82

「と、とにかく、早く呪いの専門家とやらに会いに行こうぜ!」


 俺はユリィのローブの袖を引っ張って、広場から連れ出した。そして、そのまま早足で街の門のほうへ向かった。今はとにかく、誤解の元凶の前から去ろう! ちょうど、お尋ね者にもなっちまったしな!


「あー、トモちん、待ってってばー」


 と、またしても後ろから声が聞こえてるわけだが……。


「ねーねー、トモちんたちは、これからこの街を出るの? だったら、アタイと一緒に行こうよー」


 フィーオはしかし、俺の気持ちなどまったく察していないようで、相変わらず能天気そのものだ。


「いや、お前には仲間がいたはずだろ? そいつらのところに帰れよ」


 そうそう、酒場で群れてたもんな、確か。


「ああ、冒険者パーティーなら、昨日でもう解散だよー。傭兵の仕事もなくなっちゃったし、みんな、これから実家に帰るってー」

「そ、そう……」


 よかった。ハリセン仮面は見事にあいつらの再就職を阻止できたようだ――じゃ、ねえっ! グループとしての仕事がなくなったせいで、この大女、ソロになって、俺に付きまとってんじゃねえか、クソが!


「まあ、お前もこれから一人で大変だろうけど、達者でやれよ?」


 俺は言葉の限りフィーオを突き放すが、


「うん、達者でやりながら、トモちんたちと一緒に行くー」


 この大女、やはり空気の読めなさが異常だ。


「いや、俺たち二人でパーティーとしては完成形だから。お前の入る余地なんて一ミリもないんだが?」

「えー、なんで? トモちんとアタイ、秘密同盟じゃん?」

「う……」

「これからも一緒に秘密守っていこうよー」


 フィーオはにっこり俺に笑いかけながら言う。実に無邪気な笑顔だが……脅迫にも感じられる俺だった。だって、この女、ここでリリースしたら、どこかの誰かにハリセン仮面の正体ばらすだろ、ほぼ間違いなく!


「そ、そうだな……。旅ってのは仲間が多いほうがいいよな……」

「だよねー! わーい!」


 フィーオははしゃぎ、俺にまた抱きついてきた。めりめり。うーん、この女、やっぱり力加減がおかしい……、


「ほ、本当に、お二人は仲がいいんですね……」


 気が付くと、ユリィが、三メートルぐらい離れたところからそんな俺たちを見ていた。


「フィーオさん、でしたっけ? はじめまして、わたし、ユリィと言います。これからトモキ様と一緒に旅をすることになったんですよね? どうぞ、よろしくお願いします……」


 とは言うものの、ユリィの態度はかつてないほどよそよそしかった。ちくしょう、また何か誤解されてる!


「うん、よろしく。ユリィー」


 フィーオは当然、何も感じちゃいないようだったが。


「ユリィ、聞いてくれ! こいつとは本当に昨日会ったばかりで――」

「いえ、いいんです。お二人が秘密の関係で、こんな人目の多いところでも気軽に抱き合う間柄なのはよくわかりましたから……」

「い、いや、それはそのう!」


 それは確かにその通りでござるん……。


「いやでも、秘密の関係って言ったって、たぶんお前が想像してるようなのとは違うぜ?」

「そうなんですか? じゃあ、いったいどんな?」

「え、えっと――」


 瞬間、俺は絶句してしまった。おそらくはエロい関係だと誤解されているはずだが、実際のところはテロい関係なのだ。そう、二人でエロ行為ではなくテロ行為に及んでいたという……。こ、これ、正直に説明したら、俺、めっちゃユリィに軽蔑されない? 幻滅されない? だって、ユリィは間違いなく、伝説の勇者様たる俺をリスペクトしてるはずだもの。それなのに、あんなことやらかしちゃうって……ねえ?


「やっぱり、わたしには言えないようなことしてるんじゃないですか!」


 と、ユリィは俺が黙っていると、むっとしたように頬をふくらませ、ぷいっと俺から顔をそらしてしまった。はわわ……今度は怒らせちゃったみたいだ、どうしよう! 怒った顔もかわいいけど、このまま嫌われちゃうのはやだあ!


「そ、そんなことより、これから会いに行くっていう呪いの専門家について教えてくれよ!」


 そうだ、ここは話題を変えるしかない!


「その専門家とやらはどこにいるんだ?」

「……ここからそう遠くない場所です」


 ユリィはやはり不機嫌そうだ。俺から顔をそむけたまま言う。


「そうか。この街じゃないことは確かなんだよな?」

「はい」

「この国でもない?」

「はい」


 そうか。とりあえず、このロザンヌ公国は出るんだな。俺はほっとした。なんせ、俺、この国では二千万ゴンスの賞金首になっちまったからな。こんな国はとっとと出ないと。


「こっからそう遠くないんだよな? 何日ぐらいで着くんだ?」

「隣の国ですから、一週間もかからないはずです」

「え、隣の国?」

「はい、その方は聖ドノヴォン帝国の帝都、モメモにいらっしゃいます」

「そ、そう……ドノヴォンの帝都ね……」


 やべえ。よりによって、俺がやらかしたもう一つの国じゃねえか、そこ!


「そっかー、アタイたち、これからモメモってとこに行くんだね☆」


 ハリセン仮面の共犯者のはずの大女は、やはり能天気そのものだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る