お前絶対勇者じゃねえよ

平カケル

第1話

 それは、ある王とその娘が交わした約束だった。

「マナ。お前は将来何になりたい?」

「私? うーんそうねー」

「魔法少女か?」

「うーん」

「じゃあ、やはり王女様?」

「それもいいんだけどー」

「だけど?」

「ゆーしゃ」

「ん?」

「わたし、ゆーしゃになりたい」

「ゆ、勇者とな!?」

「うん! ゆーしゃになって、わるいまおーをとーばつするの!」

「そ、そっか。勇者か。これまた意外だな。ははは、てっきり、魔法少女って答えるかと思ったぞ」

「ううん。ゆーしゃ! これいったくよー!」

「そうか。では、魔法を沢山使う勇者になるな。きっと」

「うん! そーだね! まほーもいっぱいつかって、けんでざくざくきって、せかいにへいわをもたらすのー!」

「そうか。その夢、叶うといいな」

「うん! ぜったいにゆーしゃになるー! ゆーしゃゆーしゃー!」

「ならば、お父さんも長生きしなければ。マナが勇者になるんだから、お父さんも頑張らないと! 病気なんかに負けてられるか!」

「うん! おとうさんはゆーしゃマナのおとうさんだもん! そんなもんじゃしなないよ! だから、びょうきになんかにまけないでね!」

「ああ。お父さんとマナの約束だ」

「うん! ウソついたらハリセンボンのゆーしゃのけいね!」

「ハリセンボンの勇者の刑か。怖いなそれは。わかった。約束だ。マナ」

「うん! やくそくだよ! わたし、ゆーしゃになってみせるね!」

「ああ。楽しみに待っているよ。マナ。お前が、悪い悪魔を退治しに来てくれるのを」

 だが、やがて少女は、勇者ではなくその真逆の存在を目指すようになる。

 これはそこまでの道筋を描いた物語。


 とある世界。

 とある王国。

 とある森林。

 その最奥の地に、その者は足を踏み入れた。

 紫色の短髪。黒いマントを見に纏い、右耳より上の逆立つ癖毛をたなびかせながら、その者は前へ進む。

 早朝。緩やかな風で草木がゆったりと揺れ、鳥の囀りや虫の鳴き声が響き渡る中、その者はソコに右手を添えた。

 頑丈な石の台座に突き刺さった、緑色の光に包まれた、神々しい剣。その銀色の柄の部分をその者は強く握った。

 草木が蠢き、地面が揺れる。

 鳥が羽ばたき、虫が逃げ出す。

「ぐ、ぐぉおおおお……!」

 苦しそうにうめき声を上げながらも、その者は柄から手を離さない。

 そして、その者は両手を使って、柄を思いっきり引っ張り上げた。

 さっきよりも強い振動が森林を襲い、草木がなぎ倒れていく。

 風が吹き乱れ、空も灰色の雲が多い尽くす。

 さっきまでの穏やかな天候が嘘のように、大雨が降り注ぐ。

 やがて爆発音とともに、雷がその者を襲った。

「ぐっ……」

 その者は一瞬膝をついたものの、すぐに立ち上がる。案の定、柄から手を放してはいない。

 雷が何度も何度もその者に降り注ぎ、大雨が視界を奪う。

 局地的な大雨、暴風、雷。通常の人間なら逃げ出すような状況。でもその者は決して逃げなかった。まるで、その剣がその者を逃がさないかのように。

 その者も顔をしかめながらも、必死に剣を引き抜こうとする。

「ぐぉおおおおおお……」

 柄を思いっきり引っ張り上げ、その者ははさらに声を張る。

「うぉおおおおおおおおおお!!!」

 バキ! バキバキバキ!

 何かが外れるような音。嵐で木が倒れているのだろうか。そんな音が響き渡る。

 そして、その音が聞こえなくなった瞬間。

「はぁ……はぁ……」

 嵐は止み、静けさが再び辺りを包む。

 その者は、満足そうにソレを右手に握りしめ、その場を去っていった。

 だが不思議なことに、その場には剣だけでなく、剣が刺さっていた台座までもが無くなっていた。

 ……代わりに、四角い何かが無理やり引きはがされたような跡だけが残っていた。


 この世界は数歩歩けば、時には盗賊や魔獣と出くわす混沌。

「くく、お兄さんよ」

「持っているものと、有り金全部寄越しな」

 森林を抜けたばかりの街道付近。

 朝方にもかかわらず、禍々しい魔獣が二匹姿を見せる。

 丸っこい青くてドロドロしたようなぷにぷにしたようなそんな容姿ではない。頭に二つの角が生え、鋭い牙を持つ巨大な鬼のような魔獣。武器こそ持ってはいないが、二メートル近くあるその巨体は人の腰を抜かせるには十分である。

 本来ならばそれを取り締まる王国騎士団がいるのだが、生憎、その者は一人だった。

「ふ、ちょうどいい。お前たちで試させてもらおう」

 だが、その者は不敵に笑うと、先ほど森林の奥で手に取ったソレを魔獣に掲げる。

「な!? そ、その剣はまさか……!」

「あの、かつて魔王を倒したとされる伝説の剣……!?」

 ご丁寧に説明する魔獣をよそに、その者は手に取ったソレを天高く掲げた。緑色に光り輝くその剣はまさに神々しく、まるで雷がその剣に降り注ぎ、力を蓄えんばかりである。

 あるのだが……。

「あ、あれ、なんか……違くね?」

 魔獣は思わず目を見開いた。剣が伝説とされていた剣だから恐れおののいている……ようでもない。ましてや、神々しいその剣の姿に圧巻されているわけでもない。魔獣たちは剣の先端部分に視線を送っていた。

 剣の先端部分は……まるで光り輝いていなかった。

 なぜなら、先端部分には何か大きな岩のようなものが突き刺さっていたからだ。

「ふ、そうだ。その通りだ。我こそ、この剣に選ばれし、誇り高き存在! 魔獣どもよ! 恐れおののくがよい! 我こそは勇し……」

「「いやいやいや! ちょ、ちょっとストップストップ!」」

 明らかに何かが突き刺さっているその剣を前に、やはり、魔獣たちは声を上げずにはいられなかった。

「む?」

「む? じゃねえって。お、おい、お前それ……」

「なんか……誇り高そうなのは確かなんだけど、なんか、剣……抜けてなくね?」

 二体の魔獣は呆然とその剣を見ている。魔獣の言う通り、その者が持っている剣は紛れもなく誇り高そうな神々しい剣。緑色のオーラを纏い、光り輝いている。ただし、先端部分は除く。寧ろ、その先端部分は物凄くごつい岩が引っ付いている。まるで、突き刺さっていた台座のように。

「お、おい。よく見たらそれ、その岩の部分」

「あの、台座……って書かれてね? しかも逆さで」

 困惑する魔獣たち。二体の言う通り、更にその岩の部分にはしっかりと文字が刻まれており、はっきりと【台座】と刻まれている。勿論、逆さである。これは何かの拍子に岩が剣に突き刺さったのではない。剣が突き刺さっていたであろう台座そのものなのだ。

 要は、剣はまだ台座から抜かれていない。つまりその者は……。

「いや、あの、すげえ言いにくいんだけど……さ」

「なんだ?」

「あ、あの、魔獣の俺らが言うのもなんだけど……さ……」

「なんだ? 申してみよ」

 伝説の剣を威勢よく構えながら、その者は魔獣に耳を貸す。

「いや、だから……おまえ、ひょっとして、選ばれてないんじゃね?」

「お、俺ら魔獣って、基本的には勇者に倒されるような感じだから、それなりに知識はあるんだけど、でもその剣……。お前、もしかして、勇者じゃないんじゃね」

「はは! 何を馬鹿な事を言っている! しっかりと持てているぞ。我こそはこの剣に選ばれし勇者」

「いや、両手じゃん! 両手で持ってるじゃん! それ片手剣だよね?」

「確かに片手剣だし、両手だが、それの何が悪い?」

「いや、悪いって……じゃあ片手で持てんの?」

「ちょっと待ってろ」

 魔獣二体が様子を見る中、男はそっとその場に剣を降ろした。だが、降ろすときに、男の手はどことなく震えていた。

「めっちゃ手ブルブル言ってんじゃん!? いや、やっぱお前」

「うるさいぞ魔獣の分際で! もうちょっと静かにしていろ!」

「いや、だって……。ええ……」

 男は横に置いたその剣を右手で持つ。

「すー……はー……」

「すげえ気合入ってんぞ、大丈夫かあんた」

「うるさい! 静かにしていろと言っている!」

「だったらさっさと片手で持ち上げ……おいおい! 持てねーんじゃん!」

「うぉおおおおおおおおお!!!」

 気合いを入れるかのように大声を上げてはいるものの、男は一向に、片手でその剣を持つことは出来ない様子。それに、案の定、先端には台座が突き刺さったままだった。

「ダメだ! やっぱこれは両手剣だ! 間違いない!」

「ぜってえ違うだろ? その剣の大きさ、それどう見ても片手……」

「うるさい! 魔獣には勇者の剣など分かるわけがないのだバーカ!」

「お前がバーカだろ! どこの世界に片手剣なのに両手で持って、おまけに台座が突き刺さったままの勇者がいる!? お前ぜったい違ぇよ!」

「何を言う! 剣ならしっかり持てているぞ! ほら見ろ!」

 とは言っているが、男は両手で、二の腕を若干プルプルさせながら、その剣を持って、いや、持ち上げていた。

「伝説の剣に選ばれし勇者だ! 覚悟しろ魔獣!」

「いやいやいや! 普通勇者ってそんな馬鹿でけえ台座って書かれた岩突き刺さった剣なんて持たねーもん! お前ぜってえ選ばれてねえよ!? お前ぜってえ勇者じゃな……」

 ゴツッ ←今喋っていた魔獣が剣の台座の部分で殴られる音。

 バタン ←その魔獣が倒れる音。

「な、殴ったぁーーーーーー!!?」

「ふむ。なるほどさすがは伝説の剣。いい切れ味だ」

「いやいやいやいや! 待って待って! え、いや、ゴツつったよ!? 斬るような音じゃなかったよ!? 重い鈍器が当たるようなにっぶい音だったよ!」

「伝説の剣なんだ! そこらの剣と少し違うところくらいある! まったく、なんてうるさい魔獣なんだ」

「いやいやいや! 突っ込ませて! 俺確かに魔獣だけどさ! 見たことねえよ!? そんな台座突き刺さったままの伝説の剣携えてくるやつ! お前やっぱぜってえ選ばれてねえよ! やっぱお前勇者じゃな」

 ゴツ ←その魔獣も殴られる音。

「ぐっほお……。や、やっぱ、コレ、完全に台座の部分で……殴ってやがる……」

「ふう。やっぱ勇者の剣は強いな! 手ごわそうな魔獣がワンパンだ」

「いや、だからお前……剣、抜けてねえって……って、ダメだ。アイツ、話を聞いてねえ。もう立ち去ってるし……。しかも、剣……引きずってんじゃん……。アイツ……絶対勇者じゃねえよ……」

 その魔獣もそう呟くとそのままひっそりと目を閉じた。立ち去ったその者はあいも変わらず満足そうに微笑んでいた。

「さて、いくぞ魔王。悪がはびこるこの世界を私が救う。この勇者の剣の名に懸けてな」

 勇者らしきその者は、満足そうに、そのままいずこかへと去っていった。

 ズゾゾゾゾゾゾ……という、なにか重いものを引きずるような音をたてながら。

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