6

 その後、食事をすませた俺は一人で二階の部屋に戻った。当然、女子二人とは別の部屋、俺専用の個室だ。といっても、現代日本のホテルに比べると質素なもので、大きなベッドがひとつと、最低限の家具だけだ。ネットに接続されたパソコンやテレビぐらいあってもいいのになあ。


 まあ、それは帰ってからのお楽しみでいいか。すぐに帰れるみたいだしな……。ベッドに寝転がり、ぼんやりと自分の元いた世界を思い出した。あの、買ったばかりのゲームもまだクリアしてないし、チェックしてるアニメの続きだって見なくちゃな。楽しみだ。


 しかし、本当にこのまま帰っていいのか、ひどくもやもやした気持ちもあった。このままだと、確実にユリィはティリセのカモにされる。世界を救うどころか、あいつに金を奪われ、捨てられる。いや、捨てられるだけならまだいいが、下手をすると身包みはがされどこかに売り飛ばされるかも知れない。俺の知っているティリセならやりかねない。あいつは本当にクズなのだ。それに何より、ユリィはあの通り、世間知らずで非力なただの女の子だ。もしそんなことになったら、何の抵抗も出来ずにドナドナされてしまうだろう。うーん、ドナドナ……。かわいい子牛、売られてゆくよ……。考えるほどに、もんもんとしてしまう俺だった。


 と、そこで、コンコン、と、誰かが俺の部屋のドアをノックした。


「あの、智樹様、お話が……」


 ユリィだった。いまさら何の用だろう。というか、まだ一階でティリセと飲み食いしてるんじゃなかったのか。とりあえず、ドアを開け、ユリィを部屋に招きいれた。まだ少し酒が残っているようだったが、だいぶしっかりした目つきに戻っていた。


「何だよ、急に?」

「そ、そのう……、わたし、実は大変なことをしでかしてしまいまして……」


 ユリィはなんだかとても気まずそうにうつむいた。


「何をやらかしたんだよ?」

「わ、わざとではないのです! それは信じてください!」

「だから、何のことか、ちゃんと説明しろ」

「……これです」


 と、ユリィはローブの袂から何かを取り出した。見ると、それは、あの、召喚の球というやつだった。そう、俺をこちらの世界に拉致したマジックアイテムだ。だが、今はその真ん中に大きな亀裂が入っている……。


「なんで割れてんだ、これ?」

「す、すみません! わたしのせいなんです!」


 ぺこぺこ。ユリィはとたんに、猛烈な勢いで頭を下げた。繰り返し、何度も。


「わたし、ローブの破れたところを修繕するときに、これを部屋のテーブルの上に置いていたんです。それで、作業が終わったら、そのまま部屋を出たんですが、さっき戻ったら、これがテーブルの下に落ちていて……割れていて……。わ、わたしの置き方が悪かったんです! 本当にごめんなさい!」

「じゃあ、これを使って俺が元の世界に帰れるって話は?」

「は、はい。すぐというわけにはいかなくなりました……」

「……なんだよ、それ」


 たちまち、体から力がどっと抜けた。怒るべきなんだろうが、今はなぜかほっとした気持ちだった。


「すみません、本当に! すぐに直して、帰れるようにしますから!」

「え? すぐに直せるのか、それ?」

「ええと……腕のいい魔化職人に頼めば、すぐに……」

「そんなやつ、どこにいるんだ?」

「お、お師匠様ならきっとそういう方を紹介してくれると思うんです」

「結局、一ヶ月近くかけて、お前の師匠のところに行かなくちゃならねえのかよ」

「す、すみません! 本当にすみません!」


 ユリィはまたしても猛烈な勢いで頭を下げ始めた。「いいよ、もう」さすがに見ちゃいられないので、それを止めた。


「お前に死ぬほど謝られても、球が直るわけじゃないしな。それに、わざとじゃないんだろ」


 テーブルの上に置いていたといっても、こんな村の家具じゃな。手作りだろうし、たぶん微妙に斜めだったんだろう。そりゃ、丸い球なら転がって落ちるわな。


「それに、正直言うと、すぐ帰っていいものか、ちょっと迷うところもあったしな」

「本当ですか。もしかして、昔の記憶が戻ったことで、再びあの竜を倒したいというお気持ちに――」

「いや、そこまでは」


 あわてて首を振った。


「前にも言ったろ。俺はこの世界の人間に一度、殺されたんだ。だから、この世界の人間のために戦う義理はない。ただ、アルドレイとして生きた世界を懐かしく思う気持ちはあるんだよ。それに、なんであのとき姫に刺されたか、理由もわからないしな。せっかく戻ってきたんだし、それを突き止めてから元の世界に戻るのも悪くないかと思ってさ」

「なるほど。そうですね。確かに気になる話です。ミステリーです」


 ユリィは納得したようにうんうんとうなずいた。しかし、実のところ、俺は自分が殺された理由なんてもうどうでもよかった。本当は、ユリィのことがちょっと、あくまでほんのちょっと心配だから、ティリセに食い物にされないように見張っていたかっただけだった。


「だから、しばらくはこのままお前たちと一緒に旅をすることにするよ。道中で球を直せる職人も見つかるかもしれないしな」

「まあ、それはとても心強いです。ありがとうございます!」


 ユリィはたちまち満面の笑顔になった。さっきまで泣きそうな顔になってたのになあ。ついでに、酔った勢いで俺のこと「いらない子」とか言ってやがったクセに。豹変振りにちょっと吹き出してしまった。


 それから彼女は割れた球を持って自分の部屋に戻っていった。聞くと、ティリセはまだ下で飲んでいるということだった。俺はユリィと別れると、すぐに一階のバーに戻った。そして、一人でまだガンガン飲みまくっている金髪ツインテールのエルフの少女に「おい」と声をかけた。


「なーに、アル? あんたも飲みたいの?」

「いや、酒はいい。それよりさっきの話だ」

「さっきの話って……なんだっけ?」


 ティリセはとろんとした目つきのまま、首をかしげた。「召喚の球の話だよ、この酔っ払いめ」俺はちょっとむっとしながら言った。


「俺はもう、当分自分の世界には戻らないことにした。だから、あの球に魔力を込めなくていいぞ」

「え、何それ? 急にどういう心境よ?」

「いいだろ、別に」

「あ、そっか。あんたもあの子のお金が目当てなんでしょ?」

「お前と一緒にするな!」


 やっぱりこいつ、ユリィの金目当てで適当なこと言ってただけだったんだな。今の発言でよーくわかった。すぐに帰らなくて正解だったようだ。(まあ、実際すぐに帰れないんだがな!)


「そういうわけだから、じゃあな」


 俺はそれだけ言うと、すぐにティリセの前から去り、自分の部屋に戻った。

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