第35話 底辺冒険者と薄汚れたチームワーク②
ランに矢を向けていた男に飛びかかる。
「クッ!?」
虚を突かれた黒マスクは体を反転させようとするが、
「遅い!」
あえなく俺に後ろから羽交い締めにされた。
黒マスクの首に腕を巻き付け締め上げる。
「ウグッ……てめぇ、いつの間に……」
首の締めつけに苦しみの表情で声を震わせる。
「フン。俺も一応冒険者なんでな。スキルを使わせてもらったのさ」
「ス、スキルだと……?」
「さっきランが持っていた棍は、俺のスキル――《
「ナニッ……!?」
直前にエルがランに渡した1本の棍。
あの棍は予め俺が《
ランが敵の目の前でズッコケたところで《
「くっ……嬢ちゃんがわざと転んだのは俺たちを油断させるためってことか……!」
「え!? あ、ああ、まあそんな感じだ」
もちろん違う。
ランは基本動作もドジだが、スキルを使うとほぼ高確率で何かやらかす。この戦いの中でそれを感じ取っていた。
相手との距離を詰めるためにスキルを使えば、必ずそこで何かが起こると見込んでいたのだ。
案の定、ランは豪快なドジを披露してくれた。
「てめぇ! いつまでアニキにしがみついてやがる!」
「ぐえっ」
もう一人の黒マスクが、同じように後ろから俺の首を締めてくる。
「ハッ!? ユーヤがピンチです! 私も参戦します!」
「ぐえっ!?」
ランも起き上がり、俺の後ろの黒マスクを同じように締め上げた。
黒マスク、俺、黒マスク、ランの順に1列になって首を締め合っているこの状況。
「離せっ、この野郎!」
「絶対に離さん!」
「ユーヤを離しなさい!」
「このガキがアニキを離すのが先だぁ……!」
後ろの黒マスクが、腕に更に力を加え俺を締め上げる。
「うげッ……」
首が圧迫されていく。
この状況は……まずいな。
予定通り過ぎて、笑みがこぼれてしまいそうだ――。
「オイッ! クソガキ、なに笑ってやがる!?」
おっと、もう笑ってしまっていたか。
「ククク。お前ら、すっかり俺とランにつきっきりのようだが、何か忘れていないか?」
俺が勝ち誇ったように薄笑いを浮かべ、前を見る。
それに釣られて目線を移動させた黒マスクの1人が声を上げた。
「なッ!? あの小娘……まさか!」
「そのまさかだ」
首を締め合う4人の直線上には、アリシアが杖を構えて立っていた。
「やれ、アリシア! 俺のことはいいから全員まとめて魔法でぶっ飛ばせ!」
「正気か!?」
正気も正気。
元よりこうしようと思っていたからな。
「ほ、本当にやっちゃって大丈夫なんですよね!?」
「大丈夫だ! 俺とランは逃げるための作戦を最初から立てている!」
「え、ユーヤ? 私、そんな作戦聞いてないんですけど!?」
後ろからランが何か言っているが、無視する。
「では遠慮なくいかせてもらいます!」
「え、ちょっ――」
「《
アリシアの詠唱とともに、振りかざした杖の先端から炎の球体が発射される。
放たれたのは炎を丸め込んだ球体。
人を包みこめるほどの大きさの火球がメラメラと音を立ててこちらに向かってくる。
「「「ええぇぇぇーーッ!?」」」
叫ぶ黒マスクとラン。
「ユーヤ! これはいったい!?」
「大丈夫だ。安心しろ。ちゃんと作戦は考えてある」
「あ、そうなんですね! 良かったです!」
アリシアの魔法に一瞬焦るランだったが、ほっと胸を撫で下ろす。
火球は速度を変えずに俺たちとの距離をジリジリと縮めていく。
「「こ、このっ! 離せぇーッ!」」
「「……」」
必死に火球から逃れようとする黒マスクたちと、無言で首を締め続ける俺とラン。
顔に熱を感じ始めたあたりで再びランが俺を呼ぶ。
「……ユーヤ? 炎も眼前に迫ってきているわけですし、そろそろ私にもその作戦とやらを教えてもらえませんか?」
「そうだな。そろそろ頃合いだし伝えておくか」
首の圧迫に耐えながら声を出す。
「この作戦は、俺とランのチームワークがあってこそ成り立つ」
「なんと! チ、チームワークですか!?」
チームワークという言葉に過剰な反応を示すラン。
「ということは、私をチームの一員として認めてくれたのですね! ユーヤ!」
そして喜びをあらわにする。
「そうだな。この作戦が成功してもお前がついてこれるならな」
「なるほど! この作戦はいわば私のチームワーク力を試す試練ということですか!」
意気揚々と声を張るラン。
炎と同じくらい暑苦しい。
「試練か……ちょっと違うな」
「というと?」
「この作戦は、俺たちのチームワークにお前が耐えられるかどうか……それを自分の身を持って知ってもらおうというもの……」
「え?」
「そして今から見せるのが、俺たちで言うところのチームワークだ……」
「え、それはどういう――」
「《
ランが言い終わる前に、スキルを発動させる。
俺の体はみるみるうちに小さくなっていき、一瞬にして路傍の石ころへと形を変えた。
「「「なにィィィッッッ!!!?」」」
黒マスクの腕からするりと抜ける。俺の首の手応えを失った黒マスクはバランスを失い前のめりになって倒れた。
無論後ろでそいつの首を締めていたランもだ。
3人は重なるようにして地面に倒れ込む。
「こ、これが……チームワーク――?」
状況を飲み込めないランがショックを隠せない強張った表情を見せる。
裏切られたことくらいはわかるようだ。
「そうだ! 仲間を犠牲にして勝利を掴む。これが俺の言うチームワークなのだ!」
「〜〜〜ッ!?」
俺が姿を変えた石ころは火球の軌道を逸れ、道の端に転がる。
直後、熱の塊がすぐ横を通り過ぎていった。
「「「オンギャァァァーーー!!!?」」」
真っ赤に燃えたぎった炎を全身で受ける3人。
阿鼻叫喚の声が重なり合う。
火球はひとしきり対象を焼いたあと、魔力の光となって消滅した。
「フッ。決まった――」
煙が立ち昇ったあとには、黒焦げになった3人と無傷の俺が残った。
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