第21話 底辺冒険者と病弱ウィザード⑨
沈む太陽。
夕焼けで真っ赤に染められた草原に、少しずつ影が差しこんでいく。
「う、うーん……」
「あっ! ユーヤ、ユーヤ! アリシアちゃん気が付いたよ!」
エルの柔らかそうな太ももに膝枕されていたアリシアが、夕日に顔をしかめながら目を開けた。
「エルさん……ユーヤさん……」
ゆっくりと俺たちの名前を呼ぶ。
落ち着いた様子のアリシアの声音からは、あの戦いから生還した安堵の気持ちが窺えた。
「気がついたみたいだな。どこか痛むところはあるか?」
「い、いえ、大丈夫です……。筋肉痛はひどいですけど……」
プルプルと震える手をアピールしてくる。
でもその表情は辛いものではない。ひとまず安心だ。
「そうか。なら良かった」
アリシアはゆっくりと寝返りを打ち、草原へと目をやる。
そこには、アリシアの魔法によってくっきりと円形に焼け焦げた大地が広がっていた。
「私、やったんですよね」
眼前に見つめる剥げた大地を眺め、俺たちに確認するようにそう呟く。
「ああ。アリシアのおかげで、無事クエストを達成することができた」
「アリシアちゃんの魔法すごかったよ! ドカーンってなってそのあとドドーンってなって!」
膝元に乗せたアリシアに向けて、エルが目いっぱいのバンザイであの魔法の凄まじさを表現する。
エルらしい実にアホっぽい説明だったが、実際のところドカーンってなってドドーンってなったので、的確と言えば的確かもしれない。
「そうだったんですか……。魔法を打った時にはもう気を失ってて、その時のことは全然……」
『覚えていない』と言いながらも、微かに残る手の感触を噛みしめながら、アリシアは照れ笑いを浮かべた。
「まああれだけの大仕事をやってのけたからな。体力も使い果たして当然だろう。……どうだ? おぶっていくか? エルが」
「なんでわたし!?」
「いえ、もう大丈夫です。これ以上迷惑はかけられませんし……。それに、家に帰るまでが冒険ですから!」
アリシアはそう言って、エルの膝から頭を持ち上げた。
『だいじょうぶ?』とエルに体を支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。
本音を言えばアリシアには無理をさせたくなかったが、ここは本人の意志を尊重しよう。
「よし。日も沈んできたことだし、暮れる前に早く帰るか」
「はい」「うん!」
3人横一列になってアセラージ広原をあとにする。
小さな丘の向こう側に、ラストリアの街を囲む城壁が映る。
行きはよいよい帰りは何とやらで、短い距離とはいえこれからあそこまで歩くと考えるだけで気が滅入る。おそらくエルとアリシアも同じことを思っているに違いない。
ただ。
確かに足取りは重たいものだったが、誰一人として文句を言う者はいなかった。
◆◆◆
「いやーそれにしても」
エルが街へと続く道すがら、すすのついたマントを大事に抱えて口を開く。
「アリシアちゃんのあの魔法、ホントに凄かったなぁ~。わたしもあんな魔法が使えたらいいのに」
「えへへ。ありがとうございます」
アリシアがくすぐったいような笑みを浮かべる。
頬も夕日色にほんのり染まっていた。
冒険者生活1日目であれだけの活躍をしたのだ、無理もない。
エルもそんなアリシアの様子が微笑ましいのか、さらに称賛の言葉を送る。
「アリシアちゃんならきっと、どのパーティーに入ってもエースになれるよ!」
「なにッ!?」
それとなく発したエルの言葉に、俺の歩みがピタリと止まる。
「ちょ、ちょっと待て、エル!」
慌てて俺が制止すると、不思議そうに目を見開きながらエルが振り向いた。
「ん? どうしたの、ユーヤ?」
「『どうしたの?』じゃない。アリシアは俺たちのパーティーに入るに決まっているだろうが。あの息の合ったコンビネーションを見ただろ」
真顔で答える。
当然だ。こんな金の卵をみすみす逃すわけがない。
それに今日の勝利はアリシアの弱点をカバーしつつ、皆の力を総動員した結果によるもの。
だからアリシアは俺のパーティーに入るのがベストだ。
ベストに違いない。
ベストだと思う!
ベスト……だよね?
「コンビネーションって、ほとんどアリシアちゃんのおかげじゃん! 見たでしょあの魔法のいりょく!! 私たちとはレベルが違いすぎるってー」
「うぐっ……」
必死のポジティブシンキングもエルの前では無意味だった。
『諦めなよ〜』と鼻歌交じりに歩くエル。
「こいつ……」
後ろから飛び蹴りしてやろうかと思うくらい苛ついたが、寸前で抑える。
スマートに行こうスマートに。
俺には奥の手があるんだからな。
「……フッ。お前の言うとおりアリシアは俺のパーティーには不釣り合いかもしれない……がしかし! そのレベルの差を超え、不可能を可能にする魔法のアイテムがここに――」
……………………あれ?
「――無い」
無いのだ。
懐を探ってもボーチの中を漁っても……無い。
「契約書は、どこだ…………?」
アリシアに書いてもらった契約書――アリシアの血でカピカピになったあの契約書がどこを探しても見当たらない!
もしかしてどこかに落としてしまったのか!?
「ああそれなら」
狼狽する俺を横目に、エルが思い出したように手を叩く。
おお、良かった、エルが拾っていてくれて――
「わたしのマントのすぐ近くにそれっぽい紙が黒焦げになって落ちてたけど……」
「え――?」
そう言って、懐から薄い炭の塊を取り出した。
エルの手からぶら下がるそれは、焦げた紙のようにも見える。
ま、まさか……。
「か、貸せ!」
ぺらぺらと雑に扱うエルから、強引にその紙を奪い取る。
それと同時に察した。
微かに記憶に残る手触り、破れて消えかかったギルドの紋章。ところどころに残るアリシアのものと思われる血痕……。
紛れもなく俺の契約書だった。
持っているだけでポロポロと端の方からこぼれ落ちていく。
もはやそれは契約書などではなく、紙の形をした過去の遺物に過ぎなかった。
「あ、あああ……」
目の前で欠けていく契約書をただ口を開けて見つめることしかできない。
「えぇーと……元々ダメもとだったじゃん!? ド、ドンマイドンマイ、ドントマインド……だよ!!」
悲壮感を漂わせる俺に気を遣ったのか、エルが背中をバシバシ叩いて励ます。
しかしそれは、傷ついた俺の体と心をさらに痛めつけるばかりか、契約書……だったものをパラパラと分解させながら空へと流していった。
「あ、ゴメン……」
「……」
空になった両手を虚無感の中見つめる。
「俺の……完璧な勧誘作戦が……最後の最後で……」
膝から崩れ落ちる。
そしてそのままもう二度と立ち上がることはなかった。
太陽の光がいよいよその役目を終えようとしている。
蝋人形のように固まった体をエルに転がされながら帰路につくのだった。
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