第22話 底辺冒険者と病弱ウィザード⑩


 俺たちがギルドハウスに帰ってきた頃にはすっかり日も暮れ、人の気配もまばらになりつつあった。

 街灯から漏れる魔石の青い炎だけが広場を静かに照らす。


「ここで大丈夫です。私の家はすぐそこなので」


 アリシアが深々とお辞儀をする。


「そ、そうか……」


 どことなくその仕草が他人行儀のように感じてしまい、アリシアと目を合わせることができなかった。

 気まずさから解放されたいと願うばかりだったが、アリシアはお辞儀を終えても、そわそわしている俺の顔を静かに見据えたまま動かない。

 明らかに俺の言葉を待っているようだった。

 そんな嫌な沈黙から逃れたい一心で、俺はもぞもぞと口を開く。


「えーと、その、アリシア? い、一応聞いておきたいんだが、アリシアはこれからの冒険者生活をどう考えているんだ……? そ、その……どこのパーティーに入る……とか!!」


 ぐわーッ!? な、なにを言っているんだ俺は!?


 こ、これじゃまるで、俺がアリシアにパーティーに入ってほしい願望丸出しじゃないか!

 いや入ってほしいんだけども!?

 それにしたってもっと他に聞き方があっただろう!!


 心の中で悶々と頭を抱えていると、アリシアがゆっくりと口を開いた。


「私は――」


 も、もうダメだ――!?


「ああああああ!! やっぱり聞きたくないぃぃ」


 アリシアの声が聞こえないように手で耳を塞いで、アリシアに背中を向ける。

 困ったときの耳ガードだ。


「えぇー……自分で聞いといてそれって……」


 エルがなにか言っているがそれも聞こえない。

 ただ、呆れた言葉を口にしていることだけはわかった。


「ご、後日! そうだ! 後日やんわーりそれとなーく、できれば手紙かなんかで間接的に伝えてくれれば――」


「ユーヤさん」


 そろりそろりとアリシアから距離を取ろうとするが、塞いだ耳の間をくぐり抜けるようにして俺の耳に声が届く。

 聞こえないふりをすればいいものを、その時ばかりはなぜか立ち止まってしまった。

 

「な、なんでしょう……?」


 役立たずの耳ガードを外し、及び腰で振り返る。

 アリシアの目線は俺を捉えて離さない。


「これは私にとって大事なことなので……ちゃんと私の口から直接ユーヤさんに伝えたいです」


「う……」


 真剣な表情のアリシアに射竦められた俺は、それ以上動くことができなかった。


「わかった……。アリシアの気持ちを聞かせてくれ」


 腹を決め、アリシアの方に向き直る。


「ユーヤさん」


「はい……」


「今日の経験で、私には頼れる仲間が必要だということがわかりました」


「そ、そうか……」


 あぁ、これはフラれるパターンだな。

 今のは遠回しに俺たちが頼りないと言っているようなものだ。

 諦めたくは無いが、もうここまで来たら仕方がない。

 最後くらいは先輩冒険者らしく、気丈に振舞おう。

 

「なので私は……」


 アリシアの顔が火照り、言葉を詰まらせる。

 言いにくいことだからだろう。

 アリシアは深呼吸をして一拍おいた後、大きく息を吸った。


 胸がキリキリと締まる。

 そして、アリシアが声を発した瞬間――胸の窮屈さに耐えかねた俺は、その声に重なるかたちで口を開いた。



「気にするな。俺たちのことは忘れて元気に――」

「――ユーヤさんのパーティーに入りたいです!!」



 アリシアの透き通った声音が広場に響く。

 その声は一瞬で夜の静けさにかき消されたが、俺の頭の中では何度もこだまのように響き渡った。



「……………………へ?」



 い、今、アリシアは何て……?



 思考が停止する。

 言葉の意味が分からなかったのか、それともただ単に聞き取れなかっただけなのか。

 それすらもわからず、瞬きに至るまでのいっさいの動きが止まる。

 代わりに心臓の鼓動だけはバクバクと異常なほど波打っていた。


「えっと、それはどういう……?」


 俺は暴れる心臓を必死に押さえつけながら、高価な花瓶にでも触れるかのように、そっと、慎重に、聞き返す。


「ユーヤさんは……」


 アリシアがゆっくりと言葉を紡ぐ。

 今度こそ聞き洩らさないように、俺はその声音の行方に集中した。


「ユーヤさんは、こんなに頼りない私を最後の最後まで頼ってくれました。エルさんは、私が苦しくなったときに優しく寄り添ってくれました」


 アリシアは今日の出来事を噛みしめるように俺とエルを交互に見据える。


「……気弱で、病弱で、駆け出し冒険者の私がここまで頑張れたのは、隣にユーヤさんたちがいたからです。みんなで力を合わせてラパンの群れを倒したとき、私、冒険者になって本当に良かった! って心から思えたんです」


 俺もエルも無言でアリシアの言葉をたどる。


「職業の優劣とか冒険者としてのレベルなんて、私は全然気にしません。わ、私はッ! ユーヤさんたちだから良いんです! ユーヤさんたちと一緒に冒険したいんですッ!! それに私だって……」



 そして、アリシアは最後につけ加えるようにこう言った。



「今日一番足を引っ張った――”戦力外娘”ですからっ!」



 照れの混じった幼げな笑顔。

 月明りを映した銀髪がフードの中でふわっと揺れた。



 ……………………。



「えぇーと……?」



 アリシアになんて返していいかわからず、俺はただただ立ち尽くすことしかできない。

 そんな俺の代わりに、エルが声を震わせながらアリシアに尋ねる。


「……ほ、ほんとにいいの? アリシアちゃん?」


 不安に満ちた眼差し。

 怯えにも似たそれは、俺が今感じている心のざわつきと同じに違いない。


「はい!」

 

 しかしその負の感情は、アリシアの迷いのない返事によって吹き飛ばされた。

 その勢いのある声に、俺もやっと目の前で起きた状況を理解し始める。


「わ、わたしたちのパーティー、全然お金ないよ?」


「大丈夫です」


「ユーヤは根性無しだし……」


「大丈夫です」


「たまにセクハラとかしてくるかもよ……!?」


「だい……じょうぶではないですけど、頑張って耐えます!」


 耐えるとか言われるとちょっと傷つくんだが。

 あ、あと、エルもこれ以上余計なことを言うんじゃない!


「ほんとに、ほーんとにいいの!?」


 俺の心からの忠告を無視して、エルが念を押すようにアリシアに詰め寄る。

 これ以上余計なことを言うと本当に今までのことを有耶無耶にされるのではと肝を冷やしたが……とうやらそれは、俺の取り越し苦労だったらしい。


 決意と信念に満ちたアリシアの表情がそれを物語っていた。


「はい! 私、アリシアーナ・フローレスは、ユーヤさんたちのパーティーに入ることをここに誓います。明日からもよろしくお願いします!」


 深々とお辞儀をするアリシア。

 それが断りの礼ではないと脳が判断するまでに、数秒の時を要した。

 しばらくして、俺とエルはこの短時間で起こった出来事を整理するかのように、ゆっくりと互いの顔を見合わせる。


 驚きと喜びがごちゃごちゃに入り混じり、ぽかんと空いたエルの口元。たぶん俺も同じ顔をしている。

 そして、どちらからともなく、流れ出す水のように自然と言葉が溢れ出た。



「や……」



「「や……」」



「「やったぁ――――!!!!」」



 夜の静けさが覆う広場に響き渡る2人の歓声。

 近所迷惑なんていざ知らず。

 俺とエルは我を忘れたように、互いに抱き合って喜びの声をあげ続けた。


「ふふっ」


 喜ぶ2人を見て、アリシアが微笑む。


「よぉーしッ!! 明日からこの3人で頑張っていくぞぉーッ!!」


「「「おぉーッ!!」」」


 3人の雄叫びとともに始まりを告げた2年目の冒険者生活。

 月がきれいなある春の日。

 ”病弱ウィザード”アリシアが、我がパーティーに加わった!


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