第28話 底辺冒険者と伝説の愛弟子③

 俺はランに追い打ちをかけるような抑揚のついた声でエルとアリシアを紹介する。


「紹介しよう! 俺の優秀なパーティメンバー、エルとアリシアだ。ほら、エル、アリシア、優秀なお前たちがどんな優秀な物を買ってきたか教えてくれ。もうこれ以上メンバーの補充は必要ないとこいつに見せつけてやるんだ!」


「や、やめ……」


 すがるように懇願するラン。ふはは、もう遅いわ!


「え、えーっと、状況がよくわからないんだけど……。とにかく、わたしが買ったものを紹介すればいいんだよねっ!」


 エルがよしっと拳を胸の前で握る。

 そうだ。見せつけてやれ。どんなすごい魔道具を買ったのかを!!


「わたしが買ったのは~……ジャジャーン!! これだよっ!!」


「それは……帽子?」


 エルが取り出したのは、赤いリボンが印象的な純白のシルクハットだった。

 見た感じは何の変哲もない帽子に見える。

 

「ふっふっふっ。ただの帽子じゃないよ~? これはわたしの職業『マジシャン』にしか使えない魔道具で~、すっごい機能があるんです!」


「おぉ!!」


 自信満々のエルに期待が膨らむ。


「それはね……なんと!」


「なんと!?」



「大きさを自由に変えられるの!!」



「………………は?」



「だからね、気分に合わせて今みたいに小さくしてアクセサリー風にすることだってできるの! まさに乙女のための最強アイテムっ!」


 小さく手のひらサイズに縮めたシルクハットを頭の上にチョコンと乗せ、ルンルンで決めポーズをする。


「これのどこが最強だッ!?」


「あだッ!?」


 スパンッとエルの頭をはたく。

 シルクハットも吹っ飛ぶ。


「実はなんかあるんだろ、もっとこう他にすごい機能とかが! ほら……シルクハットから何か呼び出したり……とかっ!!」


「え、な、ないけど……? 大きさが変えられるだけ」


 なんの悪びれもなく語るエル。


「な……なん、だと……」


「だってほら、マントだけだと頭の方が寂しいじゃん? で、ちょうどそこにマントと同じ色合いの帽子があったから買っちゃった!」


「寂しいのはお前の頭の中だッ!!」


 あの金がこんなガラクタに形を変えるなんて……。


「優秀な……メンバー……?」


「ハッ!?」


 背後から疑心に満ちたランの視線を感じる。

 

「い、今のは無しだ! エルはちょっと抜けてるところがあるからな! ほら、愛嬌ってやつ? も、も~う、エルちゃんたらおっちょこちょいっ!」


「ね、ねえ、なんか気持ち悪いよユーヤ……。変な物でも食べちゃった?」


 俺は引きつった笑顔でシルクハットを拾い上げ、埃をはたいてからエルの頭に乗せる。

 なんかエルに変な心配をされていたが、気にせずアリシアに視線を移動させた。


「つ、次はアリシア、お前だ!!」


「え!? は、はいっ!!」


 まあ、はなっからエルには期待していない。

 だが、アリシアは違う。

 なんてったって上級職のハイウィザードなのだから!

 ランの疑惑を払拭してくれるはずだ。


「私は……これです!!」


 アリシアがフードの裾をごそごそとあさり、品物を取り出す。

 それは一冊の本だった。


「なになに……おぉ、これは! 『魔石術式指南書』じゃないか!」


「……は、はい! やっぱり魔法職たるもの、魔法攻撃の威力を上げて皆さんにもっと貢献しなければと思いましてっ! べ、別に安かったから残りのお金で買ったわけではないです!」


 視線を逸らすアリシア。

 どこかどぎまぎと落ち着かない様子だったが、いつもとあまり変わらないし良しとしよう。


「おぉ~えらいぞぉ~アリシア~! さっすがハイウィザード! 考え方もハイレベルだなぁ~! ほ~れ、よしよ~し」


 俺はアリシアを抱きかかえ、ショートカットの銀髪をわしゃわしゃと撫でる。

 エルと違ってやはり頼りになるなぁ~!


「もぉ~! くすぐったいですよぉ~ユーヤさ~ん! えへへ」


 褒められたのがよほど嬉しかったのか、アリシアが頬を薄赤に染めて微笑む。

 アリシアは褒めて伸びる子。これからもどんどん褒めていこう。


「あれ? なんかわたしの時とぜんぜん反応が違くない!?」


「ぐぬぬ……」


 悔しそうに歯ぎしりするラン。

 思い知ったか。俺はアリシアという心強い仲間に恵まれているんだ。

 エルに加えて厄介者を増やす余裕はない。


 アリシアが抱えている『魔石術式指南書』は、いわば魔法職系の登竜門とも呼べる本の1つである。

 詠唱のみの魔法とは違い、術式――すなわち魔法陣の作成が必要となるが、その分威力も桁違い。マスターできればパーティーの火力アップ間違いなしだ。


「それでアリシア」


「なんですか、ユーヤさん?」


「魔石は何個か買ったのか?」


「――え? ませ、き……?」


「ほらぁ~術式に使うための魔石だよぉ~、本で術式を勉強したって魔石が無かったら意味ないだろぉ~?」


 魔石術式の起動には魔力の結晶である魔石が必要不可欠だ。

 魔導書の隣にたくさん売っていたはず。


「え……そう、なんですか……?」


 アリシアがプルプルと痙攣し始める。

 抱きかかえた体が沸騰したように急激に熱くなっていく。

 あれ、どこか様子がおか――



「ゴヘェァッ!!」



「「ギャーーーッ!?」」



 アリシアがものすごい勢いで血を吐き出した。

 熱くなっていた体温が今度は急激に下がり始めるのがわかる。

 なるほど、アリシアの吐血システムはこんな感じなのか――じゃなくて!


「ま、まさかアリシア、お前……」


 神に祈る気持ちで、口から血を流すアリシアを見つめる。

 具合の悪そうな顔を上げ、アリシアが申し訳なさそうに口を開いた。


「ぐふっ……本だけで、おかね、ぜんぶ使っぢゃいまじだぁ……」


 カクッ。

 力尽きるアリシア。

 その拍子に、アリシアの懐からドサドサと大量の本が流れ出る。

 魔導書に交じって出てきたのは『バリー・ボッタクリー』シリーズ全7巻だった。


「えぇ……」


 あたふた具合に拍車がかかっていたのは、これを隠すためだったのか。


「――どうやら、結論は出たようですね」


「ハッ!? しまっ――」


 気づいたときにはもう遅かった。

 いつの間にか復活していたランが、俺の肩をものすごい力で握りしめている。

 本能でもう逃げられないと悟った。

 ランはその美しい顔ににっこりと優しい笑みを浮かべ、


「さぁ。私の数々の秘技、とくとご覧あれ」


 地獄へといざなうようにそう告げた。

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