2

 それから俺達はとりあえず近くの村に向かった。しかし、街道を徒歩でとぼとぼ歩いても、その日は村に着かなかった。結局その晩は、街道のすぐわきで野宿することになった。


「なあ、ユリィ。お前ってもしかして魔法使いだったりする?」


 焚き火用の木切れを拾い集めながら、俺はふとユリィに尋ねた。師匠が魔法使いのようだし、彼女自身もそれっぽいローブを着ているし、よく考えればそうとしか考えれないからだ。日はもう沈みかけていて、あたりはうす暗かった。


「はい、わたしは魔法使いですが……」


 ユリィはなんだか自信なさげだ。


「そうか。じゃあ、この集めた木に火をつけてくれよ」

「え、魔法でですか?」

「そうだよ。ちょっと火を出すだけでいいんだ。それぐらい簡単だろ」


 そうそう。確か、この世界では、発火の魔法なんて初歩の初歩だったはず。


「では、やってみます……」


 ユリィは木切れの山に向かって、手をかざし、集中し始めた。すると、じんわりと手の表面が光り始めた。お、ここから火が出るのか? 魔法の素養が転生前からまるでない俺は、ちょっとわくわくした――が、火が出る前に光は消えてしまった。あれ、不発? 見ると、ユリィは額に脂汗を滲ませて、息切れしているようだ。


「あの、火……ファイヤー的なのは?」

「も、もう一回やってみます!」


 ユリィは再び手をかざした。だが、結果は同じだった。ちょっと手が光るだけで何も起こらない……。


「なあ、もしかしてお前、発火の魔法使えないのか?」

「そ、そんなことは……」


 ユリィは気まずそうに目を泳がせた。


「じゃあ、なんで火が出ないんだ?」

「きょ、今日はその、調子が悪くて……」

「え、でも、発火の魔法って、魔法の中でもすごい簡単な方だろ? 魔法使いになったら、まず最初に習得する――」

「そ、そんなのわかってます! でも、出ないものはしょうがないじゃないですか!」


 ユリィはそう叫ぶと、急に目に涙を浮かべた。


「わたしだって、わかってます。こんなのすごく簡単な魔法だって。五歳の子供でもできるレベルだって。でも、わたしにはどうしても……」

「できない?」

「はい……」

「それってもしかして、魔法使いとしては相当アレなんじゃないか? 素質がないって言うか、向いてないって言うか。つか、魔法使いって呼べるのか? もはやただの一般人じゃ――」

「そ、そんなことありません! わたしはちゃんと魔法使いです!」


 ユリィは涙目のまま、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「へえ、じゃあ、他にどんなことができるの?」

「ええと……美味しいお料理を作れます」

「それ魔法?」

「と、特に、ミートパイは得意なんですよ! とっても美味しいって、作るたびに、お師匠様に褒められるんです! すごいでしょう!」

「いや、だからそれ、魔法ちがう――」

「あ、あとは、お掃除やお洗濯も得意です! お裁縫もできます! だから、火を出せなくても、私はちゃんと魔法使いです!」

「お、おう……」


 なんだかむきになっているようなので、これ以上、追及しないことにした。女子力高いってのはいいことだしな、うん。


 それから、俺達はユリィが持っていた火打ち石で木切れに火をつけ、焚き火をした。そして、ユリィが持っていたパンとシードルを分け合い、夕食をとった。


 その間、ユリィにこの世界について、色々話を聞いてみたが、どうやらアルドレイである俺が殺されてから、十五年ほど経過しているらしい。そしてあの、俺が姫に殺された国は、内乱ののち、攻めてきた隣国に制圧され、消滅してしまっているのだという。とりあえず、ざまあって感じか。


 ユリィと話しながら、俺はだんだんアルドレイとして過ごしてきた日々の記憶がよみがえって来た。生まれは貧しい商家だったが、かつては貴族として王宮でブイブイ言わせていた家柄だった。いわゆる一つの、没落貴族ってやつだ。俺の親父は何かにつけ、それを俺に語り、お家再興を夢見て、俺に剣術を教えていた。俺としては家のことなんてかなりどうでもよかったが。


 そしてある日、夢を一方的に押し付けてくる親父に嫌気がさした俺は、家を飛び出し、冒険者になった。そして、なんやかやあって、愉快な仲間達と出会い、なんやかやで、悪いドラゴンを倒し、人類を破滅の危機から救ったのだった……。うん、ここまではいい話なんだよな。姫に殺されるって結末がなけりゃなー。


 ってか、俺が殺されてから、あの三人はどうなったんだ?


「なあ、ユリィ。かつての俺、アルドレイが殺されてから、やつの仲間はどこいっちまったんだ?」

「さあ……。そもそも、アルドレイ様が殺されたということ自体、公になっていませんから。竜を倒してすぐに急な御病気で亡くなったということにされています。そして、彼の仲間達についても、それからどうなったのか、確かな情報は何もないようで……」

「ちゃんと生きてんのかな?」


 俺みたいに殺されてるのかもしれないな。なんで姫に殺されたのか、さっぱりわからんのだが。


「ま、いっか。今さら昔のことほじくり返しても、人生やり直せるわけじゃないしな」


 あいつらはきっと生き延びてうまくやってるだろう。俺も、早く元の世界に戻って、自分の人生を生きなきゃな。


 それから、俺達はユリィの持っていた魔除けの香を焚き、眠った。俺は地面にそのまま横になり、ユリィは少し離れたところに、布を敷いて横になった。これもユリィが持っていたもので、ローブの下に羽織っていたらしい。火打ち石といい、食料といい、魔除けの香といい、用意がいいことだ。


 だが、目をつむって少し経ったところで、何やら隣に人の気配を感じた。目を開けると、すぐ隣にユリィが寝ていた。月明かりが、その白い肌を照らしている。


 どうしてこんな近くに……。ちょっとドキドキしてしまった。女の子とこんなに体を接近させた状態で寝たことはなかった。


「おい、ユリィ」

「…………ぐぅ」


 小声で呼びかけてみたが、熟睡しているようだった。そしてそこで、魔除けのお香を焚いた香炉が、俺達の頭のすぐ近くに移動してるのに気づいた。寝る前はもうちょっと離れたところにあったはずだ。たぶん、ユリィが動かしたんだろう。


 そうか、こいつ、魔物が怖くて、それで俺の近くに移動して来たんだな。


 そう、魔除けのお香の効果なんてしょせん気休め程度だ。寝ている間に、また昼間みたいにモンスターに襲われるかもしれない。だからこいつ、俺のそばまで来たんだろう。わかるわかる。俺なら、例え寝込みを襲われようとも、絶対にやられはしないからなー。


「安心しろ、お師匠様のところに着くまでは、俺が守ってやるよ」


 俺は再び小声で囁いた。ユリィの安らかな寝顔は、なんだか少しかわいらしく見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る