80

 フィーオと別れた時には、すでに日は暮れかかっていた。俺はそのまままっすぐ、ユリィの待っている宿屋に戻った。今日は一日いろいろ……本当にいろいろあったので、俺はすっかり空腹だった。早く晩メシにしたかった。


 しかし、宿屋の自分の部屋のところに戻って、頭から覆面スカーフを取り、昼間のあやまちを繰り返さないように廊下から扉をノックしたところで、


「ああ、トモキ様! よかった!」


 何やら、ユリィが血相を変えて中から飛び出してきた。


 そして、


「ご無事ですか? どこも悪くなっていませんか?」


 思いっきり俺に顔を近づけて、尋ねてきた。


「な、なんだよ、いきなり?」


 相変わらずかわいいんだが、急に心配されて意味がわからん俺だった。


「俺は別にどこも悪くなってないが……」


 悪いことならしてたけどなー。


「本当に? トモキ様は、すごく悪い呪いにかかったのだと聞きましたけど?」

「え」

「ついさっき、お師匠様から魔法の通信で連絡があったんです」


 なんと、あの女、もう俺の呪いのことを弟子にばらしてやがる! 呪いに守秘義務とかねーのかよ!


「まあ、呪われてることは間違いないみたいだけど、急に死ぬようなもんでもないから――」

「そうですか……。よかったです」


 と、ユリィはほっとしたのか、いきなり俺にもたれかかってきた。うおっ、なんかめっちゃいいにおいするし、あったけえし、やわらけえ! いきなり幸せ過ぎて殺されそうになる俺だった。この場合、比喩じゃなくてガチで死ぬからね、俺?


「と、とにかく、ここじゃアレだから、部屋に入って話そ?」


 せいいっぱい冷静ぶってそう言うと、いったんユリィから離れて、一緒に室内に入った。


「ところでお前、俺の呪いについて、お師匠さんからどんなふうに聞いてるんだ?」


 お互いにそれぞれのベッドに腰かけ、向かい合ったところで、俺は開口一番に尋ねた。


「はい。お師匠様がおっしゃるには、あの暴虐の黄金竜マーハティカティによる、それはもう絶望的な呪いだと……」

「そんだけ?」

「はい」

「そ、そう……」


 俺はほっとする気持ちだった。さすがにユリィには「幸せ過ぎたら死ぬ呪い」とは知られたくなかった。なぜなら、それを真面目なユリィが知ったら、きっと俺がバッドエンド呪いで死に至るような、「トモキ様の人生の幸せ」について、真剣に考え始めるに決まってるのだ。俺を死なせないように、と。そして、その真摯な追求の過程で、おのずと、俺のユリィに対する気持ちはモロばれになり……って、そんなの恥ずかしすぎるに決まってるだろ!


「本当に、すぐに死ぬような呪いではないのですか?」


 ユリィはやはり心配そうな顔で俺を見つめる。


「死なないにしても、すごく苦しかったり、辛かったりしませんか? わたしにできることがあるなら、なんでもおっしゃってください。たいしたことはできませんが、それでもできるかぎり、トモキ様の力になりたいです」


 と、ユリィはそこで立ち上がり、いきなり俺の隣に腰かけた。そして、俺の手を、またいきなりぎゅっとつかんで、そのまま顔を近づけてきた。


「い、いや、俺は大丈夫だから……」


 そのあたたかい手の感触と、かわらしい顔の急接近に、俺はまたしてもドキドキしてしょうがなかった。なんなの、この子、さっきから? めっちゃ距離近くない? 部屋入ってわざわざ距離取ったのに、あえてまた近づいてくるとか、どういうことなの? つか、今日の朝から俺たち、妙に親密だよな? おかしいよな、俺たち別に、恋人として付き合ってるとかじゃないよな……。


「ま、まあ、そんなに心配することでもないと思うぜ? ずっと呪われたままとも限らんだろ。そのうち呪いが解けるかもしれんし……」

「あ、そうでした! そのことで、わたし、お師匠様から伝言を預かっていたんです」

「伝言? なんだよ?」

「お師匠様のお知り合いに、呪いにものすごく詳しい専門家がいらっしゃるそうなんです。なので呪いを解くために、これからすぐに、その人のところを訪ねなさい、と」

「なるほど。餅は餅屋ってわけか」


 あの女の知り合いなら、確かに頼りにはなりそうだ。


「じゃあ、ユリィ。さっそく明日にでもこの街を発って、その専門家とやらのところに行こうぜ」

「そうですね」


 俺たちはうなずきあった。


 そして、俺たちはその夜は、ごく普通に、今まで通りの空気のまま過ごして終わった。そう、朝から妙に俺に対して距離が近かったユリィだったが、そのあとは、普通に俺と一緒に晩飯を食べて、普通に俺の隣のベッドで寝やがっただけだったのだ。色っぽい空気なんぞ、なんもなし! ユリィの寝つきもめっちゃ良好! 俺はユリィの隣でそわそわした気持ちで、なかなか眠れなかったのにさ……。


 こいつ、俺のことどう思ってるんだろう?


 ベッドの中で、さすがに隣で眠る少女について考えずにはいられなかった。出会ったばかりの頃も、俺はこんなふうにユリィの隣で、その寝息を聞いていたような気がする。


 思えば、最初からユリィは俺に対しては無防備だったし、何かにつけ、俺を頼りにしているような感じではあった。それはきっと俺が勇者アルドレイの生まれ変わりだと知っていたからだろう。だから、ただただ純粋に、俺を尊敬していたんだろう。


 しかし、あれからいろいろあった。今はどうだろう? ユリィが俺のことを慕っているような雰囲気は感じるが、それが依然として伝説の勇者様への敬意によるものなのか、あるいは、俺を一人の男として意識しているがゆえのものなのかは、わからん。まったくわからん! 女心というのは、やっぱり昔から俺にとっては超苦手分野なのだ。


 ただ、もし仮に――仮に、ユリィが俺のことを男として好きでいてくれても、今は、俺たちは関係を深めるわけにはいかないんだよな……。


 そう考えると、俺はとたんに胸が苦しくなった。やはりなんとしても、この呪われ体質とおさらばしなくては! そう、せっかく生まれ変わったんだし、今度こそ、俺はハッピーエンドな人生を迎えるんだいっ!

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