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「え、各地のアルドレイの遺品が魔物に狙われてる?」


 それはまさに、寝耳に水の話だった。


「そうよ。なぜだかわからないけど、アルドレイゆかりのアイテムを持つ人間が魔物に襲われる事件が多発してるみたいなのよ。だから、ここの街の領主も、近いうちに手放すつもりなのね。もちろん、魔物に襲われるいわくつきのアイテムだってことは秘密にしてね」

「まあ、そんなことが公になったらオークションに出品できなくなるしな……」


 ニセモノだったけどな!


「にしても、ティリセ様、すごいです。そんな秘密の情報を半日足らずで入手してるなんて」

「別に。豪華な剣って聞いたから、実際、盗んだとして、いくらぐらいでさばけるものなのか、この街の盗賊ギルドに聞きに行っただけよ。そしたら、そこでは、下っ端の雑用係ですら知ってることだったわ。アルドレイ関連、全面取引禁止って通達の張り紙もあったわねえ」

「そ、そうか、元盗賊様は、そういうところに顔が利くのか……」


 というか、実際高値で売れそうだったら盗む気マンマンだったよね、君のその行動?


「でも、なんで、智樹様が昔使っていたアイテムを魔物が狙っているんでしょう?」


 ユリィは首をかしげる。確かに妙な話だ。


「ま、いずれにしても、この街の剣とは無関係の話だな。ありゃ、真っ赤なニセモノだしな」

「そうでもないわよ。魔物がニセモノだって判断できるわけないんだから。実際、ついこのあいだ狙われたアイテムは、『アルドレイが生前使っていた手鏡』だったわ」

「え? 手鏡なんて俺使ってなかったけど?」

「そうよね。そんなリア充アイテム、童貞のあんたが持ってるわけないわ。つまり、それはニセモノ。そして、それが狙われたって事は、魔物にとって遺品の真贋は関係ないってことなのよ」

「お、おう……」


 話はわかりやすいが、どさくさに俺をけなすのやめてくれないかな、このクソエルフ。


「じゃあ、この街にも、あの智樹様の剣のニセモノを狙って、魔物が来るかもしれないってことでしょうか」

「そうだな。鉢合わせると面倒なことになりそうだ。とっととこんな街出ようぜ」


 球も直せないポンコツ職人しかいないしな。


「そうね。稼げるネタでもないし、明日朝一番に出発しましょ」


 ティリセも俺の言葉に賛同した。


 だが、その翌朝――。


「おい、てめえら、いつまで寝てんだよ!」


 女神の後れ毛亭の二階、ティリセたちの部屋の前で扉を蹴り飛ばしている俺の姿があった。女ども二人は、ゆうべはまた遅くまで飲んでいたらしい。そして、その反動で、今朝は超絶寝坊しやがっている。もう太陽がだいぶ高くなっている時間だというのに。


「……うっさいわね。もう少し寝かせなさいよ」


 やがて、ティリセがネグリジェ一枚の格好で出てきた。普通なら眼福と言いたいところだが、こいつは貧乳で貧相な体つきだし、今は寝起きで髪はぼっさぼさだし、口の端にヨダレの跡がついてるしで、見てもいらだち以外何も感じなかった。


「早く着替えろ。あと顔も洗え。すぐにここを出るぞ」


 俺は部屋に入り、窓を開けた。明るい日差しがいっぱいに部屋に入ってきた。近くのベッドでは、ユリィがシーツの束を抱きしめながらぐうぐう寝ている。お前も早く起きろ。


「何急いでんのよ。童貞でせっかちとか、マジ終わってない、アンタ?」

「てめえ、昨日俺にした話忘れたのかよ?」

「話って……なんだっけ?」

「俺の遺品に関わる面倒事のことだよ! 自分で言って忘れんな!」


 俺はそこで、ユリィのベッドに近づき、彼女が抱きしめているシーツの束を取り上げた。「ほわぁ?」と、そこで、ユリィもようやく目覚めたようだった。おせーよ。


「ああ、そんなことあったわねえ。でも、別に急ぐ必要ないんじゃないの。この街に魔物が来るとはまだ決まってないんだし」


 ティリセは寝ぼけ眼のまま、窓に近づき、外の景色を見た。


「ほら、街は今日も平和じゃん? いい天気じゃん?」


 確かに、窓の外は雲ひとつない青空と、昨日と変わらない平和な街の風景があった。


 あった――が、


「あれ? なんか飛んでる?」


 ふと、ティリセは眉を寄せた。なんだろう、俺も窓に近づき、その視線の先を追った。確かに、上空に何か飛んでいる。しかも、シルエットは鳥じゃない。あれは……。


「悪魔系モンスターじゃん。それも結構上位のやつね」


 ティリセはあくびをしながら言った。


「え、上位のやつ? でもなんか、街に降りてきてないか?」


 というか、その向かっている方向はどう見ても領主の館だった。そう、俺の剣 (ニセモノ)が飾ってある……。


「やばいだろ、アレ。あそこには人がゴミのようにたくさんいるってのに」

「別に放置でいいでしょ。魔物に襲われるほうが悪いわ」


 ティリセは相変わらず眠たげで、実にどうでもいい感じだ。


「よかねえよ! あそこにいるの、ほとんど一般人だぞ! しかも、過去の俺のファンじゃねえか!(ここかなり重要)」

「じゃあ、あんた一人で行けば?」

「ああ。だが、今から行って間に合うかどうか――」


 俺はちらっと、これ見よがしにちらっと、ティリセの顔を見た。そして、「こういうとき、速く移動できる魔法があればなあ」と独り言をつぶやいた。あくまで独り言な!


「ちっ、いちいち世話のかかるやつね。ここに立ちなさい」


 ティリセはいかにもめんどくさそうに窓枠を指差した。俺はすぐにそこに飛び乗った。


「あんたをあそこまで飛ばすわよ。あとは自分でなんとかしなさい」

「おうよ!」

「じゃあ、がんばってね」


 ぽん、と、ティリセは俺の背中を軽く叩いた。


 そして、その瞬間、俺の体はすさまじい速さで、窓から射出された!


「ぎゃああああっ!」


 なんだよこの魔法! 明らかに人間の移動に使う魔法じゃないんですけど! まるで人間ロケットなんですけど! 俺は悲鳴とともに、領主の館にぶっ飛ばされた。

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