44.オラクル&購買部vs工学部

 正男が正子先生に向かってボソリと言う。


「もしかして欲求不満じゃねえのか?」

「はあ!?」

「さっきの言動、まるで『あたしも彼氏欲しいーっ!』とかって、心の叫びが発露したみたいだったし。あははは」

「なっ、違う違う! なに言ってんの、そんなことないわよ!!」

「そうだよな。なんつっても、大学の女神様なんだから、言い寄ってくる男の五十人や百人くらい、ざらにいるよな?」

「え、ええ、もちろんいるわよ! でもねえ、みんながみんな五十歩百歩なのよ。てんで相手になんないゲス男ばかりでね……ふうぅ~~」


 大きくため息をつく正子先生。

 萩乃が追い打ちをかける。本人には決してそんな気はないのだが。


「でも大森先生には、婚約者がいらっしゃるのではなくって?」

「えっ、これのこと?」

「はい」


 萩乃の視線の先は、正子先生の手で光り輝く指輪。

 それはエンゲージリングなのだろうと萩乃は思っている。


「これはあたしの通信道具『オラクル』よ」

「あらまあ、そうでしたのね。大変失礼しましたわ。すみません」

「いいのよハギノちゃん。左手のお姉さん指につけてるんだもん」

「なあ先生、そのオラクルって、どうやって使うんだ?」


 正男は、婚約指輪よりも通信道具そのものに興味があるようだ。


「こうやるのよ」


 そう言って正子先生が、指輪を口元に近づけた。


「ハギノちゃんがきてるわ」


 ~猿がきています(おっ!?)


「マサオちゃんはウブよ」


 ~マサオは童貞野郎です(なっ!)


「どう、わかった?」

「よくわかった」

「あら、どういうことかしら?」


 当然のことながら、正男の脳内音波は萩乃には届いていない。


「猪野には通信が行かないのか?」

「そうよ。サイボーグのマサオちゃんには受信機能があるんだけど、ハギノちゃんにはないもの」

「まあ、そういうことですのね」


 勘のよい萩乃なので、大方の察しがついたのだ。

 それで正子先生も詳しい説明は省き、本題に入る。


「オニサピエンスが鬼化する兆しを見せたら、今の方法を使って、あたしからマサオちゃんに連絡するわよ」

「おう」

「で、マサオちゃんがなにか叫んで、ハギノちゃんにも伝えなさいね」

「わかった。そんじゃ猪野、合言葉は『きびだんご』でいいか?」

「はい。大森くん」


 つまり、講義中に「きびだんご」という正男の叫び声が上がったら、それが戦闘開始の狼煙のろしとなる。そうなれば二人は攻撃道具を現出させ、協力して鬼を退治するという段取りである。これが文化委員の任務というわけだ。

 正子先生からの説明はようやく終わった。

 だが、正男は一つ気になっていたことを尋ねる。


「大森先生は、あの購買部の兄妹のこと知ってるよな?」

「もちろんよ」

「あの二人って、じゃべり方が変なんじゃねえかと思うんだけど」

「語尾を二重にすることでしょでしょ、みたいな?」

「おう、それそれ」

「あれはね、工学部長たちオニサピエンス集団の陰謀よ。工学部は、新しい土地の取得を巡って購買部と争っていてね、激しく衝突してるものだから、独自に開発した攻撃道具『リフレイン』を使って圧力かけてんの」

「なんだそりゃ!」

「あらまあ!」


 組織間の争いというのは、いつの時代でもあるものだ。

 この第一帝国大学で起きている、工学部と購買部の対立は、世界的に有名なとさえ言えるだろう。


「けど、語尾を二重化って、なんか地味な圧力じゃね?」

「なに言ってんの。言葉は思考そのものなのよ。それを無駄に消費させるということは、あの小さいホモフローレシエンシスたちから思考力を奪い取ることを意味してるんだから」

「なるほどな」

「そうなのですわね」

「だからナイチンゲール兄妹には、この医務室を通していつも、姉印製薬の『思考力回復きびだんごドリンク剤』を提供しているわ。二人は毎日それを欠かさず飲むの。それから、DHAが豊富な竹輪なんかも、彼らにとっては効果抜群の回復道具よ」

(まあ、あのチクワちゃんを届けてあげられて、本当によかったですわ)


 萩乃はトーマスに小さな親切をしてやることができたのだ。

 一方、正男は別のことを考えているらしい。


「つまり、購買部ギルドvs工学部ギルドという構図の、リアル熱い脳味噌ガチバトルでもあるんだな……で、工学部のギルマスってどんなやつなんだ?」

「ギルマス? それ魚の種類?」

「ギルドマスターのことだよ。その学部長って、魔王なのか?」

「あんた、よく知ってるわね? 工学部長は『大学の魔王』なんて呼ばれてるくらいに腹黒い男よ。トーマスさんから聞いたの?」

「いや違う。オレの第八感がそう教えてくれるんだ。なんてったってオレは魔導士マサオ様なんだからな。はっはっは!」

「大森くん?」

「ハギノちゃん、相手にしなくていいわよ。この子は厨二能力者なんだから」

「あらあら、まあまあ、死に至る異能の!?」

「そうよ」


 萩乃は自己世界の兄から、正男が厨二能力者の疑いがあると聞かされていた。今の正子先生の言葉で、それが確定的だと判明した。


「死に至る異能ってなんだ?」

「余命が劇的に少なくなるのよ」

「なるほどな」


 正男がすぐ故障するのも殺されるのも、そういう科学的根拠があったのだ。

 しかし、今の正男の生命体球はサイボーグボディだから、物理的死亡を何度繰り返しても、ボディ交換によって蘇ることができる。

 とりあえず萩乃は安心した。ひとえに「スカッシュの大森くんボーグ」があればこそ、正男のが行えているのである。

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