男だけの地球

ぺんぺん草

第1話 地球に残った、ただ一つの希望

 今から5年前の2027年の5月5日。あの日、地球上から女という女が全員消えてしまうという謎の現象が発生してしまった。未だに信じられないけど、台所にいた私の目の前でお母さんが消えてしまったの。まるで蒸発していくドライアイスのようにフワっと。ウチは大パニックになったけど、それはどこの家庭でも同じだった。世界中で同じく「女だけが消えてしまう」という怪奇現象が発生していたから。


 今となってはユーラシア大陸にも南北アメリカ大陸にも女は1人もいない。男は30億人以上いるのに、女は日本列島に私ただ1人いるのみ。なんという人口のアンバランスなのかしら!というかなんで私だけ男扱いなの!?


 なんでこんな恐ろしい現象が発生してしまったのか理由は未だ分かっていない。様々な理系男子が「宇宙人が地上の女全員をさらった」とか「女だけを蒸発させるウィルスが蔓延した」とか議論しあったのだけれど、残念ながら原因を究明できなかった。中には「いや!ここは地球に極めてそっくりな惑星だ!女が消えたのではなく我々が別の惑星にテレポートしただけなのだ!」という奇想天外な意見を主張する学者もいたのだけれど、彼の意見はあまり顧みられなかった。


 もちろん地球から女が消えたことによる影響は甚大なもの。私を含めて皆が家族を失ったわけだからその心の傷は大きい。妻を失った夫は呆然と立ちすくみ、母を失った息子達は嘆き悲しみ、子を失った父親たちは絶叫した。よって5月5日は悲劇の日として皆の記憶に刻まれている。


 地上にいた女達はいまどこにいるのかしら?生きているの?それとも死んでいるの?誰にも分からない。誰か教えてちょ。


しかし男達はこの悲劇を乗り越えて、新たな世界を構築していく。男の男による男のための新世界が誕生した。でもはっきり言うわ!ここはどんな戦場よりも悲惨な世界よ!満員電車には男だけ!(私は絶対に電車には乗らない!)会社の受付だって男しかいない。スーパーのレジもコンビニの店員も全員が男。オリンピックだって全部男。フォークダンスだって男同士で手をつなぐしかないの!見てるだけで泣けてくるわ!


 さて話を再び5年前の事件が起きた日に戻します。


 こんな地球にただ1人、女として取り残されてしまった私。さして美人でもないけれど、二十歳のうら若き乙女ということに変わりはない。『この世界には男しかいなくなった』という驚愕の事実を台所のテレビで知った私は「これは男達に襲われる……」と不安になった。そこで私は決意した。「絶対に家から出ないでおこう!これから一生!」と。


 だけど「あの家から女の声がした!」と叫ぶ集団が、私の家の前まで押し寄せてきた。玄関で対応したお父さんは「違う違う。あの子は坊主なんです!あれのどこが女の子なんです?胸だって全くない。ウチの立派な長男ですよ」とか失礼な擁護してたけど。近所の人達はみな私の事知ってるわけで。女の子がいるという秘密だけは隠し通せなかった。


 結局すぐにニュースになってしまった……『30億人を超える男だけの世界で、ただ1人のこった女』として。


 そのニュースを見た私は男達に襲われる恐怖で震え上がったのだけれど、事態は良い方向に変わったの。そのニュースのお陰で国が動き、私は「貴重な女」として国家の保護を受けることができたから。私には専属のSPがつくことになった。でも私としては「専属のSPに襲われるんじゃないかしら……」という不安が残っていたけど、SPさんは「俺は完全にアッチだ。女に興味ない。この世界は素晴らしい」と明言して私を安堵させてくれた。


 さて。こんな感じで男だけの地球に1人取り残され、居場所を失った私。もはや珍獣であり天然記念物であります。そんな哀れな女にさらなる不幸が襲うのでした。まずは『なんで巨乳なグラドルじゃなくて、まな板みたいな胸の女だけが残ったんだ?』というバッシングがネット上で吹き荒れ私の心を傷つけたのでした。


 だけど擁護派の人達も大勢いるのです。



『いや、そこがいい』

『俺は全然いける』

『貧乳派をバカにするな』



 と彼らは擁護だか貶してるのだか分からない擁護をしてくれます。正直言って、見てると頭がおかしくなりそう。なにしろネット上の話題は私の胸の話ばかりで……。もっと他に議論することないのかしら彼らは!?


 そんな状況の私にさらなる追い打ちをかける『女達が消えた原因はアイツにあるのではないか?』という疑惑。なにしろ女は私だけが残されてるわけで、多くの男達が私を疑った。


「アイツが何か知ってるんじゃないか?」

「アイツが女失踪事件に関わってるんじゃないか?」

「FUCK!〇〇!」


 だけどここでも私に味方してくれる男達が大勢いたの。



「黙れ巨乳派!」

「これは巨乳派の陰謀だ!」

「貧乳の女神を守れ!」


 私を擁護する人達は『貧乳派』と呼ばれ、私を疑う人達は『巨乳派』と呼ばれた。フランス革命におけるジャコバン派とジロンド派の対立の様相を呈してきたわけだけれど……まさかこんな壮大な形でセクハラを受けることになるとは思わなかった……。


 テレビをつければニュースで私が女失踪事件に関与しているかどうかが議論している。国会では私を証人喚問すべしと巨乳派の議員が訴えていた。だけど貧乳派の議員が彼に詰め寄って、そこから大ゲンカになってしまい国会は中断。


 街でも「あの女が女失踪事件の犯人だ!逮捕しろ!」と叫びながらデモを行う巨乳派の集団と、彼らに石を投げる貧乳派の戦いが起きた。


 ネット上では巨乳派と貧乳派が罵詈雑言の限りをつくして熾烈な戦いを繰り広げている。



 そんな異常な空気の中、国は事態の収拾を図るため私を逮捕した。そして裁判所で即日出された判決は何故か『死刑』。罪状は「国家を混乱させた」という罪だったの。もう理不尽すぎる!



 だが……ここに至って世界の男達は私への愛情に気づいた。「アイツが死刑になれば、この世から女が全て消えてしまう。貧乳だからなんだってんだ!」と、考え直した巨乳派の男達はデモを起こした。そして同時に立ち上がった貧乳派が刑務所に雪崩れ込んで、私を檻から出してくれた。



「君がいない世界など耐えられない!君がいなくなるぐらいなら自殺する!」

「君がいないと地球には男しかいなくなる!それは地獄だ!」



 それが3年前の出来事。貧乳派と巨乳派の歴史的な和解の日……。


 その日から私は世界のアイドル。地球上の男達は全て貧乳派に鞍替えしたという……。

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