37.購買部の兄妹と入会の儀式

 購買部にはたくさんの品が雑然と並べられている。文房具や書籍の他、情報端末・鍋・歯ブラシ・体操服・ハンマー・猫缶など色々ある。

 ここへ萩乃と正男が並んで入ってきた。

 とても小さい身体の店員が、明るい笑顔で迎えてくれる。


「らっしゃいませませ♪」

「えっ、幼稚園児!?」


 ついうっかり、正男が声に出して言ってしまった。

 店員がきっぱり否定する。


「違うの! うちは六十六歳なんだからね。女盛りよ。うっふんふん♪」

「は??」


 この世界の人類は、大きく分けて三種類がある。

 一つ目は萩乃たちホモサピエンス。二つ目は先天的に浮遊能力を持っているホモフローレシエンシス。三つ目はキレると狂暴になり、なにをしでかすかわからないオニサピエンス。


 購買部店員のフローラナイチンゲールは二つ目の人類だ。本人の言う通り女盛り。肌のが違っている。


「あの大森くん」

「なんだ?」

「このお方は、ホモフローレシエンシスという人類種ですわ。成人式を迎える四十歳になっても、身長はホモサピエンスの幼児並みなの」

「四十歳で成人するのか?」

「はい。発育がホモサピエンスとくらべて遅く、平均寿命は二百歳を超えるしゅなのですわ」

「へえ~、すげぇな」

「それともう一つ、オニサピエンスという人類種もありましてよ」

「そうか、世界が違えば人類種の数も違ってくるんだな」


 この世界、まだまだ正男の知らないことは多い。


「おい、お客さんか? か?」


 ホモフローレシエンシスがもう一人現れた。ふわりふんわりと浮かびながら、店の奥から流れるようにやってくる。


「うんうん。お兄ちゃんちゃん」

「ここでは店長と呼びなさい。何度も言っていることだろだろ?」

「は~い、店長店長店長店長。きゃはきゃは」

「みっともなく言葉を繰り返すんじゃない! 人前なんだぞ、まったくたく」


 購買部の店長は働き盛りの七十歳。この二人の会話からわかるように、フローラの兄でもある。


「さてさて、いらっしゃいませませ。なにかご入り用かな? かな?」

「え、あ、オレら、工学部からきた文化委員なんです。ここで道具を買うように言われたもんで……」

「おお、そうかそうか。これは失礼失礼。おいらは文化委員会で雑務を任されているトーマスナイチンゲールだ。よろしくしく」

「あ、どうも。えっとオレは、理科一類一年の大森正男と言います」

「わたくしも同じくですわ。猪野萩乃と申します。どうぞよしなに」


 ぶっきら棒な正男とは違い、萩乃は丁寧にお辞儀した。


「それではさっそくだけど、入会の儀式を執り行うことにしようよう」

「なんだそれ?」

「順番に、おいらの頬にチュッとしてくれくれ」

「断る!」

「わたくしもいやですわ。好きでもないお方にチュッだなんて……」


 断固たる正男と同じく、萩乃も拒絶の意志表示をした。


「文化委員会に入りたくないのか。のかのか?」

「オレは別に入りたくてなったんじゃねえし」

「わたくしは立候補しましたわ……」


 このような試練が待っているとは、思ってもみなかったのだ。

 トーマスが空中に浮かんだままの姿勢で萩乃に近づき、左の頬を向けてくる。


「猪野萩乃さんは、自分から進んで文化委員になったのだなだな。それならさあ早くチュッとしてくれくれ」

「わ、わかりましたわ」


 萩乃は意を決して、右手にある竹輪を持ち上げた。


「やりますわよ。はい、チュッ」


 ラップに包まれた竹輪の先端が、トーマスの左頬に押しつけられた。

 当然のことながら、それが偽物の唇だとすぐに気づかれる。


「こらこら、ズルっこはダメダメ! て、ああー、それはそれは!?」

「これは、チクワちゃんですわ。道端に落ちているところを見つけ、わたくしが拾いましたの」

「おいらが落としちゃったんだよ、それをそれを!」

「あらまあ、そうですの?」

《そうよ》


 落とされた竹輪本人が言うのだから間違いはない。


「お返しいたしますわ」

「そうかそうか。ありがとうとう!」


 竹輪が、萩乃の手からトーマスの手へ厳かに渡される。命のバトンを繋げようとするかのように。

 浮かんでいたトーマスが着地して、萩乃と正男に向かって一礼する。


「ネコババせず正直に届けてくれようとは、おいら感激感激。だから今回だけは特別に、入会の儀を免除することにしようよう。はっははっは!」

「なんだ、文化委員やらずに済む口実ができたと思ったのによ」

「文化委員をやりたくないのか。のかのか?」

「おう、めんどっちぃしな」

「いい仕事だよだよ? 毎月1000万円の報酬がもらえるのにのに?」

「マジか!?」

「そうさ、マジマジ」


 日本の帝国大学の委員会経費はすべて国費で賄われている。

 中にはまともな活動をしていないのに、報酬だけはちゃっかり受け取るような委員会もあるとか。古い時代からの言葉「親方日の丸」とは、まさにそのことを指して言うのだ。

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