5

 さて、エルダーリッチが倒されたおかげで、村には平和が戻った。正気に戻った村人たちは、俺たちを村を救った英雄として褒め称え、感謝した。洗脳されてるときも、うすらぼんやり記憶はあったらしい。俺たちは村で一番豪華と思われる宿 (それでもわりとしょぼい)に案内され、その一階のバーで夕食をご馳走になった。給仕には、村で一番の綺麗どころと思われる美女たち(それでもわりと以下略)がついた。


「あ、お姉さん、エールのおかわり、いいかしら?」


 ティリセは歓待を受け、上機嫌で酒をがぶがぶ飲んでいた。ツマミはヤドリギコウモリの丸焼きだ。このルーンブリーデル大陸に広く生息する、樹液を吸って生きるコウモリで、宿木のように枝にぶらさがることからこの名前がついてる。珍味として食用にされている。


「お前、僧侶のくせにそんなに飲んでいいのか?」

「何よ、別にお酒はタブーじゃないし」

「いや、確か、クロイツェ教は節制をモットーにする宗教だろ?」


 そう、ティリセが今コスプレしてなりきってるのは、その僧侶だった。いくつか宗派があり、派閥争いのようなものはあるものの、この大陸ではもっともメジャーな宗教だった。


「わかってるわよ、だからほどほどにしてるじゃない」


 すっかり酔いが回った赤ら顔でにへーとだらしなく笑って言う。どこが、ほどほどだ?


 と、そこで、2階の部屋にずっとこもっていたユリィが俺たちのところにやってきた。


「あ、あの、どうですか? 変じゃないですか?」


 ユリィは俺たちの目の前で軽く一回転して、まとっているローブを見せた。エルダーリッチに無残に破かれたはずのそれは、今は綺麗に修繕されていて、縫い目を隠すためのファンシーなネコのアップリケまでついている。


 そう、ティリセが酒をがぶ飲みしている間、こいつは部屋でローブを縫って直していたのだった。


「うわ、すごーい。綺麗に直ってるぅー」


 ティリセは手をぱちぱち叩いて大げさに褒め称えた。うーん、実に酔っ払いのていだ。


「確かに綺麗に直ってるけど、ローブぐらい、ここで新しいの買ってもよかったんじゃないか?」

「だめです。これはお師匠様にいただいた大切なものなんですから」


 きりっと、生真面目な顔になってユリィは言う。


「お師匠様? ユリィ、あなた何か勉強しているの?」

「はい。魔法使いの修行を少々……」

「え、うそ? あなたから全然魔法の力を感じないんだけど? ただの一般人にしか見えないんだけど?」

「そ、それは――」


 ユリィはショックを受けたようだった。真っ青になり、テーブルに手をついて、前かがみにうつむいてしまった。「バカ、言い方がストレートすぎるだろ!」とりあえず、目の前の無礼な酔っ払いを叱責した。


「ティリセ、お前だって人のこといえないだろ。僧侶のクセに、神聖さのカケラもねえ」

「そりゃ、あたしはまだ僧侶になって日が浅いしぃ」

「じゃあ、こいつもそうなんだよ! まだ魔法使いになりたてで、力が全然目覚めてないんだよ! な? そうだよな、ユリィ?」

「いえ、修行を始めて三年目になりますが……」

「え」

「へえ、けっこうやってるんじゃん」

「い、いや、その! 桃栗三年柿八年だから! この子は柿のほうだから! あと、五年くらい待ってあげよう、な?」

「いいんです、智樹様。わたしのことは、わたしが一番よくわかっています……」


 ユリィは涙目で顔を上げ、ふと、やけくそになったように、近くのエールのジョッキを手に取り、一気に中身を飲み干した。


「ふう」


 酒には強くないのだろう、一杯飲んだだけで、顔がほんのり赤くなり、いい感じに出来上がってしまったようだった。そのまま、どかっと、開いた席に座った。


「どーせ、わたしは、使えない女ですよう……」


 しかも、泣き上戸入ってた。涙目でグチグチ語り始めた。うわ、めんどくさ!


「とにかく、今は飲めよ。な?」

「飲んでる場合ですか! こうしている間にもこの世界は……世界は滅んで……うう」


 いや、飲みながら言うことじゃないだろ、それ。ついでに泣くな。


「へえ。もしかして、アル達は、これからあの竜を倒しに行くところなの?」

「いや、こいつはそのつもりで俺をこの世界に拉致したんだけど、俺は全然その気ないから。速攻帰るつもりだから」

「帰るってどうやって?」

「それはだな……」


 ごにょごにょ。ユリィの師匠の話など、細かい事情を話した。


「ふうん。なるほどね。この子は召喚の水晶球を使ったんだ。で、その力がなくなっちゃって、あんたはしばらく帰れずにいる、と……。でも、それぐらいなら、あたしがなんとかできるわよ?」

「なんとかって?」

「その球に帰るのに必要な魔力を込められるってこと」

「え、マジで!」

「マジよ。あたしを誰だと思ってるの?」

「そりゃ、時にエセ盗賊で、時にエセ僧侶で、年齢は三桁の誰得ロリババアエルフ――」

「誰がババアよ!」


 ごん! 空のジョッキで殴られた。


「ま、あたしも過去にいろいろ経験してるけど? 魔法だけはガチだって、あんたも知ってるでしょ?」

「まーな」


 そうそう。こいつは超絶ミーハーで、色々迷惑なやつだが、魔法に関しては一流なんだよなあ。エルフの中でもかなり古い種族の出身で、幼いころから英才教育で鍛えられたらしいし。今はこんなんですけどね。


「じゃあ、今すぐ球に魔力を込めて、俺を元の世界に帰してくれよ」

「そうねえ。それなりに報酬を払ってくれるならねえ」

「報酬? 俺、金なんか持ってねえぞ?」

「あ、わたし、持ってりゃりゅ、ですー」


 と、テーブルに突っ伏していたユリィが顔を上げて言った。完全に酔いが回って、非常にだらしない顔をしている。


「ここに、世界救済のための資金が……」


 ごそごそ。ユリィはローブの袖の下から、小袋を取り出し、無造作にテーブルの上に置いた。見ると、中身はぎっしり詰まっているのだろう。小さいながらもパンパンだ。


「どうせ、安い銅貨か銀貨だろ?」


 あまり期待せずにその口を開くと、とたんにまばゆい金色の光が目に飛び込んできた。うお、まぶし!(2回目)


「大金じゃないか、ユリィ!」

「えへへ……。旅に出る前に、貯金箱いっぱい壊したんですよぉ……」

「え? これ全部、お前の金か」

「お師匠様から、預かったぶんもありますけどぉ……しゅごいでしょお? わたし、実はお金持ちだったのですー」

「確かにすごい金額ね」


 きらり。にわかに、ティリセの青い瞳が不気味に光るのを見た。それはまるで、魚屋の前を通りがかった野良猫のような目だ。


「これだけあれば、あたしへの報酬としては十分ね。いや、十分すぎるくらいだわ。アルを元の世界に帰した後も、お金がだいぶ余っちゃうわね?」

「はい……。世界を救うためのお金なのに、智樹様いなくなっちゃったら、使い道ないです。こまっちゃうです」

「それよ! だったら、あたしが、このお金であなたに雇われてあげるわ!」

「え? ティリセ、お前いきなり何言って――」

「ティリセ様が? 智樹様のかわりに? それってつまり?」

「あたしが、こいつの代わりに、世界を救う手伝いをしてあげるってことよ。どう?」

「わー、それはすごい名案ですうー」


 ぱちぱちぱち。ユリィは手を叩いて喜んだ。お菓子を与えられた五歳児のように。


「ちょ、ま……。ティリセ、お前、世界を救う気なんてあるのかよ?」

「あるわよお? ちゃんと報酬もらうし?」

「いや! お前、こいつの金目当てで適当なこと言ってるだけだろ!」

「うっさいわねえ。あんたはもう用済みってことよ。とっとと元の世界に帰りなさいよ」

「そうですー。あのエルダーリッチを見事しゅんころ浄化したティリセ様なら、絶対世界を救えますう。智樹様はもう、いらない子ですー」

「ねー」


 女子二人は肩を叩きあい、朗らかに笑いあう――が、相変わらずティリセの眼光は鋭く、不穏だ。


 こいつ、絶対世界を救う気なんかねえ! 金を巻き上げたら、絶対バックれる! 目の前の光景にいやな予感しかない俺だった。 

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