば……」
物理攻撃通用しない相手には戦いようがないな、俺? なんとかデインとか勇者魔法が使えればよかったのにな。物理全振りでレベルカンストだしなあ。
「まあ、いざってときには魔法使いユリィ様がなんとかしてくれるだろ。頼りにしてるぜ?」
「い、いや、わたしはそんな……」
と、困惑しつつも、ちょっとうれしそうなユリィだった。はは、意外と単純なヤツだぜ。
と、そのとき――俺は何か不穏な気配を感じた。
「まさか本当に村人のお化けか?」
俺はすぐに気配を感じたほうに振り返った。そこにはやはり、朽ちかけた建物があったが、その中に、複数のうごめく影が見えた。大きさは子供くらいだろうか。みな、昨晩のトロルと同様に、暗闇の中、目を赤く光らせてこちらを凝視しているようだ。
「お化けじゃねえな。ありゃ、ゴブリンか?」
そう、子供くらいの背丈の悪鬼。亜人モンスターだ。
「まあ、友好的な空気じゃなさそうだし、とりあえず掃除しておくか。フィーオ、今度はお前も手伝えよ」
「はーい!」
俺とフィーオはそれぞれの武器を携えつつ、すぐにそのゴブリンたちの潜む建物のほうに向かった――と、その瞬間、ゴブリンたちも建物の中から飛び出してきた。その目つきはゆうべ対峙したトロルと同じように殺気走っており、それぞれの足首には金属製の輪がついているのも確認できた。
なるほど、謎の魔改造トロルの次は謎の魔改造ゴブリンか――俺はすぐにゴミ魔剣を鞘から抜いた。それは俺の手の中ですぐにバールのようなものに形を変えた。
しかし、俺がゴブリンたちに迫る寸前、
「君! あぶない! さがって!」
そんな声が聞こえたかと思うと、俺の真横から、いきなり一人の男が飛び出してきた。俺とゴブリンの群れの間に割り込む形で。
「彼らは普通の武器では倒せない! アンデッドだからね! 僕がなんとかするから、君はそのすきに女の子たちを連れて逃げなさい!」
男は見た感じ三十代なかばくらいだった。長身細身で、白く長い髪をしており、とても端正な顔立ちをしていた。瞳の色は金色で、肌の色は白皙――というより、死体みたいな血の気のない白さだった。丸い眼鏡をかけていて、つばの広い帽子をかぶっており、その長身の体は裾の長い赤いコートに包まれている。
「あ、あんたは、いったい?」
「自己紹介はあとだ! えーっと……」
と、男はそこでいきなりコートの懐から分厚い辞書みたいなものを取り出し、ぺらぺらとめくりはじめた。すぐ目の前に殺意の波動に目覚めたゴブリンの群れが迫っているというのに。
「あ、あった! アンデッド操作術式! これなら、僕も使え――」
と、男が辞書の中から何か発見した瞬間だった。ゴブリンたちが、いっせいにその長身細身の体に襲い掛かった!
「うわああっ!」
その体はあっという間にゴブリンたちにもみくちゃにされたようだった。さながら、ゴブリンたちは、オオスズメバチを熱で殺そうとするニホンミツバチのように、いっせいに男に覆いかぶさっており、もはやゴブリンの体以外何も見えない。男のものらしい血しぶきだけが、ゴブリンたちの四肢の間から時折噴出している。
な、なんだこの状況……。
謎の優男の、唐突な当たり前の即死に思わず呆然としてしまう俺だった。あの人、何しにここに来たん? 人を助けるふりしていきなり殺されてるし、魔改造ゴブリンをアンデッド呼ばわりとかも全然意味わからんし!
「トモキ様、早くあの男の人を助けないと!」
後ろからユリィの叫ぶ声が聞こえた。
「助けるって、もう手遅れだろ、これ――」
「あ、そういうことなら、アタイにまかせてー」
と、俺より少し背後にいたフィーオは、そこからいきなり矢を次々と撃った。謎の優男を飲み込んだゴブリン球に向かって。
矢は俺の体には当たることなく、正確にゴブリン球に命中し続けた。矢を食らったゴブリンたちは絶命し、次々と下に落ちて、動かなくなっていく。
そして、すべてのゴブリンが倒れ、ゴブリン球が崩壊したとき、そこから現れたのは、体中に矢がぶっささった優男の体だった……って、あれ? あれあれ?
「助けるどころか、思いっきりトドメ刺してねえか、これ……」
フィーオが射撃を始めた時点で、すでに手遅れだったとはいえ、さすがに死体蹴りすぎる!
「ま、まあ、もとはといえば、こいつが突然飛び出してきたのが悪いよな? 成仏しろよ?」
とりあえず卒塔婆のように矢が大量に刺さったその死体に手を合わせた。なむなむ。
と、しかし、そこで、
「あ、いや、僕はこれぐらいでは成仏はできないので……」
なんと、その死体、起き上がって動いた! 血まみれで矢も大量に刺さっているというのに。
「今ので死んでないってどういうことだよ、おっさん」
「いや、ちゃんと死にましたよ、何回か」
「え」
「死んでも自動で生き返っちゃうだけなんですよ。そういう種族といいますか、いわゆる一つのアンデッド系?」
「アンデッド……系?」
「はい。人間と吸血鬼のハーフなんで、完全なアンデッドじゃないんですね。半生ぐらいの?」
男は体に刺さった矢を抜きながら、実に適当な感じで言う。
と、そこで、
「人間と吸血鬼のハーフって、もしかして!」
ユリィがはっとして叫んだ。
「もしやあなたが、リュクサンドールさんですか?」
「はい、僕がそうですが……?」
謎の優男、こと、リュクサンドールは、ユリィの問いかけにも実に適当な感じでうなずいた。
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