3

 朝になると、俺達はすぐにその場を出発し、再び街道を歩き始めた。そして、しばらくして小さな村にたどりついた。


 だが、そこはなんだか様子がおかしかった。村人の目は一様にうつろで、話しかけても「ここはオルダリオの村だよ」「武器や防具は装備しないと意味がないよ」などと繰り返すばかりだった。なんだこのノンプレイヤーキャラ達は。


「もしかして、この人達は魔物に操られているんじゃ……」


 ユリィがそんな人達を見て、言った。


「魔物か。そんなやつ、この村にいるのか……?」


 と、俺がつぶやいた瞬間だった。


「ふははは! いるのじゃよー!」


 近くの民家の屋根の上から大きな声が聞こえてきた。見ると、薄汚れたローブをまとい、古めかしい杖を携えた小さな人影があった。


「お前はなんだよ?」

「わしか? わしはエルダーリッチじゃよ。フォフォフォフォ」

「そ、そう……」


 種族名じゃなくて、身分とか、所属してる組織の名前とか聞きたかったんですが。


「エルダーリッチと言えば、上位のアンデッドモンスターです、智樹様!」


 ユリィはたちまち青い顔になった。そういえば、経験値多いほうのモンスターだった気がす。


「その通り! わしはさいつよなのじゃよー。とう!」


 と、エルダーリッチはジャンプし、俺達のすぐ前に飛び降りてきた。


「お前、村人たちを操って何がしたいんだよ?」

「それはもちろん、ここを拠点にして、わしだけの神聖なモテモテ王国を作るんじゃよ!」

「アンデッドのくせに、人間が国民でいいのか」

「さよう。ゾンビっ娘はダメじゃ。ナオンはピチピチに限る!」


 エルダーリッチは近くで棒立ちしていた村娘の肩を抱き、胸を揉み始めた。その手は骸骨そのものだった。そして、娘は死んだ魚のような目をしている……。


「あいつ、本当に上位のモンスターでよかったっけ?」


 こっそりユリィに耳打ちして尋ねる。


「間違いありませんよ。ローブの下に、すごい魔力を秘めています」

「でも、やってること小者そのものじゃねえか。なんだよナオンって。アンデッドだからって、死語の世界に生きすぎだろ」

「そこ、余の陰口をこそこそ言うではない!」


 エルダーリッチがいらっとしたように杖を振りまわした。


「お前達も余の傀儡となるがよいわ! とう!」


 そう叫んだとたん、やつの杖の先っぽから禍々しい波動っぽいものが飛んできた――が、


「んだよ、これ」


 手をかざすと、余裕でブロック出来た。変な波動は俺の手にはじかれ、近くの民家の壁にぶち当たって消えた。


「き、貴様……わしの魔法を素手ではじき返すって、どういう――」

「え、今の魔法だったの? 素手で防御しちゃいけないタイプの攻撃だったの? ごめん、空気読まなくて……」


 ははは。俺は軽く笑ったが、「だまらっしゃい!」と、エルダーリッチは何やらブチ切れたようだった。


「はっ! ちーっとばかし、魔法に耐性があるからと言って、調子こいてもらってはこまるのじゃよ! わしの魔法は直接相手を攻撃するだけではないのだぞ! とう!」


 と、エルダーリッチは今度は、杖で強く地面を叩いた。たちまち、そこから魔法陣が広がり、地面に亀裂が走った。そして、その亀裂の間から、たくさんのガイコツが出てきた。みな、粗末な剣や盾を携えている。


「あ、これって、スケルトン戦士召喚とか、そういう魔法?」

「さよう! 魔法が効かない相手なら、魔法で戦士を召喚して、物理で殴る! フォフォフォ、貴様の命もあとわずかじゃよ、オンナスキー!」


 と、エルダーリッチの掛け声とともに、スケルトン戦士たちはいっせいに俺に襲い掛かってきた。


 が、当然――全部余裕で返り討ちにできた。素手で。一瞬で。


「ちょ、ま……君、もしかして、フィジカルさいつよ? さいつよ?」


 エルダーリッチはひたすらうろたえているようだ。「イエス、さいつよ!」と、俺はにっこり笑ってうなずいた。俺の足元にはばらばらになったスケルトン戦士たちの骨が転がっている。邪魔くさい限りだ。


「これでわかっただろ、お前の魔法も物理攻撃も俺にはきかねえ。とっとと村人にかけた洗脳の魔法を解いて、消えろ。このままじゃ、気持ち悪くて宿もとれねえ」

「だ、だまらっしゃい! まだワシは戦えるのじゃよー!」


 と、追い詰められてヤケクソになったのだろう、エルダーリッチはいきなりすばやく動いて、ユリィの背後を取り、彼女を羽交い絞めにした。


「きゃあ!」

「こ、このナオンの命が惜しくば、おとなしく、ワシの操り人形になるのじゃよ!」

「あ、人質までとるんだ」


 見たところ、エルダーリッチの挙動はスキだらけで、すぐに助けられそうな感じだった。しかし、そんな枯れ木のようなアンデッドでもそれなりに力はあるようで、ユリィは自力では身動きがとれない様子だ。苦しそうに顔を紅潮させ、必死にじたばたしている。


「ほ、ほれ! はようワシに降参せんと、このナオンが大変なことになるぞ!」

「大変なことって?」

「そ、それはそのう……こうじゃ!」


 なんと、エルダーリッチはいきなりユリィのローブの胸元を引き裂いた。


「な――」


 さすがの俺もこの光景には動揺せずにはいられない。ユリィのローブの下から現れたのは、ピンク色の綺麗なシュミーズだった。その下にブラジャーはつけてないようだ。というか、この世界にブラがあったかどうか、俺の記憶はあいまいだ。女の下着事情なんて知らずに死んじゃったアルドレイ君、享年二十五歳(童貞)だったから。そして、ついでに言うと、ここにいる俺、二宮智樹、十五歳学生も童貞だ。女の子のことなんか、ちっとも知らん。下着なんて当然見たことない。触れたこともない! においをかいだこともない! それが、今、こうして目の前に、下着をあらわにした美少女が、いる。しかも、顔を赤らめ、恥ずかしそうにしている。これはもう、心大きく動かずにはいられない! 突然ふってわいたラッキースケベとはまさにこのことだぁ!


「そ、そんなことをされるとは、困ったな……はは」

「さあ、おとなしく、ワシの洗脳魔法を受け入れるのじゃ。さもないと、さらに、こうじゃ!」

「きゃあ!」


 びりびり。ユリィのローブがさらに下に引き裂かれ、ピンク色のパンツがあらわになった! シュミーズとおそろいだったようだ! いいね! アメージングだね!


「いやあ、まいったなー。さすがにこれ以上、連れに恥ずかしいことされると、俺も言うことを聞かざるをえないかな。これ以上はさすがになー」

「これ以上、じゃと?」

「そうそう。あともう一声! 深夜アニメなら謎の光が仕事し始めるレベルで!」

「と、智樹様、何を言って――」


 ユリィが何か気づいたようだったが、全力でスルーだ。ラッキースケベというのは、意志の力で拡張しなくてはいけないものなのだ!


「そうか……さすがオンナスキー。てごわいのう、フォフォフォ……」


 いつのまにかエルダーリッチも俺の気持ちを察しているようだった。ローブのフードの下でにやにやと笑っているような気配だ。いやらしい! でも、今はそれでおk! 


「さあ、その最後の布キレを取っ払って、俺を思う存分困らせてくれよ、キングオブアンデッド、エルダーリッチさんよぉ!」

「ガッテン承知のスケベ椅子じゃよ! フォフォフォフォーッ!」


 エルダーリッチはユリィのシュミーズをわしづかみにし、引っ張った。たちまち、それは引き裂かれ、白い肌があらわになる――と、しかし、その直前! 突如、何者かが背後から現れ、エルダーリッチの後頭部に飛び膝蹴りを放ってきた!


 どごっ! エルダーリッチの軽い体はユリィの肩越しに前に吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられた。


「ギャワッー! 痛すぎるぅー!」


 エルダーリッチは後頭部を両手で押さえて、足をばたばたさせつつ、地面を転げまわった。ユリィは呆然とその様子を見ている。


「まったく、とんだドスケベアンデッドね!」


 突然俺たちの前に現れたその人物は、十五歳前後の少女のようだ。長い金色の髪をツンテールでまとめていて、肌は白く、目は青い。顔立ちは整っていて、そこそこかわいらしく、エルフ族なのだろう、耳はとがっている。華奢な体に、尼僧のローブをまとっており、背中には杖のようなものを背負っている――って、あれ、この顔、どこかで?


「お前、もしかして、ティリセか?」

「え、なんであんた、あたしの名前知ってんの?」


 エルフの少女、ティリセはぎょっとして俺を見た。


「いや、知ってるも何も、しばらく一緒に旅をしてた仲じゃないか。俺、アルドレイだよ」

「うそ! 見た目全然違うんですけど! だいたい、あいつ死んだはずだし!」

「まあ、いろいろあってなあ」


 かくかくしかじか、これまでの経緯をざっくりと説明した。

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