7.説明〔セーブ〕〔ロード〕〔ヘルプ〕

 続いて桜は、セーブとロードについて話してくれた。

 この可算無限世界帯域利用型ゲームはプレイヤーの意志により、どのタイミングでも自由に一時中止してセーブできるようになっている。

 萩乃は、大学の入学式が終わったところで一度セーブしてみることにした。操作パネルに〔予定調和時空点1〕が追加された。


「知らなくてもゲームは進められることですが、一応は説明しておきます。今セーブされたことで予定調和時空点が一つ作られました。別に存在している一つの他者世界と同期されたのです。従いまして、身の回りの物理状態と人々の記憶および精神状態が、その時空点で同一になる世界がもう一つ存在することになります。一つ目の世界で一時中止しているゲームをさらに進めますと、もう二度と過去へは戻れません。そのためセーブされた予定調和時空点からやり直す場合、二つ目の世界が使われます」


 古い時代からあるデジタルデータの保存という仕組みを採用しているゲームシステムで言うと、予定調和時空点はセーブデータのことだ。

 平行世界帯域は、観測可能な微妙な違いを除いて、ほとんど同じ物理状態および精神状態であるような複数の世界が集まった束である。そのうちの一つの世界に、自由意志を持つプレイヤーが介入してくると「微妙な違い」が「大きな違い」に変わってしまう。そのギャップを埋める「セーブ」の働きがあって、予定調和される世界が一つでき上がるのだ。


 このような複雑な仕組みが必要となる理由は、生命体は一つの世界で一度存在していた時間を遡ることはできない、という物理法則的制約にある。人間が乗って過去へ行くという、いわゆるタイムマシンの実現は不可能なのである。萩乃の世界の科学がそれを証明済みだ。

 しかし、初めて行く他者世界なら、ある時空点を自由に選んでトランスファーできる。そうすることで過去の時点に遡ったかのように、人間は錯覚できるのである。

 この原理をゲームに応用しようと考えたアステロイドゲームスという会社は、先見の明があったと言える。もちろん世界一の技術力があってのことでもある。

 少し難しいこういう知識は、ゲームをする上で意識する必要はない。だが、真面目で仕事熱心な桜は、萩乃にちゃんと説明してくれているのだ。


「ゲームを進めた一つ目の世界は、どうなりますの?」

「そこでセーブしておくか、使い捨てるかのどちらかです」

「使い捨てると、どうなりますの?」

「ゲームシステムからは、二度とその世界にアクセスしなくなります。ゲームには使わない世界になるのです」


 デジタルデータ保存の仕組みを採用しているゲームでは、一時中止してセーブしないまま別のデータをロードするか、あるいはゲーム機の電源をオフすると、その時点のゲーム状態は消えてしまう。それと同じことだ。なんらかのデジタルゲームを経験している者なら、たいていはすんなり理解できることだろう。

 ただ、萩乃はゲームそのものが人生初となるので、このセーブとロードの仕組みについては、しっかり説明を受けて理解しておかなければならない。


「つまり、ゲームを途中で止めて、以前セーブしておいた予定調和時空点をロードすると、二つ目の世界に乗り換えることになるのですわね?」

「その通りです。そしてロードの際、さらにもう一つ別の世界に予定調和時空点が作られます。そうすることで、一度セーブしたゲーム状態は何度でもロードし直せるというわけです」

「よくわかりましたわ」

「そうですか。では次にヘルプですが、ゲームを進めますと色々な情報が蓄積されます。これを見てください」


 このゲームは、古い時代からあるシナリオ採用のゲームとは違って、ストーリーは用意されていない。プレイヤーが実際にゲーム世界で体験したことが、そのままストーリーになる。

 つまり、同じ『わたしだけの大森正男くんを攻略しちゃうよ!』でも、ゲームをする人間によって異なるゲーム舞台とストーリー展開が発生する。本当の意味で「わたしだけの大森正男くん」を攻略できちゃうのだ。だからこのゲームは、少々値の張る代物でありながらも「好評リリース中」なのである。


「あら、キラキラしていますわ」

「そこをタッチしてみてください」


 操作パネルの〔ヘルプ〕の位置に「NEW!」のアイコンが点滅している。

 そこを萩乃がタッチしてみると、項目〔第0話.シーンA〕が追加されていた。さらにそれをタッチすると情報ページが表示された。タイトルは「第一帝国大学入学式、萩乃十八歳の春スタート」で、シーンAの内容が要約して記載されている。

 これでゲームのレクチャーは一通り済んだことになる。


「あとは存分にお楽しみください。ご不明な点がありましたら、いつでもご連絡くださって構いませんよ。では私はこれにて失礼させて頂きます」

「はい。どうもご丁寧にありがとうございました」

「いえいえ、私の仕事なのですから」


 桜を見送ったあと、萩乃はゲームを続けることにした。

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